第8話 ボッチ飯と後輩

 しょうが学校に来て、なんかリリーと仲良くなって……


「無情……」


 俺は今、体育館裏でボッチ飯ときた。

 もそもそと食べる菓子パンは、なんか塩分濃い気がした。


「んぉ?」


 菓子パンを食い終わり、残った包装のゴミをどうしようかと考えていると目の前に人影が現れる。


「……」


 何も言わない、男子学生。

 上履きの色を見ると、彼が一年生だと分かる。おろしたてであるはずの学ランは、何だかくたびれていた。


「どうかしたのか?」


「めし……」


「え?」


 謎の単語を発し、彼はその場に顔面から倒れ込んだ。


「おいおいおい、大丈夫か?!」


 近寄ってみると、キュルキュルとくぐもったような音が聞こえる。うん……


「腹、減ってるのか?」


「はい……」


 なんか事情がありそうな感じ。

 まぁ、何があろうと助けるけどな。


「ちょっと待ってろ」


 急いで購買へ駆け込むと、かろうじて一個菓子パンを発見する。


「おばちゃん、ごめん。足りなかった、もう一個買っていい?」


 いつも購買に常駐してくれている顔なじみのおばちゃんに、ゼェゼェ言いながら確認する。


「お、与太郎ちゃん。もう片付けるから、安くしとこうか? その分身体で払いな」


「セクハラしないと死ぬ病気にでもかかってるんです?」


 貞操を守るためにちゃんと適性価格を払い、戻る。途中、自販機で水も買っておいた。もとの場所、体育館の壁に例の後輩くんは寄り掛かっていた。


「ほい、食え」


「…………はっ」


 差し出された菓子パンを掴むとむさぼるように食う後輩くん。


「くっ……うぅ」


 自分の状況がみじめめすぎたからなのか、後輩くんが涙をこぼし始める。


「うん、ゆっくり食いな。ほれ、水もあるから。焦らなくていいよ」


 できる限り、声のトーンを優しくするように心がける。もう一度見てみると、ずいぶんと印象的な少年だった。


 ボサボサの髪。クマだらけの目。左目はかいてしまったのか赤く腫れていた。そして、制服の上からでも分かるほどに痩せこけていた。


「君、名前は? 俺は尻波 与太郎しりは よたろう、二年生だ」


峰倉 一みねくら はじめ……です。一年っす」


 へへっと力無く笑う少年。

 俺よりも年下の少年が、なんでこんな顔をしてるのか。


 午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。


「いいんすか、先輩。授業出ないと」


「君もだろう。ってか、まぁなんだ。話ぐらいなら聞けるが……」


 こういう時、何て声かけるべきなんだろう。自らの歩み寄り方の不器用さに、頭を掻く。


「『どしたん、話きこか?』って奴っすか? 先輩……自分男なんすけど、そういう趣味ッすか? くっ、身体払わないといけないのか!! ぉ゛ぉ゛ん!!」


「最悪の自己完結しないでもらえるか?」


 まぁ、コレも俺の伝え方が悪いせいだろう。


「あ、てかちゃんと峰倉みねくらくんは男だよな?」


 個人的にそこが一番気になる。


「え、えぇ。男ッすけど」


「良かったぁ……もう俺は人の性別を見破る自信が無くてな」


「先輩の方が一体、何があったんすか?」


 まさか同級生の女子をずっと男だと思ってたなんて言えないよなぁ。咳払いをし、話を戻す。


「まぁ、いきなり言われて信じられないかもしれないが……事情を知れば出来ることもあるってだけさ」


 今まで、

 これからも、そうする。


「……いやぁ、一年前親父が借金だけ残して消えやがって」


「おっといきなり凄いの来たな?」


 心を開いてくれたのだろうか。

 まるで重荷をゆっくり下ろしていくように、後輩くんは話してくれた。


「母さんまずっと前に死んじゃって……妹も居るし、なんとかしないとって。でも高校行きたかったし……だから腎臓売って」


「……は?」


 まさかコイツ、病的に痩せてるのって……


「でも変な人達に目ぇつけられて。拷問されて……」


「…………」


「このザマです」


 泣き笑いのような表情で、彼が見せてきた手。

 全ての指の爪が剥がされてぐちゃぐちゃになっている。無数の火傷、そして……


「もう指切りも出来ませんね」


 左手の小指が無惨にも切り落とされていた。傷はまだ、新しい。


「…………」


 彼に、はじめと名乗る男に駆けるべき言葉が見つからない。


「でもなんとか、妹は守れてます。でもこれからは……」


「オラァ! 峰倉みねくら、金返さんかい、ボケぇ!!」


 はじめの言葉をさえぎるように、怒声が聞こえる。校舎中に響く程の声は、どうやら校門の方から聞こえて来る。


「くそっ、借金取りの人らです……もう高校バレたのかよ」


 フラフラと立ち上がり、校門へ向かおうとするはじめ


「迷惑かけて、すんません。あとパン、ありがとうございます……では」


 立ち去ろうとする後輩の肩を、俺は無意識につかんでいた。


「待てよ、峰倉みねくらくん。ちょっとここは俺に任せてくれないか?」


「……任せるって」


「ちょっとあのお兄さんたち追い払ってくるわ」


 正直、胸の内にやどった苛立ちを発散したくて仕方無い。


「先輩がそんなことする義理は無いです。それに、先輩が怪我したら申し訳がたたんですから」


 拒絶と今にも泣きそうな笑顔。

 んな顔、見たか無いんだよ。


「悪いな、俺はハッピーエンド以外は許容しねぇ」


 傲慢ごうまんに、滑稽こっけいに。


「なぁに任せろ、誰も傷つけはしないさ」


 全ての不幸をくつがえす。




 

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