③カードが示すもの
「では、ココハさんとイハナさんの旅のこと全般を占う、というのはいかがでしょう~?」
「あ、いいですね! それでお願いします」
「うけたまわりました~。では、少々お待ちください」
そう言って、コヒナは箱からたくさんのカードを取り出し、テーブルの上に広げた。
(これは……!)
それを見たココハの目の色が変わった。
コヒナの取り出したカードは、状態はいいものの相当使い込まれていることが分かる。
けど、驚くべきはそこじゃない。
魔導士にとっては常識ともいえることだが、万物にはアルケと呼ばれる力が宿っていて、優れた魔導士であればそのアルケの存在を見ただけで読み取れる。
コヒナのタロットカードからは、相当強力なアルケが感じられた。それも、持ち主の性質に極めて近く、彼女が占いで使用し続けたことで宿ったアルケであることが読み取れた。それは、魔力と読んで差し支えないレベルで、コヒナのタロットカードはかなり高度な魔道具(マジック・アイテム)と化していた。
(コヒナさん、ものすごい占い師なんじゃ……)
とても、提示された料金が釣り合うとは思えなかった。
ココハの驚きをよそに、コヒナはテーブルいっぱいに裏返したカードを広げ、混ぜていく。コヒナのてのひらを介してカードの持つ魔力が高まっていくのが、ココハには感じられた。
「では、三枚のカードを引いていきたいと思います~」
おそらくイハナには見えないだろうが……。
まがりなりにも学院卒業生の魔導士であるココハには、ランダムに散らばるタロットカードの中で、三枚のカードが浮き上がって見えるくらいはっきりと他と違う輝きを持っていることに気づいた。
――コヒナさんは絶対、あのカードを引く。
ココハの確信通り、コヒナはココハが気づいたのと同じカードを順に引いていく。
そして表にして、テーブルの上に並べた。
いちおう、一般魔学としてココハもタロットのことは習っていた。
その意味はほとんど忘れてしまったけど(と、正直に言えば魔導学院の教師たちには絶対叱られるが)図柄と名称だけなら覚えている。
たしかこれは……。
一枚目:
二枚目:
三枚目:
意味なんてほとんどもう覚えていない。
そのはずなのに、その並びを見た瞬間、ココハの心臓がとくんとはねた。
嬉しい反応ではなかった。むしろ、胸をぎゅっと絞めつけられるような感覚。
カードを見つめたまま、コヒナはしばらく何も言わなかった。
やがて、言い淀むようにゆっくりと口を開き、
「あの~、順番が前後してしまって大変申し訳ないのですが、お二人のことをもっと詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか~」
コヒナが結果をすぐに伝えるのをためらっているのが、ココハにはなんとなくわかった。
「あの、コヒナさん。わたし、どんな結果でも大丈夫ですから。覚悟はできていますので、言ってください」
表情を固くして言うココハと対照的に、コヒナはやんわりと笑って首を横に振る。
「どうかあまり身構えないでください~。タロット占いですので、当たるもアルカナ、当たらぬもアルカナですよ~」
「いえ、たぶんカードは当たっていると思います」
ココハにしては珍しく、きっぱりとそう断言する。
コヒナは間違いなく一級の占い師だ。
彼女が選んだカードは、まるで自ら啓示を与えようとするかのように、魔力に光輝いていた。正しくココハの旅を示すカードに違いない。
けど、コヒナは小さく首を横に振ってやんわりと言う。
「ココハさんのおっしゃる通り、タロットカードは嘘をつかないと思います~。でも、それを読み解く私の腕に限界があるんです~。ですので、教えていただけますか、お二人のこと」
タロットカードの持つ意味はけっして一義的なものではない。
占う対象、その組み合わせ、そして占い師の見立てによって解釈には大きな幅が生まれる。
その読み解きこそが、占い師の本領とも言えた。
そうであれば、ココハにも異論はなかった。
「それはもちろんかまいません。ですよね、イハナさん?」
「もっちろん」
ココハは自分が魔法医になるためにサラマンドラで魔導学士をやっていたこと。
そして、魔導学院を卒業して故郷へ帰る旅をしていること。
イハナ隊のみなと一緒に旅をさせてもらっていること。そのきっかけについても。
そして、旅のあいだに起こったことや出会った人たちについても詳しく話す。
コヒナが聞き上手なためもあって、話し始めると止まらなくなってしまっていた。
「ココちゃんすごいんだよ~、馬よりずっと難しいって言われてるうちの騎鳥も一発で乗りこなしちゃうし」
「あれは、イハナさんがずっとサポートしてくれたからで。一人じゃあいかわらず乗れませんよ。すごいのはイハナさんのほうです」
「それに道端の薬草になる植物とかにも詳しいし」
「イハナさんのほうがずっと物知りじゃないですか。それにイハナさん、ギターもとっても上手なんですよ」
「ぎゃっ。全然うまくないし! っていうか、それをコヒナさんにバラしちゃうかね、きみは?」
いつの間にやら、競うようにお互いのことを褒めあうココハとイハナ。
コヒナは、いつ尽きるとも分からない二人の褒めあいをずっと聞き続け「なるほど~」「それはすごいですね~」と合間合間で、絶妙なあいづちを打っていた。
決して話をさえぎったり、せかすことはなかった。
「はい。よく分かりました~。ありがとうございます~。読み解けた気がします~」
ようやく二人の褒めあいも落ち着いてきた頃合いを見計らって言う。
その言葉に、ココハたちははっと我に返って、聞く態勢に戻った。
コヒナは順にカードを指し示していく。
「まず一枚目は過去のことや、ご相談内容の原因を示すカードです~。
運命の輪の正位置。これは大きな転換点。文字通り、運命の車輪が新しいできごとに向かって回りだす合図となるカードです~。
このカードが過去の位置にきているということは、ココハさんが魔導学院を卒業されたのは、何かの終わりではなく始まりとなるできごとだったと解釈できます~」
「終わりじゃなく、始まり……」
「はい~。そして、二枚目のカードは聖杯の9の正位置。これは現在のココハさんの旅の状態を示す位置ですね~。
聖杯は、地水火風のエレメントのうち、水を象徴するカードです~」
「あ、それ分かります!」
万物にはアルケと呼ばれる、そのものを構成する元素があり、その組み合わせは無限、文字通り万物の数だけアルケも存在すると云われている。
けれど、そのアルケを魔導士が把握しやすいように大きく大別すれば、四つに集約される。
それが、地水火風の四つのエレメント、四大元素と呼ばれるものだ。
「わたし、占星術で占ってもらった時、水のエレメントを一番多く持ってるって言われました」
「はい。私の目からもココハさんはそう見えます~。水のエレメントは感受性、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさをもたらしてくれます~。思いやりや愛情にあふれる人の特徴でもあります~」
「ココちゃん、優しいし夢見がちなとこあるもんね~」
とつぶやいたのはイハナだ。
コヒナはそれに対しにこりとうなずき、読み解きを続けた。
「タロットカードの話に戻りますが、九つならんだ聖杯は充足感……特に精神的に満ち足りた状態を表すカードです~。これが現在の位置に来ているということは……」
「いまがイイ感じってこと?」
「ざっくり言ってしまうとそうですね~」
今度のイハナの言葉には、コヒナは声に出して肯定を示した。
「ココハさんは魔法医さんになるために学院で学ばれて、そして故郷に帰ってからそのお仕事を始められるんですよね~?
そうすると、故郷に戻られるまでのこの期間は合間の時間。学士時代と魔法医さんのお仕事に挟まれた、人生の隙間。
そうとらえてしまいそうになりがちですが、カードの結果はそうではないんだと告げています~」
「えっと、合間の時間じゃないっていうのは……?」
「ココハさんにとって、この旅自体に大きな意味があるのだと思います~。故郷に帰るためのただの移動ではなく、旅のあいだに出会った人たち、経験したことが大きな……特に精神的な財産になるのだと考えられます~。
ですので、故郷に戻られるという目的を達成するためだけでなく、この帰り道の旅それ自体を大事にしてあげてください~」
「すごく……すっごくそう思います!」
ココハは、これまでの旅のあいだに起こったできごとや出会った人たちのことを頭に思い浮かべながら、力強くうなずいた。
と、同時に思う。ここまではいいのだ、と。
この二枚の結果だけだったら、コヒナも読み解きを聞かせるのに間を置いたりしなかっただろう。
彼女が慎重になった原因は、きっとこの先の一枚……。
「そして、未来の位置にある一枚が恋人たちの逆位置です~。
これは、呼び名から誤解されがちですが、恋愛関係ばかりを示すカードではありません~。これは一種の選択を暗示するカードであると、私は読み解きました~」
「選択、ですか?」
「はい~。いま現在ココハさんの旅は、とても精神的に充足したものだと思います~。けれど、旅をよりココハさんにとって実りあるものにするためには……痛みをともなう決断をしなくてはなりません~」
「痛み、ですか?」
「はい~。ご自身お持ちのエレメントである聖杯の9のあとにくる選択ですから、それはきっとココハさんにとって、とても苦しい選択になるかもしれません~。いまがとても充足している分、喪失感も大きいかと思います~。
恋人たちは人と人同士の結びつき、縁を示すカードでもありますので、その逆位置ということは……」
「あ~、口挟んでごめんだけど、なんとなく分かっちゃったかも。コヒナさんの言いたいこと」
イハナが口を開いた。いつものように弾む声ではなかった。
「旅人にはつきもののアレ、よね?」
「はい。アレです~」
ココハにももう、カードが示すことがなんであるか予測がついてしまった。
だから誰も、あえて口にしようとはしなかった。
旅人なら誰もが経験するもの。
見知らぬ人との出会い――
そして親しい人との――。
「その時がきたらわたしはどうするのがいいですか?」
「自分の心にしたがってください~」
ココハがそう問いかけるのを予測していたように、間髪入れずにコヒナは答えた。
「前二つのカードが大きなヒントになります~。
ココハさんはこれまで、自分の物語の主人公さんとして、正しい選択をできていた方なのだと思います~。
ですので、その時がきたら、常識にとらわれたり、あるいは一時の感情に流されることなく、自分の心の声に耳を澄ませてください~。ココハさんにとって、正しい答えはもうご自身の中にあるはずですので~」
「……ありがとうございます。えっと“その時”がいつ頃かっていうのは分かるんですか?」
「すみません~。それはなんとも……。ただ、タロットはあまり遠くの未来まで見晴るかすことはできないんです~。ですので……」
「近い将来、か」
とつぶやいたのはイハナだった。
ココハはコヒナの言葉を一つ一つかみしめるようにうつむいていた。
けど、ぱっと顔を上げて笑顔になる。
「分かりました! コヒナさんのおかげで“その時”が来てもちゃんと自分のことを信じて選択できそうな気がします。ほんとにありがとうございます、コヒナさん!」
「いえいえ~。当たるもアルカナ、当たらぬもアルカナですよ~、ココハさん」
今度こそココハは占いの代金を払った。
もちろん、占いの結果に納得いかないことなんてなかった。
むしろ、安すぎる料金に納得できないくらいだけれど、コヒナにも信条があるのか、かたくなに提示した以上の料金は受け取ろうとしなかった。
「それでは、最後に旅人さんが教えてくれたこの言葉をお二人に贈りたいと思いますね~。
それはもともと、はるか昔に発見された聖人の墓を訪れる巡礼者たちのあいだで生まれた言葉だった。
行きずりの旅人同士交わすのに、これ以上ふさわしいあいさつは他にないだろう。
「ブエン・カミーノです、コヒナさん!」
「ブエン・カミーノ、コヒナさん、ココちゃん」
三人はまるで見えない聖杯を打ちつけあうように、その言葉を交わしあった。
『恋人たちの逆位置』
世界を渡る観測者がココハたちに告げた未来の意味をココハたちが知るのは、もう少し先のことだ。
いずれ、その時が来たならば物語られることだろう。
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