第12話 味見
次に野菜炒めに箸を伸ばす。固い芯は取り除き、炒める前に茹でて柔らかくするように命じたのでこれもまた箸でつまんだだけで裂けてしまう。だが、味付けは羹同様、薄めだがとても美味しい。
「これなら紅玉も食べれるだろう」
出された食事を全て食べ終えた藍影は、作り手に視線を向けた。
「済まないがしばらくここの厨房を任せたい」
作り手である男は優雅に腰を折ると「承知いたしました」と頷く。現世では善人として生を全うしたこの男は、常世の永住権を与えられたことで龍帝が主催の宴がある度に料理長としてその腕をふるった。
普段は隠居生活を送っているが紅玉の食事について藍影が相談したところ、彼女が常世にいる間、食事管理をしてくれることとなった。
「部屋を用意することもできるし、君が住んでいる家まで通路を作ることもできる。どちらがいいかな?」
「では、通路をお願いいたします。あそこは思入れがあるので離れがたく」
「承知した。明日の朝には用意しておく」
「ありがとうございます。あの、
「ああ、許可する。場所は分かるな?」
「はい。では、失礼いたします」
男が出ていったのを見届けてから歌流羅は口を開いた。
「まさか、花嫁御前にお出しする料理を味見するとは……」
信じられない、という響きを持った言葉に藍影はそっぽを向く。
「別にいいだろう。こうなったのは私の責任なのだから」
「いささか関わりすぎのような気がしますわ」
当初から紅玉を気にかけているのは知っているし、世話役を交代しようと申し出たのも歌流羅からだ。だが、それは仕事の息抜きに共に散策に行ったりするなど、軽い交流を持てばどうか? という意味で進言したつもりだったので、ここまで真摯に対応するとは思わなかった。
「仕事は終わっている」
「ええ、青龍帝は優秀なお方ですもの」
「空いた時間をどう使おうが私の勝手だ」
早くこの話題を終わらせたいのだろう。華やかな美貌に怒りが滲む。
歌流羅は、大きく息をつくと今朝から問いただしたいことがあったのを思い出した。
「花嫁御前に口付けをしたそうですね」
がちゃん、箸が落ちた。
誰から聞いた? 私は言っていないのに、紅玉か? いや、紅玉はそんな口が軽い娘ではない。ならば、いったい誰が? ——藍影の考えを読み取ったのか歌流羅は、またもや息をはく。
「暁明が口と口を合わせていたと報告してくれましたよ」
なるほど、と合点がいく。と同時に暁明なら仕方がないと諦める。
「目を覚ましたので、口付ける必要はないのでは?」
「……そうだな」
「昏睡状態ならば手っ取り早く移すために口吸いは推奨されていますけれど」
「……ああ」
「意識があるのなら手を握るだけでいいのでは?」
どんどん藍影の視線はあさっての方角へ向かっていき、返答の声も小さくなる。
(やはり、正すべきですね)
ここまであからさまなのはいただけない。その癖は根本的に叩き直そう、と歌流羅は誓った。
「なぜ、口吸いする必要が?」
藍影は答えない。あさっての方角を見続けている。
「答えられないなんて! 青龍帝は病床の女人に無体を強いたのですね!」
「なっ! 人聞きの悪いことを言うな!!」
顔を真っ赤にさせて藍影が声を張り上げた。
「無体を強いた覚えはない!」
歌流羅は大袈裟に首を振った。
「あらあら、まあまあ! 青龍帝のせいで、三日間も眠っていて、状況を理解できていない方に口付けるなんて無理強いといわれても仕方ありませんわ」
「そ、それは」
「幼い頃から付き従っておりましたが、青龍帝が暴漢——いえ、女性体ですので暴女? だったなんて……」
袖で目元を隠して泣いたふりをする。藍影には嘘泣きなことは悟られているだろう。
だが、嘘泣きと分かっていても冷たく突き放すこともできず、両手を彷徨わせて戸惑う主人の姿を歌流羅は袖越しで見守った。
「あれは癖になっていたというか、つい、無意識で……。それに、まだ彼女の中には微量だが残っていたし……」
どんどんと言葉がしりすぼみになっていく。
焦った藍影が新たに意味不明な言い訳を重ねる前に歌流羅は口を開く。
「花嫁御前はいつか現世に帰されるのですから、あんまり気にかけないようにしてくださいませ。別れが辛くなりますわ」
そのことは藍影も考えていたようで「分かっている」とか細い声で言った。
(本当に分かっているのでしょうか?)
半分が人間のせいか龍帝にしては藍影は優しすぎる。紅玉を別れた後、要らぬ痛みを取り除くのもまた歌流羅の使命だ。
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