第5話 小豆川アイ


「よ! おはよう砂野君!」

「おう! お、おはよう」


 朝、教室の前でアイに挨拶される。

 今までにはなかったことだ。


「どうした~? 元気ないぞ~!」


 思わず戸惑う砂金の背中をはたきアイは教室に入っていく。

 あの日のデート以来、アイがよく話しかけて来る。

 今までは無かったことで、砂金は戸惑うばかりだった。


「……なんなのあいつ」


 一方でトウカは気持ちの悪いものを見るように顔を引きつらせた。


 そして運命の五月末日。


 五月第二回の『絶対告白会』の開催日である。


「お!『失恋会長』今日も並んでる!?」

「懲りないねぇ……」


 今日も今日とて砂金はアイの列に並ぶ。


 数分もすると砂金の前に男の姿がなくなった。


「お、来たね」


 見知った顔がやってきてアイは自然とその顔を綻ばせた。

 やはり可愛い。

 砂金は今日も懲りずにいつもと同じ感想を浮かべる。

 だがこの天使のような笑みは同時に悪魔の微笑みにもなるのだ。


「さぁ、聞かせて?砂野君の私への気持ちを?」


 案の定、アイは言う。口元に微笑を添えて。


「……ッ!」


 どうせ振られる。

 だが言わないわけにもいかない。


 砂金は今まで何度もしてきたように覚悟を決めて言葉を紡いだ。


「好きです。付き合ってください……!」


 だが返ってきたのは信じられない言葉だった。



「いいよ」

「ハァ!?」


 予想外の返事に耳を疑う。


 今、自分はなんて聞いたんだと自問する。


『いいよ』、そう言ったのかアイは。


 全身の毛穴が開き、心臓がかつてないほど早鐘を打った。


 砂金が完全にフリーズしているのを見て、アイは微笑んだ。


「いいよ? あとで直接言いに行くから。待ってて」


 アイが何を言っているか分からない。

 砂金は言われるがまま、フラフラと覚束ない足取りでその場を後にした。


「え、なになに? 今なんて言った?」


 アイの返事に会場は騒然としていた。


「え、なになにどういうこと!?!? どういうことなの!?!?」


 持ち場に戻ると、今にも絞め殺される小動物のように張り詰めた表情のトウカがいた。

 砂金も何が起きたか分からない。

 ぐったりと床に崩れ落ちた。


 そして、だ。


 女子に告白するターンが終わると男子が告白されるターンに入る。

 今まで女子が座っていたパイプ椅子に今度は男子が座るのだ。

 未だかつて、砂金の前に誰かが並んだことはない。


 だが現在砂金の目の前にはクリーム色の髪をした少女が立っているのだ。


 そう、小豆川アイが立っているのだ。

 砂金が好いてやまない少女だ。

 その少女が信じられない言葉を紡いだ。


「砂野君、私と付き合って」


 言葉を区切るとにっこり笑う。


「大好き」


 その一言で脳がフリーズしていくのを感じた。


「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」

「「「なんだそりゃああああああああああああ!!!???」」」

「「「嘘でしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 アイの台詞で体育館が大騒乱に陥っているのを妙に静かに感じながら今現在起きていることを解析した。


 砂金にはアイが何を言っているか全く理解できなかった。


 だからこそ解析するために、幾重もの記憶が瀑布のように押し寄せていた。


『ごめん無理☆』

『毎度のことだけどダース単位で告白受けるしんどいわねー』

『あ、アンタが砂金のことを好きになることなんて万に一つもないでしょ!?』

『グッ……それはそうだけど……ッ』

『あいや私は好きな人いないわよ!?安心して!今の所良さそうな人は一人もいないわ!』


 その他無数のアイからかけられた切れ味鋭い言葉を思い出す。


 それを勘案すると、どう考えてもアイは砂金のことを好いてはいない。


 確かに、つい先日一緒にデートに行ったが、その程度で気が変わるとは思えない。


 ならばなぜアイは告白したのだろう。


 ヒントはこの前のデートの中にあった。


 都合よく記憶は流れてくる。


『あぁ、私、色んな奴に目をつけられるからね。つがいの男の子にも迷惑かけちゃうかもしれないのよ。それで私、コイツの事欠片も好きじゃないから組んでんのよ。コイツならどうなってもいいし、進藤、強いでしょ?最悪トラブルに巻き込まれても当人で解決できるかなと』


 アイは当人の強さを重視してつがいを決める。


 そして砂金はこの前のデートで不良を倒した。


 もしかするとあの一件で砂金はアイの中で『強い男』にランクアップしたのかもしれない。


 しかも『欠片も好きじゃない男』、これにも砂金は合致する。


 なんせ二十三回も振られているのだ。


 これ以上ないくらい好きではないに違いない。


 思えばこの『絶対告白会』は好きあった男女を『つがい』にするのが目的だ。


 アイは砂金をつがいにするべく順当な手順を踏んでくれただけなのだ。


(なるほど……)


 そう納得すると、その無邪気な残酷さに一筋の涙が頬を伝った。


「フフ、泣くほど感動してくれちゃって。告白冥利に尽きるわ。ホラ、砂野君のアイだよ~? 答えは?」


 涙を流す砂金を見て満面の笑みを見せるアイ。


 酷い。だがこのような天真爛漫な女性を好きになったのも砂金なのだ。


 好きになったのだから最後まで付き合うしかなかろうと砂金は決心して答えた。


「あぁ、良いぞ。小豆川のつがいをやらせてもらうよ……」

「うんうん、当然、つがいもやってもらうわ? うん? でもなんかちょっと違くない?」


 満足げに頷いていたアイだったが、両者の齟齬に気が付きだし顔が強張った。


「え? 付き合ってくれるのよね?」

「あぁ、今後とも友達として付き合うさ。つがいもやらせてもらうよ。いやぁこの振られ方は悲しいなぁーー」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 両頬に伝う涙を拭い頷く砂金にアイが愕然として叫んだ。


「え!?!? なにどういうこと!? なんで告白したのに振ったことになってんの!? しかも私まで振られかけてない!? 砂野君、どういうこと? どういうことなの!?」

「だからつがいとして今後とも付き合ってって事だろ? だからつがいはやるよって」

「なぜ急に男らしく。それに全然意味が違うわ。つがいはやってもらうけど私の言ったことはそのまんまの意味よ? それにこの空間じゃ嘘つけないでしょ? 『御前ノ懲罰』の下じゃ」


 頭上を見上げると巨大な仏の顔が天井付近に浮いていた。


『御前ノ懲罰』の下で嘘をつくと自動的に天罰を与えられる。


 だから多くの人は嘘をつけない。


 しかしこれも推理済みであった。


「いやでも小豆川は『嘘』の才能があるから『御前ノ懲罰』を突破できるって言っていたじゃないか」


 そう、アイはデートの際、自分は『御前ノ懲罰』を無効化できると言っていた。


「ま、まあ確かにそんなことは言ったけど……」

「だろ? それに小豆川はつがいは強くて好きじゃない奴から選ぶんだろ? で、この前のデートでの一件と俺がこれまで振られてきた回数だ。……ピンときたよ」

「そんなのピンと来なくていいわよ! 砂野君、もう一度言うわ! 私は砂野君のことが男の子として好きなの!? アンダースタン!? 私の言っていること分かる!?」

「……いやちょっと何言ってるか分からない」

「なんでよ!」


 なんで急にサンドウィッチマンになっちゃうのよ! とアイは地団太を踏み声を荒らげていた。

 そこで壇上から声をかけられた。


「おーーい。いつまでやってるんだ?そろそろ交代だぞーー」


 黒川ヒトミ。この『絶対告白会』を仕切る教師だ。

 

 見ると自分たち以外はすでに引き上げ、全校生徒が砂金達のやり取りに注目していた。


 完全に時間切れであった。


「なんで両想いなのに振られるのよ……! なんでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 会場にアイの断末魔の叫びが轟いた。


◆◆◆


 同日、生徒会長室。


 人類存亡のかかる国立霊仙学園は全てのものが高価なもので揃っている。 

 当然、生徒会長室もその例にもれず床には絨毯が敷かれ、木目調の美しい机に革張りのソファなどが設えられている。


 そこで亜麻色の髪をした少女とクリーム色の髪をした少女がバチバチと火花を散らしていた。


 率直に言おう。


 夕日が差し込む生徒会室で、なぜかトウカとアイが喧嘩をしていた。


「よぉくも砂金に告白してくれたわね? 私を出し抜いて? この泥棒猫!」


 口火を切ったのはトウカ。

 唾をまき散らしながら、眉を吊り上げマシンガンのように言葉の弾丸を打ち放つ。


「アンタは私のことを知っているんでしょ!? デートで何があったかは知らないけど、せめて私に一言あっても良かったんじゃないかしら!? 裏切者! ユダ! そんなんだから友達少ないのよ! 嘘つき! 八方美人!」

「友達少ないのは関係ないでしょ! それに私はむしろあなたをリスペクトしていたからこそあぁしたのよ! あなたにテレフォンパンチしたらどんな目に合うか分からないでしょ! 力技で押し切られるかもしれないからあぁしたの! それに私も再三言ってたでしょ! 人はいつか心変わりするって!」

「でも本当にすることないじゃない!」

「仕方ないじゃない好きになっちゃたんだから!」


 しかもこっちは訳分からない理由で振られてんのよ?! とアイが捲し立てる。


 なんとなく自身が糾弾されていることは理解できるため砂金は居場所がない。


 会長席で身を縮こまらせて事態の推移を伺っていた。


 数分以上怒鳴りあっていた二人は、酸素が足りなくなってきたのかフーフーと息を上げながら静かになった。


「で、で、それで、じゃぁ……、デート中に何があったか教えなさいよ……」

「……不良とちょっと喧嘩したのよ……! 危ない所を砂野君が助けてくれたの……! 『|強

フレア』を出してね……!」

「フレア……?」


 ヒューヒューと息を切らせるトウカの瞳が大きく開かれた。

 顔を俯かせつつもジロリと砂金を睨む。


「な、なんだよ」


 いたたまれず砂金が尋ねるが、トウカは合点がいくとぶつぶつと呟き始めた。


「……なるほど……。……確かに状況が符号する。そういう才能もあるわけか……。……でも、これは計画には使えないわね。砂金が可哀そう……」

「なんだよ?」

「……アンタは知らなくていいことよ。ハァ……、ったく女ったらしの才能ね。……まあ私もそれには恩があるから、何も言えないけど……」

「……てゆうか砂野君、記憶吹っ飛んでるっぽいんだけど、トウカなんか知ってる?」


 思わせぶりなセリフを続けるトウカにイラリとしているとアイが口を挟んだ。


「あぁ、それね。コイツ、頭に血が上ると、怒りで記憶があいまいになるようなのよ……。まぁ、常識逸脱した行為はしないんだけど。結果的に記憶を失うというか……」


 トウカの的確な説明に砂金はあの時のことを思い出していた。


 不良を倒した時、砂金は頭に血が上り、体が自分のものではないように動いた。


 一気に自分の力が高まり、あっさりと不良を倒すことが出来た。


 アレは一体何だったのだろうか。


 なぜみおろし町で『フレア』が発動したのだろうか……?


「……てゆうか、なんでトウカが知ってんだよ……?」


 あのような状態に、トウカの前でなったことは無い。

 砂金自身知らなかった現象なのだ。

 トウカは知る由もないはずである。


 しかしその問いは喧騒の中に掻き消えることになった。


「って、ゆうか! トウカ? だぁれが泥棒猫なのかしら? 砂野君が好きなのはこの私なのよ? この『ワタシ』のことが砂野君は好きなの。そうよね砂野君?」


 にっこりと絵に描いたような作り笑いのアイが砂金に圧力をかけてくる。

 

 あぁ、なんて可愛いんだ。砂金は促されるがままに頷いた。


「フフ、可愛い。で、ほらね! 砂野君は私に夢中なの! トリコなの! なんたって二十四回も告白してるんだから! ね、砂野君!? 私に二十四回告白したよね!」

「ま、まあ、そうだな……」


 そのことを指摘されると赤面せざるを得ない。砂金はこくこくと頷いた。


「……で、それを踏まえて、どこの誰が泥棒猫なのかしら?!」


 一方で、勝ち気な笑みを浮かべてアイがトウカに迫っていた。


 他方、トウカは頬を剥れさせて口をへの字に曲げていた。


「何よ横から出てきて偉そうに! 私は砂金の隣にいて『何としてもやらなきゃならないこと』があんのよ!?」

「フーン!」


 あなたの事情は関係ないですけどー、オーラを露骨に発し強気に返すアイ。


 一方で砂金はトウカの言っていることが良く分からなかった。

 

 砂金の隣にいて何としてもやらねばならないこととは、一体なんだ。


 完全に初耳で、その内容をトウカから聞き出そうとする。


 しかしそれもまたかなわなった。


「それに、じゃあ砂金!? 聞くけど、私とアイ、どっちが『大事』なのよ!?」


 不意に放ったトウカの質問に砂金の心が大きく波打ったからだ。

 二人のうちどちらが『大事か』など比べたことがない。


 アイは恋愛対象として、トウカは友人として大事だ。


 そんな両者が比べられるわけがない


 砂金が答えあぐねていると一転、ニヤリとトウカが笑った


「そーいうことなのよアイ? 残念だったわねーー」

「ちょっと砂野君! 私のことが好きなんじゃないの? 酷いわもう!」

「で、でも、い、いきなり話振られたら分からないし、二人を比べるなんて俺にはできないんだけど……」

「フン! もう知らない!」


 しどろもどろになりながら弁明するがアイは一向に目を合わせてくれなかった。


「そういうことよ。まあ、アイ。しばらくは休戦ね。で、アンタも生徒会の仕事手伝いなさい? どうせアンタのことだから砂金を落とすために付き纏うでしょ?」


 生徒会室に入り浸るなら手伝ってもらわなくちゃ。


 トウカはアイの生徒会業務参加を促した。


 そう、告白だデートだなんだとやっていたが、それらは特別な行事。


 国立霊仙学園・生徒会長である『砂野砂金』と、副会長である『柊トウカ』は普段は生徒会の仕事をしている。


 すでに今日処理できなかった体育祭予算の書類が会長机の端には積まれている。


「えぇぇぇ~、私も手伝うの~?」


 明日から、また忙しくなる。

 

 砂金は新たな面子の追加に微笑んだ。


 ◆◆◆



『神ノ山』の一角に複数のマンションが立ち並ぶ。


 国立霊仙学園の生徒たちが住まう寮である。


 アイが告白し振られたその日も、生徒は夜になると自室に引き上げ、プライベートの時間を過ごしていた。


 そして、小豆川アイの告白は多くの人間に影響を与えていた。


 マンションの中階層にある、至る所にスポーツ選手のポスターが張られている部屋は進藤大地の部屋である。


「ちくしょぉぉッ!!」


 煌煌と明りの灯る室内で進藤は目の前に置いていた皿を力任せに薙いだ。


 数枚の食器が床で弾け耳障りな音が辺りに響く。


 それでも進藤の怒りは収まらなかった。


 なぜなら今日、進藤はアイから一方的に『つがい』解消を告げられたからだ。


 理由は―― 『私、砂野君とつがい組むことにしたからー』


「砂野、砂金……!」


 進藤は血眼になりながら息巻いた。


「絶対に許さねぇッ!」


◆◆◆


 一方、棟は離れ、女生徒棟。


 上階層の一室を住まいとするトウカは入浴を済ませると自室で伸びをしていた。


「全く面倒なことになったわね……」


 今日のアイの告白を思い出すと気が滅入る。


 だがこうもしていられない。


 トウカは本棚に手を伸ばし、一冊引き抜く。


 トウカには『やらねばならないこと』がある。


 手に取った本のタイトルは『自信のない子供に自信を与える教育法』


「今日はこれを読もうかしらね」


 トウカは目標を目指し、突き進むのだ。


◆◆◆


「まさかふられるとはなーー」


 一方でアイは自室のベッドにばったり倒れていた。


 取り立てて説明することのない飾り気のない部屋である。

 

 そんな面白みのない部屋でアイは転がる。


 そこでふと、机に置かれた家族からの手紙に目が行き、ぴょんと跳ね立ち上がり、その青色の封筒に手を伸ばす。

 アイは慣れた手つきで封を開け便せんに目を通すと


 ―― それをばらばらに破いて捨てた。


◆◆◆


『聞いたぞ学園での騒ぎを』


 日付変更直前。砂金は父親からの電話を受け取っていた。


砂野黄金さのおうごん』。


 日本きっての巨大財閥・砂野財閥の会長である。


「悪かったよ」


 普通の人間なら縮み上がってしまうのだが、砂金は親子。砕けた調子で返す。


『お前の役目を忘れたのか?』


 黄金の厳かなセリフで砂金は嫌でも思い出した。

 この学園に来ることに『なった』時のことを。

 それは砂金が中学三年の秋。

 高校受験真っ盛りの頃だった。

 砂金は急に呼びつけられ会長室に出向いていた。

 青い空を背にし黒塗りになる黄金は腕を組むと切り出した。


「連城財閥の一人息子が霊仙学園の選抜試験に受かったらしいな。情報筋によると、|貞人《さ

だひと》の馬鹿は息子を霊仙学園に入学させるらしい」


『連城財閥』


 砂野財閥と双璧をなす巨大財閥であり、砂野財閥の最大のライバルだ。


 砂野財閥会長の砂野黄金と連城財閥の会長『連城貞人れんじょうさだひと』の不仲は時たま経済ニュースで取り上げられるほど有名だ。


 おかげで砂金は同年代の連城財閥の御曹司『連城康人やすひと』とよく比べられた。


 才能の差は歴然と言ったところで、父の黄金が口惜しく思っていることも知っていた。


 加えて、ここ最近は黄金の怒りが募っていることも知っていた。


 だからこそ砂金はこれから父が何を言うか分かる気がした。


 そして案の定、『それ』は来た。

 黄金はぐちぐち呟いた後、言ったのだ。


「全く、連城の息子が選ばれているというのに、なんで俺の息子が選ばれないんだ」


 そう、砂金は霊仙学園に『合格できていなかった』。


 父親への期待を全う出来なかった歯がゆさと同時に諦念が押し寄せる。


 だがそんな砂金に『それ』は青天の霹靂のように訪れた。


「だが砂金、大丈夫だ。お前は霊仙学園に通える」

「? な、何を言って……」

「何簡単なことだ。お前を『裏口入学』させておいた。――だから砂金、お前は一位になれ。そして力を見せつけろ」


 ―砂野財閥の御曹司たる力を見せるために――


「分かってるよ」


 砂金は言うと携帯を切り、ベッドに身を投げ出した。


『裏口入学』疑惑。あれは紛れもない事実である。


 これが砂金に『一芸』が発現しない根拠である。


 幼少期に植え付けられたトラウマもあるが、砂金はまっとうな方法で入学していない。

 だからこそ当然砂金には一芸は発現しえない。


 他の寮生と違い才能を見出されたわけではないからだ。


 奇しくもアイは言った。


『この学園に呼ばれた時点で才能はあるわけだし』と。


 だが、だからこそ砂金にスキルは発現しないのである。


「ふぅー」


 八方塞がりなこの状況に砂金は天井を見上げ長い長い息を吐いた。


◆◆◆


「……全く砂野の奴はどこまでもめちゃくちゃだな」


 同日夜、暗い自室で連城康人は呟いた。

 連城康人、漆のように深い黒い髪を持つ男である。


 学年ランクは最上位の一位。学年最高の『人間力』の保有者であり、『連城財閥』という『砂野財閥』のライバル財閥の御曹司。加えて何より


『そうか君は何も出来ないんだね』


 幼少期、砂金にコンプレックスを植え付けた張本人は、


「わ、不満気だね康人」

「そう見えるかルリ?」


 つがいをするピンク髪の高坂ルリに指摘されるほどに


  ――今日の出来事がつまらなくて仕方なかった。




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