第16話 不必要な注目

 休暇を取ってでもボディガードをというのをどうにか断り、疲れ果てた俺だったが、これを見ていた生徒が広めたせいで、すっかり学校中に広まってしまった。

 とはいえ、詳しいことまでは知られてはいない。どこかのお坊ちゃんで、ボディガードを警官が志願したという程度だ。   

 しかしこれでも、ひそひそは酷い。

「春弥の方じゃなく?」

「え、あの地味なやつ、あれでそんなお坊ちゃんなのか」

「現職警察官が志願するって、どんな家だ」

 せっかく地味な外見に合わせて地味に埋没していたというのに、どこにいても、視線がついてくる。

「最悪だ……」

 俺は弦楽部の教室で溜息をついた。

 ここは友田部長という顔はきれいなのに怒らせると怖い先輩と天使と呼ばれる三枝先輩がいるので、俺ごとき、たいして注目もされない。ありがたいことだ。それで最近は、放課後はさっさとクラブに出ることにしている。

 ここは俺の、オアシスだ。

 百山は責任を感じていたようだが、百山に悪いところはない。気にするなと言い、百山にも今まで通りに振る舞ってもらっている。

「明日は遠足か。お前らのクラスはどこに行くんだ」

 先輩が雑談の中で訊いた。

「ベイエリアです。遊園地は、担任がお金がかかるって言ったら皆嫌がって」

 百山がおっとりと言う。

「まあ、博物館とかをのんびり見て回る方が気も楽ですけどね」

 俺がそう言うと、先輩たちはドッと笑った。

「柊弥らしいけど、ジェットコースターとかコーヒーカップとか、チャンスだぞ」

「そんなチャンスはいりません。女の子とならまだしも。

 あ。百山は彼女とジェットコースターとかコーヒーカップとか乗ったことあるのか」

 サッと目が百山に向く。

「うん。卒業式の後ね」

 百山はにこにこと悪びれずに答え、俺たちは皆、羨んで撃沈した。

「くそう」

「俺も彼女が欲しい」

「百山、紹介してくれ」

 わいわいと騒ぎながら後片付けをし、友田部長からも、

「とにかく、気をつけて行ってこい」

と言われ、クラブは終了した。


 昇降口へ行き、南京錠を外してロッカーを開けると、靴を履き替えて外に出る。

 こちらを見てひそひそ言う生徒がいたが、目を合わさずに歩き出す。

 まあ、何かされるわけではない。とは言え、いい加減ストレスではある。

 無視しようと決め込んで歩き出すと、前に回り込んで声をかけられた。

「蒔島柊弥って君だよな」

「元藩主の蒔島家の跡継ぎって本当か?」

「何か、秘書みたいな役目のやつを決めるんだろ。それって、あの警官にするのか?」

 やめてくれと言わせるタイミングも与えず、しゃべる。

 俺はいい加減怒鳴りたくなったが、その前に、声がかけられた。

「いい加減にしないか、お前ら。個人的な事に首を突っ込みすぎだ」

 弾かれたように全員がそちらを見た。

 道着に袴を着けた上級生がいた。弓道部の部長だった。

「あ……そんなつもりは……」

 ゴニョゴニョと何か言いながらその生徒たちはどこかへ行った。すると部長は溜息をついて近付いて来ると、苦笑を浮かべた。

「まあ、人の噂も七十五日と言うし。煩わしいのはわかるが、平静を保つことだ。それで何かしたら実際以上に問題視されるしな。

 弓道も一緒だ。矢を射る時、全員の目が集中するが、視線を意識しすぎると失敗する。それは演奏でも同じだろうけど」

 俺は、力の入っていた拳を開いた。

「はい。ありがとうございました」

 部長は笑みを浮かべ、肩を軽く叩いて歩いて行った。

 それを見送って、息を吐く。

 俺もまだまだだな。

「あ。明日の遠足に持って行くお菓子買ってない」

 俺は帰りにスーパーに寄ることにして歩き出した。




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