私は逃げられない

「んー! 美琴ちゃんの部屋、やっぱり落ち着くなぁ!」


 麻璃亜は部屋に入って早々、いつも私の部屋に来るたびに言う言葉を発しながら、もはや定位置となりつつある私のベットに座る。

 私の部屋はそこまで広くないため、部屋に二人分の椅子などはなく、勉強机、本棚、テレビとベットくらいしかない。

 私も麻璃亜の後に続き、ベットに腰を下ろした。


「いつもそんなこと言ってるけど、別に大したことない普通の部屋じゃない?」


「そんなことないよ! 美琴ちゃんの部屋だからこそ、私は落ち着くんだよ!」


 麻璃亜はそう言いながら、私の腕に自身の腕を絡めて身を寄せ、至近距離で微笑んでくる。

 その純真無垢な微笑みを見ていると、自身の考えが間違っているのではないかと感じてしまう。


「はは。なんか、面と向かってそう言われると少し照れるね。そうだ、今日はゲームでもしようか。新しいのを買ったんだ」


「ふふ。照れてる美琴ちゃんも可愛い! それじゃあ今日は、ゲームをして過ごそうか!」


 そうして私たちは、ゲームをしながら、穏やかな時間を過ごすのであった。





「美琴ちゃん、今何時?」


「ちょっと待ってね。んーと、…18時10分だね」


「あ、それじゃあそろそろご飯食べようか!」


「そうだね。ちょうどいい時間かも。下に行こうか」


 私と麻璃亜は、やっていたゲームをやめて、ご飯を食べるために一階に降りた。

 二人で一緒に一階に向かった後、麻璃亜はキッチンへ、私はリビングに向かって行き、ソファーに座る。

 麻璃亜が家に泊まり始めた最初の頃は、私も麻璃亜を手伝うためにキッチンに向かっていたが、ある日麻璃亜から--


『美琴ちゃんは座って待ってて! 私は泊めてもらう側だから、これくらいのことは任せてよ!』


と、言われてしまったので、それ以来、料理は麻璃亜に任せている。


「おまたせ~! ご飯できたよ~!」


「ありがとう。今行く」


 ご飯の準備ができたようなので、ダイニングに向かい、いつもの席に座る。

 今までご飯を食べるときは、一人で食べるのが当たり前だったから、麻璃亜が泊まりに来てくれるようになって3か月がたった今でも、誰かと一緒にご飯を食べるのには違和感を感じる時がある。


 そんな少しの違和感を感じながらも、テーブルに並べられた料理に目を遣る。

 今日のメニューはどうやら和風料理の様だ。ご飯、コロッケ、肉じゃが、ハムと大根のサラダ、大根とニラの溶き卵の味噌汁といった内容である。


「今日も美味しそうだね」


「美琴ちゃんに喜んでもらうために、頑張って作ったよ!」

 

「ありがとう。冷める前に食べないとね。いただきます」


 私は手を合わせて、いただきますと言ってから箸を持ち、コロッケから食べてみる。サクッとしたちょうどいい揚げ加減といつも感じている噛み応え。

 肉じゃがはしっかりと味がしみ込んでいたし、味噌汁とサラダも美味しかったが、やはり普通よりも噛み応えがあるように感じた。


「ごちそうさまでした。今日も美味しかったよ。後片付けは私がやっておくから、麻璃亜は先にお風呂入ってきていいよ」


「ありがとう、美琴ちゃん。それじゃあ、そうさせてもらうね!」


 使った食器などを流し台に持っていき、皿を洗いながら私は、この後のことを考えていた--





 その後、麻璃亜がお風呂から上がってきたので、私もお風呂に入り、現在は麻璃亜と二人で、部屋でのんびりとしていた。

 私は、しばらくまったりした後、今日の本題を切り出すことにした。ただ、どのように聞くのが正しいのか分からなかった私は、そのまま聞くことにする。


「麻璃亜、麻璃亜って私のこと好き?」


「んー?もちろん好きだよー?」


 二人でベットに並んで座り、スマホをいじりながら、気のない返事で返す麻璃亜。

 

(これはおそらく、友達として好きか聞かれたと勘違いしてそうだね)

 

 そう感じた私は、さらに踏み込んで質問する。


「麻璃亜、私が聞いたのは友達としてじゃなくて、恋愛的な意味で好きなのかって意味だよ」


 その瞬間、麻璃亜の体がピクリと少しはね、ゆっくりと私の方を振り向くと、返事をすることなく見つめてくる。

 しかし、その瞳は私の真意を確かめるような雰囲気があり、言葉はなくとも、『続けて?』と言っているようだった。

 なので私は、遠慮なく話を進めることにした。


「きっかけは、数日前に雪那から借りた漫画なんだ。その漫画では、主人公とヒロインが幼馴染で、とても仲が良かったんだ。

ただ、その幼馴染は主人公のことが好きな、所謂ヤンデレというやつで、主人公に血を混ぜた赤い飲み物や自身の髪を入れた料理を食べさせていた。その食べ物は髪が入っていることもあり、少し噛みにくいようだった。


 この話を読んで私はとても既視感を感じたんだ。毎朝麻璃亜からもらう赤くて鉄っぽい味のする飲み物。お弁当に入っている噛み応えのあるおかず。

 それに、名取君と話していた日の最後、あの時の名取君の反応は気になってた。


 でも、この程度の情報では確信が持てなかった。だからこの一週間、麻璃亜のことを観察していた。わざと異性の話をしてみたり、同性や異性の友人に触れてみたりして、その時の麻璃亜の反応をつぶさに観察した。

 そしたら、麻璃亜がその相手に向ける感情は、友達を取られての嫉妬という枠を明らかに超えていた。


 そして決定的だったのは今日持ってきた料理だよ。麻璃亜がお風呂に入っている間、今日の残り物の料理を調べさせてもらった。そしたら、肉じゃがの汁を吸っていて分かりにくかったけど、確かに髪の毛が入っていたし、サラダにも気づかれないように本来の長さから細かく切られた髪の毛が見つかった。


 だから私は確信したんだ。麻璃亜は私に、友達以上の感情を抱いているんじゃ--」

 

 私が最後の言葉を発しようとした瞬間、勢いよく後ろに倒された。

最初は何が起こったのか分からなかったが、気付けば私は、ベットで麻璃亜に押し倒され、跨がれた状態になっていた。


「あーぁ。気付いちゃったんだ。美琴ちゃん、鈍いから気付かれないだろうなって思ってたのに。まさか漫画をきっかけに気付かれるなんてね」


 麻璃亜はそう言いながら、今までの明るい笑顔ではなく、体の芯が震えるような冷たい表情で笑った。

 でも、幼馴染の私には分かる。その表情の中に、悲しみも含まれていたことを。


「いつからなの?」


 私は、いつから麻璃亜が私のことを好きになったのか気になったので聞いてみた。


「中学1年生の時からだよ。

 もともと美琴ちゃんの事は友達として好きだったんけど、家族との関係に悩んで苦しんでいた美琴ちゃんを見て、支えてあげたいと思ったの。

 最初は友達として私に何かできないかなって考えてたんだけど、美琴ちゃんのことを考えてたら、自然と目で追うようになってて、気付いたら恋心に変わってた」


「これまでやってきたこと、教えてくれる?」


「いいよ。まず、美琴ちゃんも知ってるのだと飲み物や料理に私の血や髪を入れて、美琴ちゃんに食べてもらった。

 そうすることで、私が美琴ちゃんの一部になれたみたいで、幸せだった。

 あとは美琴ちゃんが告白されないように、男子の視線が私に集まるよう意識して行動した。

 それでも告白しようとする奴は居たから、美琴ちゃん宛の手紙を気付かれる前に捨てたり、裏で脅すことで心を折った」


「なるほど。そんなこともしてたんだね」

 

 麻璃亜は、これまで自身がやってきたことを教えてくれた。

 これまでの話をしてくれた麻璃亜は、今にも泣きだしそうな顔をしていたが、それと同時に、最後の覚悟を決めたような瞳をしていた。


「そうだよ。私、気持ち悪いでしょ?重いでしょ?

 私もね。最初はやめようとしたんだよ? でも無理だった。


 美琴ちゃんといる時間が長くなればなる程、好きだって気持ちが抑えられなくなった。一緒にいるのがダメなら、距離を置こうとも考えた。

 でも、そうしたら今度は、美琴ちゃんが離してくれなかった。いつも私の事を心配して寄り添ってくれた。


 それがどうしようもなく嬉しくて、幸せで、心地よかった。だから結局離れることもできなかったんだ」


「そっか。一時期よそよそしくなったのはそう言う理由だったんだね」


「でも、もう止める。美琴ちゃんにもバレちゃったし、これ以上迷惑かけたくないから。

 今までありがとう。美琴ちゃん」


 麻璃亜はそう言って、私の上から降りようとする。

 麻璃亜の想いを聞いた私は、彼女が私から降りる前に彼女の腕を掴んで引っ張り、私との位置を入れ替えた後、今度は私が上に跨った。


 そして、驚いた顔をして目を見開いている麻璃亜の唇に、私は自身の唇を重ね合わせる。


 初めてのキスはレモンの味などしなかったが、彼女の唇はとても柔らかく、顔が近いせいか、女の子特有の甘い香りがして、一瞬夢なのではないかと錯覚しそうになる。

しかし、麻璃亜の確かな熱をもった唇が、夢ではないと教えてくれる。


 もっとこうしていたいと思いながらも、まだ話すことがある私は、ゆっくりと麻璃亜から唇を離した。


 唇を離した後、麻璃亜の顔を見てみると、彼女の顔は驚きと困惑で固まっていた。


「麻璃亜?」


名前を呼んでみたが、反応がない。


「麻璃亜、返事をしないとまたキスするよ」


 そう言いながら私は、もう一度キスをしようと、麻璃亜の顔に自身の顔を近づけたが、意識を取り戻した麻璃亜に止められる。


「…ま、待って美琴ちゃん。どうして…キスを?」


 麻璃亜は困惑しながらも、先ほどのキスについて尋ねてきた。


「どうしてもなにも、私も麻璃亜が好きだからだよ。

 私ね。今まで愛ってものを信じられなかったんだ。肉親である両親ですら、私を愛してくれないのに、血の繋がりもない他人が私を愛してくれるわけないって。


 でも、漫画を通して麻璃亜の気持ちに気づけた。さっき話してくれた、どうしようもなく重くて歪んだ愛は、血の繋がりがなくとも、確かに私に向けられた愛だった。

 

私ね?麻璃亜が私に向けてくれる愛に触れて、確信が持てたんだ。

私の本当の望みを叶えてくれるのは麻璃亜しかいない。

 私を捨てずに愛し続けてくれるのは、麻璃亜しかいないんだって。

 

それに、麻璃亜の気持ちに気付いたあの日から決めてた。もし麻璃亜が私を本気で愛してくれているなら、絶対に麻璃亜を逃がさないってさ」


 そう。私は愛を諦めていたんじゃなかった。


 本当は愛してほしいという気持ちを心の奥にしまい込み、愛した人に愛されないかもしれないということに怯え、愛を求めず、それらしい理由を作りながら考えないようにしていたんだ。


 本当は誰かに愛されたかった。

 私が愛した人に、私だけを愛してほしかった。


 麻璃亜は私だけを愛してくれる。

 私が麻璃亜に愛を向けた分だけ、彼女もきっと、私を愛してくれるだろう。


「麻璃亜、私も麻璃亜を愛してるよ。これから先、絶対に逃がすつもりはないからね?」


「美琴ちゃん。…嬉しい。私も…私も美琴ちゃんのこと愛してる! これからも、ずっとずっと一緒だよ!」


 私たちは、重く歪んだ狂気的な愛を互いに向けあう。

 他人からすれば、私たちの愛は理解されず、非難する人もいるだろう。

 しかし私たちは、互いが寄せる確かな愛さえあれば他人の意見などどうでもいい。

 これから先もずっと、私は麻璃亜だけを愛するし、麻璃亜は私だけを愛してくれる。

 そんな幸せに満ち溢れているであろう未来を思いながら、私たちはもう一度キスをする。



 

 私はもう逃げられない。

 愛される事の幸せを、麻璃亜から向けられる、重くて歪んだ愛の心地よさを知ってまったのだから。




 





※ ※ ※ ※ ※ ※


 これにて本作は完結となります。

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。


 タイトルを見て、ヤンデレ幼馴染に監禁されるなど、物理的に逃げられないという終わり方を期待されていた方もいるかと思います。


 しかし、私は共依存が好きなので、幼馴染の愛を知り、その気持ちに依存したため逃げられなくなったという終わり方にさせていただきました。


 また、本作のその後や麻璃亜視点のエピソードのリクエストがありましたら、そちらを書くことも検討しておりますので、興味のある方はお声がけください。


 最後に、誤字脱字、表現に違和感などがありましたら教えてください。

 また、皆様からの応援や感想などの評価が作者のやる気に繋がりますので、よければそちらもよろしくお願いします。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ご報告です。

新作を2つ連載しております。こちらの作品もよろしくお願いします。



『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327



『人気者の彼女を私に依存させる話』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649790698661

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