第11話 連城康人


「砂金、今回の敗因は分かってる?」



 放課後、生徒会室では反省会が開かれていた。


「誰もまさかあんな直接的に褒めるとは思わないだろ」

「すまん! マジで褒めれば良いだけだと!」


 やっちまった~と苦笑いをしながら頭を掻く九重。


「いや実際九重は悪くない。しっかり説明せず、状況を把握していなかった明らかな俺のミスだ」


 九重がインフィデンスを始めてようやく砂金は明確に思い至ったのだ。


 依頼者本人にインフィデンスする場合とそうでない場合の根本的な違いに。



 つまり依頼者本人にインフィデンスする場合は、依頼者も褒められる前提で来ており、脈絡

なく褒めても違和感はなかった。

 

 しかしそもそもインフィデンスを受ける気でいない相手に対してはどうか。


――『ユリカ、お前は『優しい』な!』―― 唐突なことこの上ない。

これでは相手も『納得』出来ないし、その才能の『自覚』も不可能だ。

会話の中で、自然の流れで褒める必要があるのだ。

砂金はそんなこと言わなくても分かっていると思ったが九重は違った。

というより明らかに砂金の思慮が足りていない砂金のミスであった。


 だがおかげで、頼んでもいない相手にインフィデンスしようとすることが、いかに難しいことか、今までのものとは明確に違うのだと理解した。


 しかも――


「ユリカ、あの子、かなりネガティブかもね」


 壁に背をもたせトウカは嘆息した。


『九重君は私にインフィデンスしようとしてくれたんだね?でもそんなんじゃ私には無理だと思うよ?』


 あの時見せたユリカの表情。


『自分は才能がない』


 その刷り込みでスキルが発動しない自分を見るようだった。


「ネガティブな人に自信を付けさせるってどうすればいいんだろ」


 アイが屈託のない表情でポツリと呟いた。


 そんなの砂金が知りたいくらいだ。


「まあ何にせよ決着は今週土曜の放課後だ。次のデートでは俺が徹底的にサポートする」


 それまでに何か対策を立てねばと砂金がひとりごちていると


「砂金、これ貸したげる」


 意を決したように力強い瞳のトウカがソレをカバンから出し差し出してきた。


『自信のない子供に自信を与える教育法』


 野原で笑う子供が表紙の冊子だ。読み込まれているようで本はかなり傷んでおり、トウカの文字が書かれた付箋が至る所に張られている。


「もしかしたらネガティブなユリカに自信を付けるヒントがあるかもしれないわ」

「ありがとう」


 確かにタイトルからしてヒントは沢山詰まっていそうだ。


 砂金が驚き半分で受け取っていると、アイが顔をしかめた。


「え、なんでトウカこんな本読んでいるわけ?」


 その質問に、トウカは答えなかった。


◆◆◆


「ユリカ!右だ!」


 九重の一言でとっさにユリカが上体を右に逃がす。


 今までユリカがいた地点を暴風が駆け抜けた。


「クッ! 『仮想弓』!」


 攻撃を避け切りユリカは体制を立て直し能力で出来た弓を構え、放つ。


しかし――


「ハッハッ!楽勝ッ!」


 『仮想弓』の射速はそこまで早くない。

 いとも簡単に避け切ると敵男子の手より狼状のフレアがユリカに襲い掛かる。


「あぶねぇ!」


 それを身を挺し九重が守る。

 インフィデンス失敗から数日後、ユリカとのデートを翌日に控えた日。


 砂金は九重達の試合をキャットウォークから眺めていた。


 砂金はすでにユリカという人物のバックグランドを綿密に調べ上げていた。



 中学時代、弓道で一度全国一位を取ったこと。


 その時指導していた教師兼監督を非常に尊敬していたこと。


 家は製紙工場を営んでいること、など。

 

 この学園は全国的に才能のある生徒を収集した学園だ。


 そのため、『名前』とその者が有する才能で検索をかければ、おのずと過去の記事が上がって

くるのだ。


 ユリカの才能は当然『弓道』。


 検索をかけると中学時代の全国大会で優勝しカメラの前でピースするユリカと


『顧問の先生のおかげで優勝できました! いつか先生のようになりたいです!』



 心より敬愛の視線を向け、コメントを残すユリカの画像。



 そして『優勝した林道ユリカさんの実家は製紙工場を営んでおり、さかのぼれば弓道との出

会いは――』という一文から始まる記事を発見したのだ。


 だがその『弓道』の才能が、彼女を今、苦しめている。


「九重君!」

「ユリカは後方で支援だ! 俺が前に出る!」

「あの女の弓は無視して良い! ダメージが少ねぇ! 男に集中だ!」

「了解!」


 敵の男女がユリカを無視し、九重に攻撃を集中する。

この学園ではその者の『人間力』の中でもより際立った才能が『一芸』となり、スキルはその出力によりA~Eクラスに分けられる。


 そしてこのスキル、全国から優秀な才能を集めたにも関わらず、ザラにD・E級クラスのスキルを発現する者がいる。


 『神ノ山』はその者の人間力に応じた力を授ける。


 ここで言う『人間力』とは『人間社会を生き抜く力』であり、弓道で全国一位クラスの才能を有する少女でDクラスということは、極端な表現になってしまうが、要は弓が上手くても今の人間社会を生き抜く『武器』としては不十分ということである。


 逆にトウカの『美しさ』や九重の『忍耐力』、黒川の『嘘を見抜く才能』はこの現代社会を生

き抜くにおいて有用な才能だと、とりあえずこの土地ではなっているのである。


 これだけ聞くと『運動神経』だけでA級スキルを発現するアイは異端のようにみえるが、そ

うではない。


 理由はアイの保有する『運動神経』のセンスが凄まじいからだ。


 アイは何かスポーツに打ち込めば、あっさり世界一位になるだろうと言われるほどの素質を

秘める。


 となれば例えば、プロスポーツ界で華々しく活躍する彼女は果たして『人間力』が低いのだろうか。


 このように『スキル』には二種類あり、その者の才能の大きくなればなるほど順調にその出力を上げるものと、アイの『運動神経』などのように、ある程度才能があっても人間社会を生き抜くのに十分な力にはならずD・E級のスキルしか発現しないが、ある一線を超える、その才能だけで引く手数多というレベルの圧倒的な才を有する者は一気に超Aクラスのスキルを得るものがあるのである。


 当然、ユリカの才能『弓道』は後者であり、全国大会で一度優勝した彼女が発現したのはDクラス。


「ごめん……」


 度重なる敗戦が彼女の自信を削いだようだ。


 気落ちするユリカが自分の姿と重なる。


「はぁ……」


 砂金は今日何度目になるか分からない溜息をついた。


 そうでなくとも実は、昨日と今日で気落ちする事件が続いているのだ。


「おう、砂野じゃないか」


 そこで砂金は声をかけられた。

 視線を上げるとキャットウォークの奥から一組の男女が悠然と歩いてきていた。


 しっとりとした艶やかな髪をした中肉中背の男と、ピンク色の髪をしたボブの少女だ。


「……連城と高坂か」


 男の名は連城康人れんじょうやすひと


「フフ、浮かない表情だね。そうかそうか――」


 砂野財閥と双璧をなす連城財閥の御曹司にして――


「さっき僕にやられちゃったのか相当ショックだったのかな?」


 学年一位にランクする当代最強の能力者。


 そう、砂金は何を隠そう、先ほど連城と模擬戦を行い、負けていた。

 以前から、多少、苦手意識はある。


 幼少期より才能を開花させており、よく財界人の晩餐会に呼ばれると、彼のピアノが流れて

いた。


 参加者の耳を独り占めにし、自分より高い、光に満たされた場所で演奏する連城はまさしく格上の存在で、いつか彼のようになるのが砂金の密かな夢でもあった。


 だからこそ演奏し終えた彼が、ホールの隅にいた砂金を見つけ放った言葉は今も覚えている。


『――そうか、君は何も出来ないんだね?』


 この男は、砂金のトラウマの直接的な原因になった男だ。


『いい加減、『フレア』以外も使えるようになったのかい?』


 試合開始直前、挨拶代わりに言われた言葉に、全身の血が沸騰しそうになった。


 だが砂金が何か言う前に、試合は始まった。

砂金はその時の試合を思い出した。





「これより連城康人・高坂ルリVS砂野砂金・小豆川アイの試合を開始します!」


 開幕を告げるブザーが鳴り響いた。

 連城康人は言わずもがな学年一位。


 ピンク髪の化粧の濃い高坂ルリも学年十位。

 砂金も十五位で、アイも四位。


 ほぼこの学年の頂上決戦のカードだったため多くの観客が体育館に駆けつけていた。


 開幕のブザーと同時に会場が沸いた。


「いっくわよーー!!」


 試合の幕が上がると、即座にピンク髪でお団子を作っているルリが駆けだしてきた。


 すでに何度も砂金は連城とルリとは戦っている。

 だから砂金はルリのやってくることが読めた。


 「グッバイ会長」


 案の定、目の前にフレアを刀状に変化させたルリがいた。

 ルリは毎回砂金の即落ちを狙ってくる。


 だがそれも読めている。


 駆けだす勢いそのままに蒸気刀を突き出すルリに砂金も首元のフレアを増大させてガード。


 フレア刀を砕き、返し手で突っ込んでくるルリにフレア刀を見舞う。


 しかし――


「――『減刑』」


 ルリの瞳に狂喜の光が宿った。

 砂金のフレア刀がルリの体をすり抜けた。

 ルリが保有する際立った人間力の一つ。


『美貌』


『減刑』とは『美貌』を土台にしたスキル。

美女は割と仕事ミスっても許される、甘くなる。  


 それをモチーフにしたスキル。

 攻撃を受け流したルリが再度砂金に攻撃を仕掛ける。

 無数の蒸気刀がルリのフレアから砂金に向かって射出された。


「アンタいきなし何やってんのよ!」


 だが砂金に突っ込むルリを横からアイが突き飛ばした。


 ルリの態勢が切り替わりフレアの刃の群れが空を切る。


『超過駆動』の一撃を受けてルリがゴロゴロと床を転がるが、すぐにスクッと立ち上がる。


 無傷。

『減刑』でダメージを無効化したのだ。


「クソ!毎回だけど厄介な奴!」


 アイも同様ルリ達とは何度も戦っている。

 毎回手こずるそのスキルにアイは業を煮やし怒りのままに突っ込んでいった。


 しかし――



「君は僕だな」


 連城が人を呼ぶように手を振ると


「うそッ!」


 見えない手で掴まれたかのようにアイの体が連城の元に引き寄せられた。


 そして――



「家柄もまた『人間力』――。『貴族パンチ』!」


 連城の拳が黄金色に輝き、強烈な右ストレートがアイの腹に吸い込まれた。


「……ッ!」

「小豆川!」


 体をくの字に折り宙を舞うアイに砂金が目を見開く。

 

 とっさにキャッチしようと駆けだそうとするが、


「会長は私よ?」


 行く手を阻むようにルリが現れた。

 そこからは砂金VSルリ。アイVS連城の戦いだった。

 

 連城は決まって砂金と戦う際、つがいに砂金を倒させようとする。


 まるで自分が直接手を下すまでもないとでも言うように。


 そして砂金は毎度ルリに勝つことが出来ず


「よしこれで残すは小豆川だけね!」


 試合中盤、砂金は致命傷となる一撃を受け、『致命加護』を発動。


 砂金は床に崩れ落ちる。

 その後はアイVS連城・ルリの試合を見ることになった。

 そしていくら『超過駆動』を有するアイと言えど、連城には敵わない。


 他人の才能を発見しスキル化する『才能開花』と、恩を売った相手の能力を一時行使するこ

とが可能な『感謝の報酬』を有する連城には。


 連城は『他人の才能を見つけ開花させる』ことと『恩を売った相手から言葉巧みに協力を取

り付ける』というまさに将来会社を担うのに足る才能を有し、それらをスキル化していた。


 それにより彼は『才能開花』で他人の『一芸スキル』を開花させ、『スキルを開花させる』という恩を売った相手から『感謝の報酬』というスキルで『スキルを借りる』というコンボを

手にしていた。


「これは!芳賀さんの『ファイアワークス』!?」

「あぁ! あの才能を開花させたのも僕だからな!」

 

 他人の才能を見切りスキルを開花させ、その恩でもってそのスキルを一時的に行使できる。


 このコンボにより連城はスキルを無数に利用出来るという特性を持つ。


 そして無限のスキルを有する連城には例えアイでも




『勝者。連城康人・高坂ルリ』


 敵わない。


「あーまあ、案の定、君は足手纏いだったね。アレでは小豆川君の負担が増すだけだよ?」


 アイは今も保健室で治療を受けている。


 砂金は少しでもユリカの情報を得るように言われ出てきたというわけだ。


 連城と戦い負けた。


 それが今日の気落ちする事件である。

 そして昨日の気落ちする事件というのが



「そういえば砂野。昨日、『私戦』に敗れたと聞いたぞ。災難だったな」

「……耳が早いな」


 そう、これが昨日起きた、特大気落ちする事件である。


 私戦、それに巻き込まれて、砂金は、破れたのだ。


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