第34話 決勝③

 次の日。

 試合会場に入ったところで、柚に呼び出された。


「これでテーピング完了、と……」


 柚が俺の手にテープを巻いてくれる。


「一応応急処置はしました。でも絶対に無茶はしないでください」


「何から何まですまねぇ」


「私がやりたくてやってるんです。こう見えても私、近藤ハルって言う選手をとても買ってるんですから」


「あぁ、ありがとうな」


 柚は俺の顔をジッと見ると。

 両手で俺の頬をギュッと挟んだ。

 ひょっとこみたいな顔になる。


「ゆ、柚……?」


「うー……」


「どした?」


「柚、そろそろアップ始めるよー……って」


 その時、背後から聡実が顔を出す。


「ごめん、お邪魔だった?」


「何でもないです! じゃあ近藤先輩、私行きますから」


「ああ、本当にありがとう」


 メインホールに戻ると、ちょうど向かい側から尚弥と水樹、椎名が来るのが見えた。

 しかもその後ろには何故か小島も居る。

 どういう組み合わせだよ。

 四人とも、俺の姿が見えるなり「ハルにぃ!」と手を振ってくる。


「よかったぁ、間に合って。お兄ちゃんが寝坊したからひやひやしたよぉ」


「ごめんごめん」


「お前ら、来てくれてありがとうな。って言うか、何で小島も居るんだよ」


「良いじゃん、別に私が見に来たって。それともフラれた女が来るのは迷惑?」


「えっ!? フラれた!?」


 尚弥と椎名が驚きの顔で俺を見る。

 一方で水樹はどこか嬉しそうな顔をしていた。

 色々とバツが悪い。

「その話はまた今度な……」と俺は頬を掻いた。


「いや……そうじゃなくて。お前ら、ほとんど接点なかっただろ」


「たまたま来たら偶然前を歩ていたからさ。声掛けたんだよね。せっかくだし幼馴染みちゃんたちと仲良くなりたいなって思って」


 悪びれもせず小島が言う。

 まぁ、こいつが良いならそれでいいのだが、気まずくないのだろうか。

 ……いや、小島はこういうところで気まずさを感じる奴じゃないか。

 それが彼女の長所なのは、もう知っている。


 その時、水樹が不意に俺の手に目を留めた。


「ハルにぃ、怪我したの?」


「どうってことねーよ。ほんの補強だ」


 すると水樹が俺の手を取った。

 怪我していない方の手を。


「無理……しないでね」


「任せとけよ。お前らの兄貴分は最強だって、みんなに自慢させてやるよ」


「……うん!」


「小島もありがとうな」


「べっつにぃ?」


 俺が言うと小島はヒラヒラと手を振る。

 こういう乗りの軽さが、今はありがたいなと思う。

 彼女なりの気遣いだ。


「じゃあ俺行くわ」


「頑張って」


 去っていく柚の後姿を見つめ、俺はギュッと手を握りしめる。


「やるか……」


 ◯


 決勝最終戦。

 今回の相手と俺たちの高校は、二勝〇敗。

 つまり、この試合で勝った方がインターハイへ行けることになる。


「ハル、パス! そのまま打て!」


「おおっ!」


 点と点の取り合い。

 実力は、ほぼ互角。

 去年とは比べ物にならない強さだ。


 戦績は一勝一敗。

 俺が一年の時に負けて、二年の時に勝った。


「うぐっ……!」


 手首に激痛が走る。

 痛みを抑えつけて、無理やりボールを打った。

 放たれたボールは、リングをまっすぐ通る。


「おい、ハル大丈夫かよ。動き鈍ってんぞ」


「大丈夫だよ。心配すんな」


 鉄平の声に俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 でも大丈夫じゃない。

 本当はかなりキツイ。


 昨日まではかなり軽かった痛みが、猛烈に酷くなっている。

 シュートの時に鋭い痛みが走るようになり、歯を食い縛らないとまともに打てない。

 ドリブルする時にも痛むようになってきた。


 ブザーが鳴り響く。

 第三クォーターが終わった。

 二分間のインターバルを挟む。


 俺がベンチに戻ると、開口一番「交代させる」と言われた。

 その言葉に、一瞬耳を疑う。


「近藤、怪我してるならもう休め。交代出すぞ」


「コーチ、俺はまだやれます!」


「馬鹿野郎、無茶して悪化したらどうするんだ! バスケが出来なくなることだってあるんだぞ」


「お願いします! やらせてください!」


 俺は頭を下げた。


「後悔したくないんです……!」


「ハルさん……」


「ハル……」


 皆が壮絶な顔で俺を見る。

 しばしの沈黙。

 その後に。


「コーチ、先生、ハルを出させてやってください」


 と、鉄平が言った。


「悔しいけど、今日一番得点してるのはハルです。こいつはまだやれます」


 するとヌマも「俺からもお願いします!」と同調する。


「かなり拮抗してて、正直ハルさん無しじゃキツイです!」


「でもここで無茶して、悪化したらどうする」


「それは……」


 皆が思わず黙る。

 俺は一歩前へ出た。


「俺は大丈夫です。戦力ダウンにならないなら、やらせてください」


「でもお前、これでもし万一があれば、人生が台無しになる――」


 そこで、不意にコーチの言葉を制して、顧問の吉沢先生が前に出た。

 彼は、おもむろにシャツの手をまくると、自らの手首を見せる。


「近藤君、僕も昔、バスケの決勝で無理をして試合をしました。その結果がこれです」


 先生の手首は、妙な方向に曲がり癖がついていた。

 少し、骨が歪んで見える。


「僕は大学でバスケをすることが決まっていました。でも、どうしてもインターハイをあきらめたくなかったから、怪我を押して無茶をした。結果、チームに迷惑をかけた挙句、試合に負け、二度とバスケが出来なくなりました。君には、同じ想いをしてほしくありません」


 先生はまっすぐ俺を見る。

 その言葉の意味を、俺は知っているつもりだ。


 でも俺は、譲りたくなかった。


「俺がまともにプレーできなくて、チームのお荷物になったら、その時点で変えてください」


 手首がズキズキする。

 心臓が鼓動を打つたびに、走る血流に神経が悲鳴を上げた。

 でも俺は、終わらせたくなかった。


 この試合のために、もう一度この先に行くために、すべてを掛けてきたから。


 間もなくインターバルが終わる。

 俺の言葉に、やがてコーチは頷いた。


「後悔するなよ」


「しません」


「他の奴が、お前を気遣ったプレーをしたり、チームにとってマイナスだと判断した時点で、お前を交代させる」


「それで大丈夫です」


 コーチはそう言うと、大きくため息を吐いた。


「先生、やらせましょう。こいつ、一回決めたら曲げないんで」


「……みたいですね」


「お前ら、近藤をかばって下手なプレーしてみろ。一発で交代させるからな」


「はいっ!」


 全員が声を出す。

 その気持ちを、ありがたいなと思う。


「戻ろうぜ、ハル」


「あぁ……」


 ふと見上げると、水樹や尚弥たちが心配そうにこちらを見ていた。

 そんな彼らに、俺はぐっとこぶしを突き出す。

 見ててくれ。

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