第26話 バスケ部

 五月もそろそろ終わろうとしている時期。

 いよいよインターハイ出場をかけた、高校バスケットボールの地区予選が始まった。


 前回地区予選優勝をもぎ取り、インターハイベスト16を決めた俺たちはシード権を獲得。

 約二回の試合に勝つとブロック優勝となり、他のブロックを勝ち上がってきた学校とリーグ戦。そこでさらに勝利した上位一校だけがインターハイの出場資格を得る。


 俺たちの最初の試合は、難なく勝利することが出来た。


「いやー、楽勝だったな」


 試合終わりの帰り道。

 鉄平が呑気な声を出しながら歩いている。


 男女ともに勝利したバスケ部の空気は緩い。

 試合が始まるまでは練習もガチだったし、かなりピリついた空気も流れていたが。

 こうしていざ始まってしまうと、空気はピリつくどころか温まってくる印象だ。


「鉄平、勝ったから良いけど、まだ気ぃ抜くなよ」


「分かってるって。今日くらい良いじゃねぇか。ハルは固いな」


「……ったく」


 相変わらず鉄平は賑やかだ。

 チームのムードメーカーではあるものの、緩すぎるのは欠点でもある。

 だが、鉄平が居なければ、俺も三年間頑張れなかったかもしれない。

 何だかんだこいつが居たからやって来れたんだよな。


 今の男子バスケ部のレギュラーは、四人が三年。

 それからシューティングガードに、二年の菅沼ヌマが入っている。


 ガタイの良い俺がゴール下を支配。

 シュートが上手いヌマが外からスリーポイントを決める。

 攻守のスイッチが上手い鉄平がスモールフォワードとして機能する。

 かなり攻めに特化した構成だ。


 県内でも攻めが強い高校として知られており、ディフェンスが脆いとまず負けることはない。

 ほとんど攻めっぱなしで終わることもある。


 今日の相手はそれほど強くなかったこともあり、割と余裕が勝つことが出来た。


「お疲れ様です、ハル先輩」


 部員を後ろの方から眺めていると、いつの間にか横に柚が立っていた。

 俺たちの背後では、女子バスケ部の集団が歩いている。


「女子も勝てて良かったな。どうだった、初めての試合は」


 柚も一年ながらレギュラーで出場した、と言うのは聡実から聞いていた。

 今までポイントガードが技術的な穴だったが、それを柚で埋めたのだそうだ。

 そのおかげか、今日は快勝したらしい。


「めっちゃ緊張しました。あと、まだまだ私下手だなって」


「一年でレギュラー取ってるだけ大したもんだよ」


「ハル先輩も、今日の試合すごかったです」


「見れたのか?」


「試合の合間に何とか。と言っても、少しですけど。ゴール下のハル先輩、めちゃくちゃ相手のプレッシャーになってましたね」


「ゴリラみたいだったろ?」


「はい」


「おい、否定しろよ」


「えへへ、すいません」


 柚はペロリと舌を出す。


「第三クォーターの後半のヌマ先輩へのパス、しびれちゃいました。完全に相手の裏をついたっていうか」


「あれは結構良かったな。ヌマのシュートもバッチリ決まってたし」


「あのプレーは示し合わせてたんですか?」


「いや。でも何か、信頼みたいなのはあったな。『ヌマならここに居る』って」


「化学反応ってやつですね」


「まぁ、そうかもな」


「ヌマ先輩、シュート上手いですよね。ビックリしちゃいました。吸い付くって言うか」


「あいつはちゃんとシュート撃つ時に体の軸が出来てて姿勢がきれいなんだ。だから足の力がそのまま腕に伝わるし、ボールの軌道もきれいでな。飛距離の調整がすごい上手いんだよ」


「鉄平さんもすごかったです。スティールめちゃくちゃ上手いですよね。相手の選手、いつの間にかボール奪われてましたし」


「あいつは目が良いんだ。相手の選手の体の動きとかすぐ読んじまう。でもプレーは結構技術志向だから、柚も参考に出来んじゃないかな」


「えっ!? なになに? 今、俺のことほめてた?」


 すかさず鉄平が割って入ってくる。

 その反応の速さに、思わず呆れ笑いがこぼれた。


「柚にお前は凄いやつだって言っといたんだよ」


「ハルぅ! お前ってやつは……! ねぇ柚ちゃん、俺の今日の活躍どうだった? 格好良かったっしょ?」


「柚って呼ばないで下さい。あと私の隣に立たないで下さい」


 柚の声の温度が一気に10℃くらい下がる。


「冷たっ! 塩っ! 何でだよぉ!」


「ちょっと鉄平、うちの柚に手出さないでよ」


 すると騒ぎを聞きつけたのか、聡実まで割って入ってきた。

 あからさまに警戒されている。

「おかしいだろ聡実ぃ!」と鉄平が叫んだ。


 鉄平達が騒ぐのを、俺はそっと眺める。


 バスケ部が仲良くするこの光景が好きだ。

 試合終わり、ちょっとした疲労感があって、一日が終わる感覚もあって、どこか清々しい。

 この光景も、もうすぐ見納めなんだな。


 妙に感慨深くなっていると、「ハルさん」と声を掛けられた。

 バスケ部二年の菅沼 順平ことヌマが、横に立っていた。


「どうしたヌマ」


「ハルさんと柚ちゃんって、仲良いですよね」


「まぁ、懐いてくれてるな」


「付き合ったりとかは、してないんすか?」


「そう言うのはないな」


「じゃあハルさんは柚ちゃんのこと、どう思ってるんですか」


「どうって……」


 俺とヌマはチラリと柚を一瞥し、そっと距離を取る。


「何でそんなこと急に聞くんだよ」


「ハルさん、今、良い感じの女の子が居るって噂になってるじゃないですか。でも、柚ちゃんは多分ハルさんのこと好きだよなって思って。ハルさんも気づいてるでしょ」


「それは……」


 何と言うべきか分からず、答えに詰まる。


「付き合う気はないんですか」


「どう、だろうな。そもそも別に告白されてる訳でもないしな」


 明確に好意は向けられているとは思うが。

 とは言え、今、距離を取るのも何か不自然な気がしなくはない。

 と言うか、何でそんなこと聞くんだ。

 そこでハッとする。


「ヌマ、お前もしかして……」


 俺が目を向けると、ヌマは黙り込んだ。

 それは、肯定を意味していた。


「……俺、柚ちゃん気になってて。でも見てて分かるんですよ。柚ちゃん、どう見てもハルさん好きだよなって。俺も、ハルさんはめっちゃ尊敬してる先輩で、揉めたりとか、こじらせたりとかしたくなくて。それで、どうしようって」


「そこで俺に相談してくるのが、お前らしいな」


 こういう時、俺は何て言えばよいか分からない。

 頑張れよ、と言ったら柚を傷つけるだろうし。

 やめとけと言ったら、ヌマを傷つけるだろうし。


 この前、小島に言われたことを思い出す。


 八方美人じゃいられない。

 理不尽だけど、選択しなきゃならない。

 誰かを傷つけることを。


「……俺も、ちゃんとしなきゃな」


「ハルさん?」


「すまねぇな、ヌマ。俺が中途半端だから、みんなに迷惑かけてる気がするわ。インターハイ終わったらちゃんとするからよ。もう少しだけ、時間くれねぇか」


「それって、どういう?」


「今は、恋愛とか、誰が誰と付き合うとか、考えたくないんだ。俺に合わねぇと言うか、面倒くさいしな。細かいこと考えられないくせに、人の顔色ばっかりうかがっちまう。そんなだから、誰が好きなのか自分でもハッキリ出来ねぇし、ずっとふらふらナヨナヨしちまう。情けねぇし、カッコ悪いよ」


 でも。

 今だけは。


「今だけは、もう少しだけバスケのことだけ考えさせてほしいんだ……」


 だからもう少しだけ、時間が欲しい。

 バカみたいに騒いで、練習はバカみたいにきつくて。

 試合終わりには下らないこと話して、何も気にせずワイワイ出来る時間が、もう少しだけ続いてほしい。


 心からそう願った。

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