第16話 紹介

 休日、お互いの両親が出かけることになったため、俺は隣の井上兄妹と一緒に近所のファミレスに来ていた。


「ねぇ、ハルにぃ、どういうこと?」


 しかしながら、今目の前に居るのは、不機嫌そうな顔でこちらをジロリとにらむ水樹の姿。

 休日の穏やかな午後のひと時。

 微妙に不穏な空気が俺たちの席には流れている。


「今日は三人で美味しいもの食べようって言ってたのに」


 水樹が不服そうなのもそのはずだ。

 今俺たちの座っている席には四人いる。

 俺と水樹と尚弥、そして。


「コ、コンニチワ」


 女子バスケットボール部の主将、木下 聡実も座っていた。

 ガチガチに緊張した様子の聡実は、チラチラと尚弥の様子を伺っている。

 俺は水樹に「すまん」と頭を下げた。


「俺が無理に声掛けたんだ。どうしても聡実を尚弥に紹介したくてな」


「僕に紹介したいって……」


「私、知ってる。ハルにぃの高校のバスケ部の人だよね」


「ド、ドーモヨロシク」


 俺の隣に座る聡実は、あからさまに緊張した様子を浮かべている。

 普段の溌溂はつらつとした姿からは考えられない。

 尚弥のことをかなり意識しているのは明らかだ。

 さっきからまともに会話も出来ていない。


「おい聡実、何やってんだ。せっかく尚弥を紹介したのに、それじゃアピール出来ないだろ」


 俺が小声で話しかけると、聡実は「だってだってだって!」と泣きそうな顔をした。


「目の前にプリンスが居るんだから仕方がないでしょ……! 肌めっちゃ綺麗だし、イケメンだし、アイドルみたいだし! 緊張もするって!」


「ちょっとハルにぃ、私とお兄ちゃん放って二人で話さないでよ」


 水樹は苛立たし気に腕組みする。


「すまんすまん。何か今日は不機嫌だな、水樹」


 すると尚弥が肩をすくめた。


「大好きなハルにぃが女の人連れてきたから怒ってるんだよ」


「はぁ!? おこおおおお怒ってないし! 別に怒ってないしぃ!? ハルにぃみたいなヨワヨワヨワのザコザコザコに女の人の友達がいたっておこおこおこってないしぃ!」


「動揺しすぎだろ……」


 俺はそっとため息を吐く。

 まぁ、この分かりやすさが水樹の面白いところではあるか。

 最近ようやくそう思えるようになってきた気がする。


「せ、せっかく幼馴染みで集まる日にごめんなさい。実は、私がハルに無理言ったの。プリンスを紹介してほしいって」


「プリンス?」


「ああ。尚弥、お前陰で『プリンス』って言われてるらしい」


「何それ……」


「お兄ちゃんプリンスだって! プププ、ウケる」


「やめてよ水樹」


「結構モテてるんだな、お前」


 心当たりがあるのか尚弥は「だからか……」とため息をついた。


「転校初日から、なんかやたらと女子が声掛けてくると思ったんだ。どこ行くにしても案内するって言ってくるし……。なんかめちゃくちゃ感動されて。美術部入ったら、女子が全員ガッツポーズして叫んでた。ありがたいんだけど、ちょっと過剰な気もして」


「そうだったのか」


「うん。昇降口で上履き取ろうとしたら、いつも鍵が壊されてて中に手紙が入ってるんだ。怖くて読んでないけど」


「そうだったのか……」


 悲壮な顔で語る尚弥を見ていると、何だか気の毒になってくる。


「お前、そう言うのちゃんと相談しろよ」


「だって、ハルにぃもバスケ部で忙しそうだから。迷惑かけたくないなって」


「バカ。そういう時に頼りになってこその兄貴分だろ。俺のことは気にすんな」


「お兄ちゃん、ヨワヨワなハルにぃじゃ頼りにならないんだよねぇ?」


「水樹、お前の思想を尚弥に押し付けんじゃねぇよ」


「みんな、本当に仲良いんだね」


 聡実が感心したように声を出す。


「私、一人っ子だったから、ちょっとうらやましいな」

「聡実さんは、お姉さんなのかなって思ってました。大人っぽい方なので」


 尚弥が言うと「そんなことないよ」と聡実は首を振る。


「兄弟がいればなと思ってたんだ。だから楽しそうで良いなって思っちゃった」


「でも、僕らが賑やかなのは、ハルにぃのお陰かも」


「俺?」


「こっちに帰ってくるまでは水樹と僕で居ても静かな時が多くて。でもハルにぃと再会してからは、毎日良い意味で騒がしくて、楽しいんです」


「分かるかも。ハルっていっつもやかましいから。真夏の太陽って言うか、落ち込んでる子とか絶対に放っておかないし」


「水樹もこっち来てから、すっかり元気だしね」


「そ、そんなことないし! ハルにぃが私のこと好きすぎるだけ! ハルにぃロリコンだから」


「やっぱハルってそうだったんだ……」


「おい水樹、誤解生むのやめろ」


 すると尚弥はにこやかな笑みを聡実に向けた。


「聡実さんは、話しやすいですね。僕に姉さんが居たらこんな感じなのかな」


「お姉ちゃんかぁ。尚弥くんみたいな弟だったら大歓迎だけど、ちょっと複雑な気持ちだなぁ」


「ハルにぃとはいつ知り合ったんですか?」


「高一の頃にバスケ部でね。この図体だし、声もでかいからとにかく目立つなって思ってたよ。尚弥くんたちは、ハルといつから知り合いなの?」


「僕が小学校の頃ですね。家が近所で、よく遊んでもらいました」


「そのころの武勇伝とかないの?」


「えっと――」


 何故か俺をさかなに話が盛り上がっている。

 まぁいいか。

 何だか良い雰囲気だし。


 うすうす予感していたが、尚弥と聡実は相性が良いらしい。

 二人とも頭の回転が速いから、相手の言いたいことを汲み取って話がトントン進んでいく感じだ。


 尚弥も少し聡実を意識している気がした。

 聡実は美人で人当たりもいいから、そんな女性にこうして好意を持ってもらうのは、尚弥としてもやぶさかではないだろう。

 紹介して正解だったな。


 何とか二人きりにしてやれると良いが。

 俺はチラリと窓から店の外を見る。


 そこに見慣れた顔がいてギョッとした。


「ヤバい……」


「どうしたの? ハル」


「鉄平が来た」


「ヴェッ!?」


 聡実から変な声が出る。

 俺たちの様子を見て尚弥と水樹は首を傾げた。


「その人、何かまずいの?」


「俺の親友なんだが、何せけたたましくてな……。もし俺が尚弥を聡実に紹介したことがバレたら」


「翌日には三年の八割が知ってるわね……」


 俺が水樹とデートに行った時も、一瞬でクラスに広められたからな。

 悪意があって言い広めているわけではないが。

 バカでかい声で大騒ぎするから拡散されるのだ。


「尚弥のさっきの女子エピソード聞いてたら、今はまだ知られねぇ方が得策だな」


「女子による奪い合い聖杯戦争が行われちゃうよぉ。お兄ちゃんがぐちゃぐちゃにされちゃう」


「僕、死ぬのかな……」


「私の身も危ないかも……。ハル、どうにか出来ない?」


 俺はしばらく考えたのち、「よし」と立ち上がった。


「俺が食い止める。お前らはここで隠れて、頃合い見計らって客席回って逃げろ。行くぞ水樹」


「えっ? 私?」


「手ぇ繋げ」


「手?」


 困惑した水樹がそろそろと手を伸ばしてくる。

 俺はその手を握った。


「手ぇ絡めろ! 恋人繋ぎだ!」


「こんな時にまで私と引っ付きたいのぉ? ハルにぃ発情しすぎ」


「いいから早くしろ!」


「わ、分かったよぉ」


「もっと引っ付け! 恋人っぽく!」


「ひゃ……は、ふぁい」


 俺はぐいと水樹を引き寄せる。

 その光景を見ていた聡実は「ハルって大胆なんだ……」と口元を抑えていた。

 色々言いたいことはあるが、今はそれどころではない。


「じゃ、行くぞ」


「えっ!? ちょっとハルにぃ!」


 言うや否や、俺は席を飛び出し、友人たちと話しながらこちらに向かってくる鉄平へ俺たちは突撃した。

 向こう側から歩いてくる鉄平が、俺の存在に気づく。


「よ、よぉ、鉄平」


「ハル、何やってんだこんなとこで……」


 鉄平はこちらを視認した後、隣にいる水樹へ、そして繋がれた俺たちの手へと視線を移し、驚愕の表情で俺の顔へ戻ってきた。


「ハル! 何やってんだこんなとこで!」


「ちょっと飯食っててな……。ほら水樹、挨拶しろ」


「こ、こんにちは……」


 水樹はあいさつした後、サッと手をつないだまま俺の陰へ身を隠す。

 それを見た鉄平は「影! 影に隠れた!」と大仰に騒いだ。


「俺が男どもで飯食おうって時に……ハルぅ! お前は何トンデモニアなことしてくれてんだ!」


「何だよトンデモニアって」


「前は付き合ってないとか言ってたのに、手まで繋いじゃってよぉ! もう付き合ってんじゃねぇか!」


「ま、まだだよ一応……」


「一応ってなんだよぉ! 男ならけじめつけろぉ!」


 するとクイクイっと水樹が俺の手を引っ張る。

 何だ。


「ハルにぃ、けじめつけてくれるの?」


「バカ……」


「イチャイチャすんなぁ! ああああもう!」


 そこへ店員が困惑した様子で近づいてくる。


「お客様、他のお客様のご迷惑になりますから」


「そうだぞ鉄平。飯食うならさっさと席につけよ」


「お前のせいだろうがぁ!」


 俺はチラリと店の入り口を一瞥した。

 尚弥と聡実が店から出ていくところだ。

 上手く逃げ切れたらしい。


「じゃあ俺たちもう行くわ。行くぞ水樹」


「うん」


「そうやってイチャイチャしてろぉ! バーカ―バーカ!」


 どうにか山は乗り切ったが、今後が怖いところではあるな。

 少なくとも俺は完全にロリコンのレッテルを貼られるだろう。


 会計を済ませて店を出る。

 しかしそこに、尚弥たちの姿はなかった。


「お兄ちゃんたちは?」

「さぁ……どこだろうな」


 するとスマホにポコンと通知が来る。

 聡実からだった。


『二人で抜けるごめん』


 上手くやったみたいだな。


「あいつら、二人で抜けるってよ」

「うわー、エロエロだぁ」

「尚弥と聡実なら大丈夫だろ。上手くやってくれるさ」


 歩こうとして、ふと違和感に気付く。


「水樹、もう手ぇ放してもいいぞ?」


「えー? ハルにぃもうちょっと繋ぎたいくせにぃ」


「何だよそれ……」


 俺は少しあきれ笑いを浮かべた。

 まぁ、いいか。


「ところでハルにぃ」


「何だよ」


「けじめ、ちゃんとつけてくれるの?」


 妙にべたべた引っ付いてくる水樹は、妙に色っぽく見える。

 俺は何だか照れくさくなり思わず目を逸らした。


「そ、そのうちな」

「そのうちっていつ?」

「機会があればな」

「機会って?」

「いつかな」

「いつかっていつ?」

「もうちょいまて」

「どれくらい?」

「もうちょいだ」

「数字で言って」

「20XX年だ」

「Xは禁止」

「じゃあYだ」


 この押し問答はその後二時間ほど続いた。

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