第3話 ランダムデートマッチング



 ランダムデートマッチングの相手は本当にランダムに決まる。

 だからこそ砂金はずっとアイと当たることを夢見ていた。

 そのチャンスがようやく訪れたのだ。


「よし……!」


 五月中旬にあった『絶対告白会』から数日後の日曜日。

 砂金は自身の寮室で髪を整えていた。


 次なる神人災害に備えつがい候補を育てる国立霊仙学園は全寮制だ。

 『神ノ山』を開拓し出来た広大な敷地の一角に学生寮も存在している。

 カーテンから朝の陽ざしが差し込む特徴のない自室で、砂金は自分なりに気合を入れておしゃれをしたシャツとジーンズに袖を通し、鏡で身だしなみを確認していた。


 かつてないチャンスだ。


 今まで砂金は何度となくアイに振られていたが一度たりとも遊びに誘えたことがなかった。

 砂金はもう一度自分に気合を入れ直すと自室を後にした。

 一応、破れかぶれの自分なりのプランは考えてあった。


 だがそのプラン。


 ――早々に砕け散ることになる。


「そういえば、今日は何したい~?」


 国立霊仙学園は『神ノ山』を切り開き建てられたため、校舎は山深くにあり、人里に出るにはこのロープウェイで下山する必要がある。

 電話ボックス六台分くらいの空間で早速アイと二人きりになり砂金の胸は高鳴っていた。

 ゴロゴロと断続的に続く駆動音も耳に入らない。

 針葉樹林の深い緑も視界に入らない。

 入るのは目の端に映る白のパーカーにホットパンツを合わせたアイだけだ。

 アイは誰とでも会話を持たせることが出来る。


「そういえば小豆川はどこ行ったことあるの?」

「う~ん」


 携帯でここ行く予定、と示すまで場繋ぎ的に返すとアイは顎に手をつきながら考え込んだ。


 アイは多くの人にランダムデートマッチング以外でもデートに誘われる。


 そしてアイは基本的にそれらを断らない。

 それが勇気を絞って誘ってくれた彼らへの出来る限りの礼なのだそうだ。


 だからアイはもうメジャー所のデートスポットは行ったことがあるはず。

 

 砂金はそう考え、他の男と差別化するためどこにでもあるような凡庸なレジャー施設ではな

く、あまり有名でないスポットを探し出していた。


 頻繁にランダムデートマッチングをするため、『神ノ山』から下山した先の町、『みおろし町』には水族館・動物園などを始め首都を凌ぐ勢いで娯楽施設があり、栄えている。


 国の運命を握る子達に積極的に交流を深めさせるために国費を投入し様々な施設を導入した

のに加え、世界中の娯楽施設が集まるという評判により全国津々浦々から若者が集まる一大観光地になっているのだ。


 だからこそ、みおろし町には見たことも聞いたこともないような物珍しい娯楽施設がある。

 

 ここ数日砂金はスマホでそういった『変わった施設』を探していたのだ。

 当該のページを表示したときだ、唇を尖らし思考を巡らしていたアイはうんと頷いた。


「そうね。基本的に皆私を『変わった施設』に連れて行こうとするわね」


 その単語でズガン! と脳天に金タライでも落ちてきたかのような衝撃が走る。


「私って結構モテるじゃない? だからデートに誘う人は皆、『自分は他の人とは違うんだぜ!?』アピールのために変わった施設に連れてくわ。素手でウニ取り放題その場で調理!とか! いやそれ取るとき痛い奴~ッていうね」


 ケラケラとアイは腹を抱えて思い出し笑いをするが、砂金は驚愕を隠せない。


「結局、自分は他とは違うんだぜアピールのせいで量産型だってバレちゃうって……、え、砂

野君大丈夫!? え、どうしたの!?」

「だ、大丈夫だ。何でもない……」

「急に落ち込んで大丈夫も何もないわよ!え、もしかして砂野君まさか――」


 言ってアイは恐る恐るといった風に砂金のスマホを覗き込む。


 ……これにはさすがのアイも冷や汗を掻いたらしい。


 苦しい笑みを浮かべながら脂汗をタラリと流し頭を掻く。


「あー……、ハハハ。じゃあそうか。ならこの際私が行きたい場所に行ってもいい? ウニはなしで。アレほんと痛かった~」


 拒否できるわけがない。


 砂金は打ちひしがれながらコクリと頷いた。



 かくして始まったアイとのデート。

 砂金が思い描いていたような展開にこそならなかったが、それなりに楽しかった。


 映画を見てファストフード店に入り、午後は水族館に行った。


「(ねぇねぇ、この後絶対この男裏切ると思わない?)」

 アイは映画館で上映中声を潜めて話しかけ


「やっぱりマックは最高ね!」

 ハンバーガーを美味しそうに頬張り


「ちんあなご……、砂野君のもこんななの?」

「いやもっとデカいが!?」

 下らない会話で盛り上がり


「今映っているの砂野君のお父さん?」

「違う。てゆうか父はこういう場所に出てこないな」

 量販店のTVコーナーで放送されていた砂野財閥の不祥事の謝罪会見を指さし談笑した。


 とても楽しい交流だった。

 アイの話はどれも砕けたもので緊張している砂金の肩から力を自然に抜いた。


 しかしただ楽しいで済まなかったのが今回のデートであり――


「ねぇ、実は俺、君を初めて見たときからずっと好きだったんだ……!」


 事件は水族館の後のカフェで起こった。


 二人は窓際の席に座り疲れ知らずのアイがマシンガントークを繰り出していたのだが、その横で大人の男女が真剣な顔で囁き合っていたのだ。


「「!?」」


 どこで告白始めてんだよ!?


 アイと砂金は思わず同じ想いで目を合わせる。

 一気に会話の内容が虚ろになる二人を他所に隣の男は熱っぽく女に言い寄っていた。

 そして二人は最終的に手を取り合うと店を出て行った。


「ど、どうやら、上手くいったみたいだな……」


 仲良く肩を寄せ合い店から出て行く二人に砂金は吐息をついた。


 今も自分の事のように胸が高鳴っている。


「体育館以外で告白見ると変な感じがするわね……」


 一方でアイはおかしな感想を抱いていた。


 確かに月に二度、百人近い男から告白されていれば感覚も変化するだろう。


 砂金は嘆息するが、今の告白で触発されたのだろうアイは出し抜けに聞いてきた。


「そういえば私いつから砂野君から告白されてたっけ?」


 などというとても恥ずかしいことを。


「え?」


 砂金はフラペチーノを飲むのを止めて目を上げた。


「いや、そういえばいつからだっけなって思ってさ。今の人の告白聞いてたらふと気になって」


 砂金が驚いているとアイはズズーッとカフェオレを啜り上目がちに尋ねる。


 なるほどそういうことか、とアイの感情導線を辿り首肯する。


「あー、確か去年の六月初めの絶対告白会で告白したのが初めてだな」

「ふーん、ということは何回振られたの?」

「この前ので二十三回か?」

「かなり振られてるね」

「いや小豆川が振ってるんだけどな?」


 やけに他人事な物言いに思わず突っ込みを入れる。

 するとアイは頭を掻いて「確かに」とはにかんだ。


(良かった……)


 一方で白い歯を覗かせるアイに砂金は密かに胸を撫で下ろした。

 

 そう、『いつから告白したか』は良いのだ。話しても。

 だが『どうしてアイの事を好きになったか』という話は嫌なのだ。あまりにも恥ずかし過ぎるから。


「でさ、そういえばさ――」


 だから早速話題をすり替えにかかる。だが――


「で、何が切っ掛けで私のこと好きになったの?そういえば聞いた事ないよね?」

「…………………………………………」


 案の定放たれた怖れていた言葉に砂金の視界は真っ暗になることになった。


「……え、その話をするのか?? さすがに恥ずかしいん、だけど……」

「いやいやもう良いじゃない! 二十三回も私に告白しておいて今更好きになった理由を隠す必要はなくない!?」

 

 ……確かに。

 アイの言う事は的を射ている。

 二十三回も告白しておいて恥ずかしいという感情は馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、それとこれとは話が別。

 砂金は断りたいのだが


「ねぇねぇ教えてよ!」


 だが同時に、砂金はアイに惚れているわけで、


「……ダメなの?」

「クッ……」


 好きな人にこんなにも上目遣いでせがまれて抵抗できる奴などこの世にいるのだろうか。


「はぁ……」

 

 砂金は顔を真っ赤にしながら溜息をつき、観念した。

 意識が一気に、アイに惚れた『あの日』に向かっていく。


 アイに惚れた理由―― それにはまず砂金の現状を伝える必要がある。


「……俺って一応、さっきTVで謝罪会見していた砂野財閥の跡取り息子じゃん?」


 砂野財閥。グループ会社に多くの日本の基幹産業を抱える日本有数の大財閥である。

 実は砂野砂金はその大財閥の跡取り息子なのだ。


「うん、知ってる」


 砂野財閥の御曹司、砂野砂金の国立霊仙学園への入学。


 それは当時ニュースにもなった程でこの学園全員が知っていることだった。


 砂野財閥の御曹司でかつ生徒会長をしている砂野砂金が振られる。

 だからこそ『失恋会長』はアレほど生徒を無駄に熱狂させるのだ。


「でさ、この学園って『人間力』が能力になるじゃん?」


 『神ノ山』では各人の所謂『人間力』の大きさで能力値が決まる。


「うん」

「だから大企業の御曹司の俺は、親からこの『人間力』が力になる学園で『一位』になれって言われているんだよ。これは小豆川も知ってるか? トウカの友達だし」

「うんうん! トウカから聞いてるわ!」


 しきりに頷くアイを見ながら、入学を通告された日のことをついこのあいだの事のように鮮明に思い出した。

 

 重厚な造りの社長机の奥に佇む壮年の男性。

 窓の外を見る父親はこちらに視線をくれずに重々しく言い放った。


『――だから砂金、お前は一位になれ。そして力を見せつけろ』


 それが砂金がこの学園で目指すものである。


 そしてスキルが発現せず悩む砂金に、ある時トウカは聞いたのだ。


『なんでそんなに悩んでるの?』と。


 聞かれた際、つがいということもあり、砂金は洗いざらいトウカに現状は話していたのだ。


『……そう』


 話を聞いたトウカは顔を伏せて頷いていた。


「砂野財閥の御曹司なら『人間力』が力になる学園で、一位になって当たり前。一位になって力を証明しろって。だから俺は入学当初、ずっとピリついていた。何があっても一番になってやるって。だから『絶対告白制度』も下らないと思っていた。誰が恋愛にうつつをぬかすかって。あんなのに引っかかって告白する奴は馬鹿だと。そんな折、小豆川に会った」

「ここで私の登場か……。私何をしたの?」

「俺が『一芸』が発動せず校舎裏で溜息ついているところに偶然現れた小豆川は言った。『大丈夫? 笑顔笑顔!』って。そして俺は思った。……可愛い好きだ」

「ちょろ!」


 あまりのくだらない結末にアイは逆にビックリしていた。


 そう、砂金としてもそれが恥ずかしかったのだ。


 余りにもあっさり自分はアイに惚れてしまったのだ。


「いやちょろすぎるでしょ……。ちょっと予想外の結末だわ。感動させてくれるかと思ったら思わず笑っちゃったじゃない! しかも結局顔??」

「違う。だがその笑顔とノー天気さに惹かれたのは事実だ」


 アイの笑顔を見て肩から重荷がスッと降りた気がしたのだ。


 そして意外と、言ってみるとすっきりするものだ。


 砂金が毒気の抜けた表情をしていると、アイは顔を引きつらせてドンびいていた。


「それに私、欠片も覚えていない……。そんなこと私言ったかしら」

「言ってたんだけどなー」


 だが好かれる側とはいつだってこんなものだ。


 恋に落ちた側にとっては劇的な瞬間でも、落とした側は日常の一コマなのだ。


「まあ仕方ないよ。そんなもんだよな」


 泰然と残ったフラペチーノを啜る。


 一方でしばらくアイは晴れやかな表情の砂金をジーと眺めていた。


「ふーん?」


 そしてとウンと頷き、だしぬけに言った。


「てゆうか私がノー天気って酷いわね砂野君?」

「え?」

「こう見えて私は悩み多き女なのよ?普段からはそんな風に見えないかもしれないけどさ」


 そうしてアイは突如自分の生い立ちを話し始めた。


「実は私んち超が付くほど貧乏でさ。そうね、どれくらい貧乏かというとその日食べるもので困るレベル? でさ、私やっぱりモテるじゃない? だから女子からの嫉妬が凄くてね。半端じゃなく馬鹿にしてくるし物も隠すし。結局誰とも付き合わなかったけど、振った男子も急に敵側についたりするしね。えぇ、そういうふざけたおかしい連中は容赦なく叩き潰したわ? おかげで中学時代は校内一の札付きよ。そんなわけで霊仙学園への合格通知が来たときは飛びついたわね。ホラ、ここ支給金が支払われるじゃない?だから私はここに来たのよ」


 確かに霊仙学園はその学年順位に応じて結構な額の支給金が支払われる。


 のだが…


「急にどうしたんだ小豆川?」


 問うとアイは不機嫌そうに剥れながらそっぽを向いた。


「なんか砂野君に好きになった理由を聞いたじゃない? それ聞いたらフェアじゃない気がして。だから教えてあげることにしただけ。これで対等ってもんでしょ?」


 これでこの話は終わり!


 言外にそう告げるアイは黙り込んだ。

 

 お互い沈黙の時間が続く。


 その無言の空間にじりじりとしたものを感じた時だ、アイはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「それにしても二十三回って凄いわね……!」

「いやだから小豆川が振っているんだが?」

「でも砂野君はどうにもトウカの彼氏って感じがしてね、いまいち実感がないのよ」

「なぜ?トウカは俺のこと好きじゃないぞ?」


 柊トウカ。

 青い瞳に亜麻色の髪を持つ砂金のつがいの少女。


 アイと並ぶ霊仙学園の二大美少女の一人である。


「『絶対告白会』の『御前ノ懲罰』の前では誰も嘘つけないしな」


 恋心を持った相手に絶対告白しなければならない月2開催の『絶対告白会』

 その場にいる人間は誰も嘘をつくことが出来ない、それが告白会の大前提である。


 理由は特別教官たる黒川ヒトミの『一芸』、『御前ノ懲罰』である。


 いかなる相手の嘘も見抜く特技を有する『黒川ヒトミ(二十七)』が発現したスキルは『一定の範囲内にいる嘘をついている人間に天罰を下す』こと。


 『絶対告白会』を開催中、黒川の能力で発現した金色の仏の顔は天井付近に滞空し続け、生徒たちに自分の心を偽ることを許さないのだ。


 もし嘘をつくと最悪死に至るレベルの激痛を見舞うのだ。

 その痛みにいまだかつて耐えられた人はいない。


 砂金もアイに恋心を持った当初、多少の抵抗は試みた。


 だがアイの前に出来る列を遠めに見て(自分関係ないし~、ふんふ~ん♪)と余裕ぶっこい

てそっぽを向いた瞬間


「ああぁぁぁあぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 激痛が襲いかかった。


 心臓が握りつぶされるような胸痛が響いてきたのだ。

 思わず体をくの字におり体育館に跪く。


 そこからの記憶は正直曖昧だ。


「おい、御曹司が恋に落ちたらしいぞーー」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」


 と周囲が盛り上がっていたことをそこはかとなく覚えている。


 そのあとフラフラの状態でアイの元に告白に行き、『ゴメン、無理☆』振られた。

 

 少し抵抗しただけであの痛みだ。


 誰も耐えられるはずがないと砂金が肩を竦めるが、アイは至って平静だった。


「そう思っているのは男子だけかも?」

「え、嘘?」

「だって結局は『一芸スキル』なのよ。やろうと思えばスキルで対抗可能なのよ。まぁ、Aクラススキルだから殆ど無理、耐えられて一万人に一人くらいでしょうけど」

「ならトウカもそうだろう」

「でも私も『御前ノ懲罰』キャンセル出来るわよ? 私自分を偽るの得意だからねー、嘘を押し通せるようなスキル持ってるわ? ホラ、今さっきの打ち明け話、欠片も知らなかったっしょー?」


 確かにその通りだ。


 アレほどの隠ぺい能力があればそういった『嘘』に関する能力を持っていてもおかしくない。


 と、同時にある可能性に気が付き砂金は愕然としていた。


『御前ノ懲罰』をキャンセル可能。

 

 つまりアイにも実は好きな人がいてもおかしくないのだ。

 その可能性に気が付き 突如目を真っ暗にする砂金に、慌ててアイは言い添えた。


「あいや私は好きな人いないわよ!? 安心して! 今の所良さそうな人は一人もいないわ!」

「ふぅ~! 良かった~~!!」

「良いの?!」


 確かにアイに二十三回も告白している身からすると複雑な気分だ。


「で、方法は別だけどトウカ、アレも偽ってるのよね~」

 コホンと咳払い一つつきアイは続ける。


「例えばどうやって」

「そうね、トウカ、あの子すーっごくかわいいでしょ?多分だけどねトウカは『女』としての人間力が高すぎんのよ。だからこの学園に呼ばれた。実際に女の子らしいし」


 国立霊仙学園は次なる神人災害に備える機関であり、優秀な能力者の養成を是としている。


 そして能力は個々人の『人間力』による。

 だからこそ霊仙学園には独自の選抜基準があり、日本全国の子供のうち、それら合格基準に達した者しか入学できない。

 合格者の中から自己判断で入学の意思を固めた者が入学する仕組みだ。


 だからこそ霊仙学園の多くの生徒はそれぞれ独自の才能を有することが一般的だ。

 皆何某かに多分な才能を有しているのである。


 例えばアイの『運動神経』であったり、トウカの『女としての才能』である。

 美貌もまた人間力の一部なのだ。


 確かにトウカはその図抜けた美貌を土台に置いた一芸を発現させている。


『魅了』


 それがまさにそうだ。

 美しいものを見た瞬間、人間は一瞬電撃のような感覚が走ったり、その場でぴたりと動きが止まってしまったりする。

 類まれなる美貌を有したトウカが自身の美貌を土台にし発現した『魅了』とはそういった能力だ。


「女って可愛いとミスしても許されたりするじゃない?たぶんトウカは『美貌』を土台にしてその手の能力も持っていると思うわ」


 その可能性は十分有り得た。

 顔が好みだと多少のことは気にならなくなる。砂金にとってアイがまさしくそうだ。


 そのロジックでいかなる罰も無効化させるスキルがあれば、確かに『御前ノ懲罰』を耐えることが出来る。


「なら一体誰に対する想いを黙っているんだろうな。それに、だとしたらトウカは相当馬鹿なことをしてるな。トウカ程の奴が告れば大概落ちるだろうに。

「……た、例えば、相手の男子に好きな人がいるとかだと難しいんじゃないかしら……?」


 いたたまれない気持ちになったのかアイは眉を下げながらそっぽを向いた。


 だがそんなアイを砂金は笑い飛ばした。


「いやいや、例えばそいつが小豆川が好きだとかそういうレベルの女子を好きだとか言うならなびかないかもよ?でもそうでもなければトウカなら向かう所敵なしだろう」

「うん、だから困ってんでしょうね……」


 アイは目のやり場がないとでも言うように視線をそらしていた。


「それにしても砂野君が裏口入学説は笑うわね」


 話が途切れると、アイは指で空になったコップのスプーンをいじる。


 このカフェに入ってから大分時間も経っていた。


 実は砂金は裏口入学が疑われている。


 なぜなら先ほど言ったように、何の『一芸(スキル)』も発現出来ないからだ。


 霊仙学園は才能のある子供を選抜し入学させる。

 だからこそ誰もが当人の『人間力』の中でも際立った才能に対しスキルが発現するはずなのだ

だが、当の砂金は何も発現しなかった。


 発現出来たのは誰しも『平等に発現する』その人の様々な要素の『人間力』を合算しそれに応じた強化倍率を与える『強光フレア』のみ。


 欠片も特別な才能を見せない砂金は、その血筋も含め裏口入学が疑われ始めた。

 そもそも学園に選抜されなかった人だって多かれ少なかれスキルは発現する。


 砂金が『異常』なのだ。


「トウカの話を聞いていると砂野君に才能がないとは思えないんだけどね。それにこの学園に呼ばれた時点で才能はあるわけだし」

「いや良いんだ。原因も分かっているから……」


 不思議がるアイを制して砂金はこの話題を終わらせた。


 そう、原因はすでに分かっている。

 

 砂金は昔の日々を思い出した。

 砂野財閥の御曹司として様々なパーティーに参加していた日のことを。


『そうかい、君は何も出来ないんだね?』

 幼少期向けられた言葉がフラッシュバックする。

 ピアノを演奏していた『連城財閥』の御曹司の一言。


 それだけではない。


 砂金は多くの子供達から嘲られた。


 大会社の御曹司とは幼少のころから多かれ少なかれ才能の片鱗を見せる。

 だが砂金にはそれがなかった。


 テストをしてもそこそこの点数。

 話もさして面白くもなく、人当たりも特別良くない。

 当然ピアノも褒められるほどではなく、スポーツも図抜けない。

 どこまでも平々凡々。


『この人があの砂野財閥の御曹司なの?』

『ふつーーーーッ!!!』


 無邪気な子供達の叫びが今も脳裏にこびりついている。

 それら幼少期が砂金に

『……俺には特別な才能がない』

 そのような認識を植え付けた。


 そしてこの霊仙学園で『一芸』は、何も才能があれば発現できる、というものではないのだ。


 勿論その才能があるのは大前提なのだが、同時に自分自身でその才能があると『自覚しなければならない』。


 しかしいくら自覚しようにも


『……俺には特別な才能がない』


 幼少期に植え付けられたトラウマが邪魔をするのだ。


 しっかりと自覚できないとスキルの任意行使は不可能。


 だから砂金はスキルを保有できず裏口入学がとりただされていた。


「いやー今日はよく喋ったわねぇーー? そろそろ帰る?」


 アイに促され時計を見るとすでに五時近い時刻になっていた。


 賑わっていた客もいつの間にか減り、カフェは閑散としていた。


 それは、この夢のような時間が終わることを意味していた。


 二人はさっさと帰り支度を始めた。

 

 両者でお金を集め、広げていたパンフレットを鞄に仕舞い込む。

「ゲッ……、進藤大地からメール来た……」


 砂金がトイレから帰ると携帯を開いてアイが顔をしかめていた。


「砂野君と楽しんでるかって……。何、彼氏面……?」


 ウゲェとアイは返信せずそのまま携帯をしまい込んだ。


「そういえばどうして進藤と組んでるんだ?」


 二人してカフェの外に向かいながら尋ねる。


「あぁ、私、色んな奴に目をつけられるからね。つがいの男の子にも迷惑かけちゃうかもしれないのよ。それで私、コイツの事欠片も好きじゃないから組んでんのよ。コイツならどうなってもいいし、進藤、強いでしょ?最悪トラブルに巻き込まれても当人で解決できるかなと」


 想像以上にとんでもない理由で返す言葉が出てこなかった。


 そして、先ほどのアイの事情を鑑みるとこれ以上ないほど悲しい理由だった。


 アイの明るさは薄暗い感情に根差し、その反発として現れているものなのだ。


 もしかしたら、と思う。


 去年の六月。

 アイの笑顔で自分が救われたのは、アイと自分が似たような境遇だからかもしれない。


 過去、境遇のせいで多くの生徒に嫌がらせを受けたのに、天真爛漫な笑みを浮かべるアイ。


 彼女の笑みは砂金が目指す先にあるものだから、心に光が差し込んだのではないか。


「いつか小豆川を守ってくれる奴が現れると良いな」


 それは自然と出た言葉だった。


 それを聞いて店外に出たばかりのアイはクルッと振り返ると穏やかな笑みを見せた。


「そうね……。いつか、そういう人が現れればいいわね」


 アイの慈愛に満ちた表情はとても印象的だった。


「げ、なにあれ……」


 だけど無事に終わることが出来ないのが今回のデートだったのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る