第7話 二股会長


 話は変わるが、砂金はここ最近、悩みがある。


「大丈夫、砂野君?」


 体操着のアイに顔を上から覗き込まれ砂金は顔を赤らめた。


「う、うん。ごめん。大丈夫だ」

「ねぇアーイ!? やっぱり進藤の方が良いんじゃないのぉ!?」


 よたよたと立ち上がると体育館のキャットウォークから見下ろしていた女子からヤジが飛んできた。


「うるさいわねー。私は砂野君のが良いのよ!」

 相手はアイの同じクラスの友人である。


『初恋だもんねーフフフ』

『うるさい!』


 気の置けない両者の会話を遠くに聞きながら、砂金は頭上の巨大な液晶を仰いだ。


『Lose砂野砂金・小豆川アイ』


 小豆川アイ:12419→12002ポイント。学年3→4位。

 砂野砂金:6732→6254ポイント。学年15位。


 能力模擬戦によって決定されるアイのポイントが、砂金とつがいになってから日に日に減っているのだ。


「全くなんなのよ!」


 プリプリと肩を怒らせるアイを横目に砂金は肩を落とす。

 進藤大地と組んでいるときはアイは常に確固たる学年三位だった。

 一時は二位にも迫る勢いで、四位との間には大きな隔たりがあった。

 しかし今まさにその順位が4位になった。


 この学園はそのランクにおいて支給金が支払われる。

 ランクが高いほど高い支給金が支払われ一位ともなれば年間一千万円は下らない。

 その支給金を決定づけるランクが今、落ちたのだ。


 ……アイは支給金目当てでこの学園に入ったというのに――


「イタ!」

「砂野君? 変なこと考えてるでしょ?」


 気落ちしながら通路からぼんやり他人の試合を眺めていたらアイに頬を抓られた。


「砂野君のことだから私のランクが落ちて、やっぱり進藤と組んでたほうが良かったんじゃないかーっとか考えてんでしょ? でもね、私はそれでも砂野君とつがいが良いのよ? それ以外に理由がいる?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「要らないでしょ?」

「ま、まあ……そうか?」

「そーなのよ。私も砂野君とつがいになれて幸せ。砂野君も砂野君が好きなこの私とつがいになれて幸せ。それだけなのよ」


 それで良いじゃない。と笑みを見せるアイに思わずほだされそうになる。

 流石は好きなだけあってその破壊力は絶大だ。


 しかしアイのランク低下が重大な問題である。

 アイに危機意識を持たせようと口を開こうとした時だ


「それに、砂金。私もアイもランクなんてそこまで意識してないわよ」

 横にいたトウカが訳知り顔で合いの手を入れてくる。

「だからある程度落ちても気にすることないわ」

「そりゃトウカなら気にしないが……」

「どういう意味よ! 気にしなさいよ!」

『やっぱり気にするじゃないか!』『そういう意味じゃないわよ!』


 にわかに喧嘩をしだす砂金とトウカ。

 一転、それを面白くなさそうな目つきで見るアイ。


「だが実際、砂野の心配は最もだぞ」


 そんな三者三様、悲喜交々な三人。そこに一人の女性の声が差し込まれた。

 声がした方を見ると階段を上り黒い長髪の美女がやってきた。


 黒川ヒトミ。

 その美貌で多くの男子生徒を虜にする、『嘘を見抜く』才能を有しスキル『御前ノ懲罰』を有する特別教官だ。


 現国教師も兼ねるその女性は、三人の前に辿り着くと、砂金にいやらしい笑みを向けた。


「なんせ貴様はこの学園の二大美女を預かる『二股会長』なんだからな」

「……ッ!」


 気にしていることを真正面からぶつけられ砂金は体が泡立つのを感じた。


 砂金にはこの学園で最も嫌うものがあった。

 

 それは『二股』である。正確には、つがいの『二股』。


 実はこの学園が進める『全員つがい編成制度』、つがい相手を一人に絞る必要はない。

 複数の相手とつがいになることも可能なのだ。


 だが一人が複数の異性とつがいになると、結果的につがい相手を失うものが現れる。


 そういう場合は特別に余り者同士・同性同士でつがいになるわけだが、入学当初砂金もそうなりかけたのである。


 みるみるつがいを作っていく周囲の生徒。

 取り残される砂金。

 早くも複数の女子とつがいになったと自慢する男子には怨念のこもった視線を送った。


 そしてもうこれ男子しか残ってねーだろというやけっぱちになりそうな時期にようやく声をかけられたのだ。


『もし良かったら私がつがいになってあげるわよ?』


 すでに何十と言う男子からつがいの申し出を受け、それを全て断っていると噂になっていた美少女。


『砂野砂金でしょ? 私は柊トウカ。よろしくね』


 あの時トウカが声をかけてくれなければ砂金はホモつがいになっていた。


 そして諸悪の根源は複数の相手とつがいをする二股糞野郎である。


 だからこそ砂金は常々『二股死すべし』。

 これをモットーにこの学園を生きていた。


 だがこの度、砂金はアイとつがいになることになり


『で、どっちを選ぶわけ?』『どうするの砂野君?』


 散々問い詰められようやく砂金の選んだ答えが――


『お、二股会長じゃん!』


――『二股』!


「その言い方は辞めて下さい」


 黒川は砂金の思いなど斟酌せず意地の悪い笑みを浮かべていた。


「だがまあ事実なのだからこの酷い呼ばれ方も受け入れるしかあるまい。そして貴様は噂などに気を取られず小豆川の順位低下に責任感を感じるべきだ」

「でも私は気にしていません」


 胸に手を当てアイが傲然と反論するが分かっていないなと黒川は首を横に振った。


「小豆川が気にしなくても『我々』は気にするんだよ。なんせ君達は神人災害発生時の機動隊員なんだぞ? ましてや小豆川や柊などのハイランカーは国の、いや世界の宝だ」


 霊仙学園の生徒は有事の際はそれぞれ『合一ユニゾン』し『神人』に挑む。


 だからこそ学生の身分で莫大な支給金が支払われるのだ。


「話が聞こえたよ。確かに小豆川の言う通りだ。小豆川が砂野とつがいを作りたいと言っている以上、進藤ならば、というのは意味のない仮定だ。『合一』は好きあう二人でないと危険だ。嫌っている状態で『合一』させようものならこの辺り一帯が吹っ飛ぶ」


 黒川は大きな溜息をつくと続けた。


「で、現状人類を守れるのはこの学園にいる『生徒』と、私を始めとした『特殊待機員』しかいない。だから砂野、貴様の心配は最もだし、『我々』も憂慮している」


 そう、『神ノ山』のような人間にオカルトを与える土地は未だ他に見つかっておらず、もし『神人』が現れた際はここ『神ノ山』が最初の防衛線だと『世界』で決まっている。


 ここが最初で最後の防衛線なのだ。


 そして『合一』し『神人』に向かって行けるのは子供だけだ。


 だからこそ国立霊仙学園の子供たちの背に世界の命運はかかるのだ。


『子供だけ』というのにもちゃんとした理由がある。


 好きあった者同士が肉体を融合し『神人』と同格の超生物になる霊術、『合一』。

 これは勿論大人も使用できるのだが、なぜ大人を省くかと言うと、この『合一』、非常に『性

行為』と似たような快感があると言われているからだ。


 この『合一』の際生じる感覚変化と両者に生じる気分の高まりにより、いかに強力な超生物に成るかが決まる。


 だからこそ両想いなつがい程強力な生命体となるし、嫌がる二人を無理やり『合一』させた際は辺り一帯は消えてなくなった。


 そして当然、『合一』が性的快感と酷似しているため、性交渉の回数が豊富なほど、それによる感動は確実に弱いものになってしまう。


 二回目のセックスより初めてのセックスの方が興奮する法則である。

 これが隊員から『大人』が省かれる大きな理由であり、だから国は性に興味があり、かつ経験が少ない『高校生』をチョイスし、全国から優秀な才能を有する子供たちを集め、恋に落ちやすいような学園を築いた。

 それが国立霊仙学園である。


 世界が有事の際の命運は霊仙学園の子供たちの背に、子供たちの恋愛模様にかかっている。

 だから優秀な人材であるアイを始めトウカとつがいになっている砂金が未だ『一芸スキル』すら発現できず足を引っ張っている現状は非常に憂慮すべき問題であった。


 ……ちなみに『特別待機員』とは、有事の際の隊員として働く大人の隊員である。

 大人が隊員候補から外れるのは一重にその性交渉経験が嫌でも増えてしまうから。


 要は経験が浅ければいつまでも隊員でいられるわけであり、そういった条件をクリアし今隊員をしているのが、例えば今目の前にいる『特別教官』と『特別待機員』を兼任する今年二十七になる美貌の女性である。


「おい砂野、お前今ふざけたこと考えたか?」

「ゑ?」


 『特別待機員』という言葉尻に引かれ砂金がふざけた思考をしているとそれを読んだ黒川は憎々し気に口元をゆがめた。


「これだから多感な年ごろの男子高校生という生き物は困る。女性を見れば即座に脳内で服を剥ぐ。思考回路はそこらの山にいる猿となんら変わらん」


 怒涛の如く砂金を罵ると、最後に黒川は得意そうに口角を吊り上げた。


「期待させて悪いが私は処女では『ない』。残念だったな砂野?」


 フッと余裕の笑みを寄越す黒川。

 砂金が言い返そうとすると、それよりも前にアイが口を開いた。


「え、残念? 期待? 一体この人は何を言っているのかしら? むしろ売れ残ってなくて幸いって痛い! やめて! ちょっとアンタ何すんのよ!?」

「貴様は職員室に来い! 叱ってやる!!」

「え!? いや! 私はこれから砂野君とおしゃべりするの!? 私の砂野君と貴重な会話の時間なんだからちょっとアンタ邪魔すんじゃないわよ! キャア!」


 鬼のような形相の黒川に首根っこを掴まれズルズルと連れ去られるアイ。


「た~す~け~て~! 砂野く~~ん!」


 砂金は遠くから手を振り助けを求めるアイを見送ることしかできなかった。


「……流石に絞られたわ」

「だろうな……」

「そりゃねぇ……」


 こってり絞られ戻ってきた青息吐息のアイを心配半分・呆れ半分で眺める砂金とトウカ。


 そんな折、その放送は響いてきた。


『これより六月十日。第十三試合。砂野砂金・小豆川アイVS九重竜彦・林道ユリカの試合を第三十四体育館で行います。選手は十分以内に会場にお向かい下さい』というアナウンスが。


◆◆◆


「今日はお互いお疲れだったな」

「いや俺は大したことないさ。砂野も大変そうだったよな」


 砂金が九重を労うと、黒髪の好青年、九重竜彦は相好を崩した。


「で、実は依頼があってきたんだが、良いか? 今時間?」

「勿論だ。さ、座ってくれ。なんか飲むか?」


 たった今なかなか重い相談を受けていたばかりである。


 間髪入れない相談にアイが顔を引きつらせるが、そこは心を鬼にして無視をする砂金である。

 そして出てきた相談というのが、


「実は俺、つがい相手からつがいを解消しようって言われていてな……」

「つがい相手は林道りんどうユリカさんだっけ?」

「そうだユリカだ。でな、言われた時はそうか仕方ないかって思ったんだ。もともと本当に付き合ってた訳でもなくただなんとなくつがいをやっていただけだからな。でもしばらくしても

ずっと胸に引っかかるものがあってな……」

「あーー……」

「まあここまで言えばもう分かるだろ? ようやく気が付いたんだ。俺はユリカのことが好きだって。だからどうにかつがいを解消を止められないかと思ってだな」

「「「……」」」


 鼻頭をかく九重の依頼に砂金・アイ・トウカが一様に顔を見合わせる。


 出てきた質問は一つだった。


「え、で、そもそもどうして林道さんはつがい解消するとか言い出したん?」


 三人が思う事は一つである。 ――林道ユリカに好きな人が出来たからじゃないだろうな、である。


 霊仙学園で時々耳にする血で血を洗うような愛憎劇に巻き込まれるのは御免である。


 恐る恐る砂金が尋ねると、九重は手を振り豪快に笑った。


「いやいやそれはない。ユリカは俺とつがい解消したら女子としばらく一緒につがいするって言ってるよ」

「じゃぁなんで急につがいを解消するとか言い出したんだよ……」

「どうやら原因は俺にあるっぽいんだよな。一応、ユリカの友達に理由を聞いたんだ。そしたらな、自分で言うのも恥ずかしいんだが、ホラ、この前ランダムデートマッチングがあったろ……」


 何やら顔を赤らめる九重に冷静に砂金が頷く。


 つい一昨日にもランダムデートマッチングが行われ、砂金は名前も知らない先輩と水族館に行っていた。


「どうやらその時一緒に行った子がな、一応ユリカの友達から聞いたんだぞ? 俺が思ったわけではないぞ? ……どうやら俺のことを好きになってくれたらしい」

「ハ、フーン。へぇ~?」


 途端に砂金の瞳から暖かいものが消えてなくなる。


「それで?」

「あぁ、それでその女の子がな、ユリカに言ったらしい。私の方が九重に相応しいからユリカは引っ込んでいてって。ユリカが俺のランキングの足を引っ張てるってな。まぁ、ホラ、今日俺達と戦ったから俺達がどうなっているかは分かるだろう?」

「ああーー……」


 砂金は今日の午後の能力戦を思い出し、ゆっくりと息を吐きだした。


 ……確かに、そう思われても仕方のない戦力バランスではあったのだ。。。


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