第21話 手


「待たせたね」


 その声に背後を振り向いた紅玉は灰色の瞳を大きく見開いた。微笑みを浮かべた青年がぎこちなく手を振りながら紅玉の元へと近づいてくる。


(……どなた?)


 数歩、後ろに下がり距離を取ると紅玉は揖礼を捧げた。組んだ袖越しから青年の顔を失礼がない程度に観察する。象牙色の肌はなめらかで、背後が凍るほど美しいおもてはどこかであったような気がする。銀河の瞬きが散らばる髪と黄金に輝く瞳は青龍帝、藍影と同じ。瓜二つだが、藍影は女性だ。彼女より身長も肩幅もある青年は、誰がどう見ても男性にしか見えない。


「準備に時間がかかってしまった」


 いつもより低音だか耳に馴染む声は藍影のものだ。紅玉は恐る恐る問いかける。


「……藍影様?」


 名を呼べば青年は花も恥じらう笑みを浮かべた。


「ああ、そうだよ」

「藍影様は女性では……」

「四龍帝に性別はないんだ。各々好きな性で生きている」


 藍影はゆっくりと歩を進めると紅玉の隣に並ぶ。紅玉は揖礼を解くと上背のある藍影を見上げた。


「私は性別はどうでもいいから生まれた時のままにしてたんだ」


 そう言うと藍影は不安そうに眉を下ろす。


「……この姿は恐ろしいか?」

「いいえ、藍影様を恐ろしいとは思いません」


 紅玉が首を振ると藍影ははにかみ、そっと右手を差し出してきた。どういう意図でだろうか。紅玉がじっとその手を見つめていると藍影は困ったように頬を掻く。


「手を繋いでいかないか?」

「藍影様と?」

「嫌かい?」

「嫌ではありません。驚いてしまって……」


 祖国にいた頃、誰かと手を繋ぐという行為はしたことがなった。母や姉兄は紅玉に近づくことはせず、乳母も母の命令なのか紅玉との間に距離を置いていた。


(穢れた私が藍影様に触れてもいいのかしら……)


 なにせ自分は蛮族の血を継いでいる。生粋の斎人ではない。そのことに後ろ髪を引かれた紅玉が藍影の手に触れていいか分からず、迷っていると藍影が有無を言わさず手を繋いできた。

 驚いた紅玉が思わず目をみはる。藍影はいたずらが成功した子供のように無邪気に笑った。


「私はね、決めたんだ」


 ゆっくりと鳥居に歩を進めながら藍影は静かに語りだす。


「何をですか?」


 紅玉は真っ赤な顔を隠すため俯きながら問いかけた。


「後悔のない生き方をすると。残り六日、覚悟していなさい」


 芯のある声は真剣そのもの。紅玉はあげた面を慌てて地面へと戻した。


(……駄目だわ。私がいると藍影様のご迷惑になるのに)


 黄金の瞳に宿る慈愛に決心が揺らぐ。自分がいては、藍影を傷付けることになるのは分かっている。すぐにこの土地から立ち去らなければならないことも。


(もう少しだけ、このままでいたい)


 幼い頃から欲しかった愛は重たいものだと、紅玉は今やっと理解した。

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