第11話 スイゾクカン

 水族館につく。


「うわーすごいねハルにぃ!」


「あんまはしゃぐなよ」


 水族館の中は、まるで水の中に入ったかのような不思議な感覚だった。

 周囲に大きな水槽がいくつもあり、青いライトで館内は薄暗く照らされている。

 早い時間のおかげか、案外混んでもおらず、適度に居心地が良い。


 水樹が俺の先を行って魚たちに夢中になる。

 俺の方に手を振って「早く早く」と水樹が声を出す。


「キレイだねぇ。ハルにぃは田舎者だから見たことないかぁ?」


「いちいち人を小馬鹿にしてんじゃねーよ」


「イシシシ」


 静かな館内に、時々人の話し声。

 どこか遠くで水がせせらぐ音は、別世界に来たかのような不思議な感覚を抱かせる。


「見てよハルにぃ、ウミガメ! おっきいねぇ。ハルにぃみたい」


「俺、ウミガメかよ」


「あっちかもね」


 指さされた方を見ると、一面ガラス張りとなった大水槽にジンベイザメが泳いでいた。

 その姿を見て水樹がお腹を抱えて笑い出す。


「見てよあのアホ面! 大口開けてハルにぃみたい!」


「デカいからって何でもかんでも俺に結び付けるのやめろ!」


 相変わらずのクソガキっぷり。

 まぁ、いいか。

 何だかこの扱いも、徐々に慣れてきたし。


 水樹、はしゃいでるな。

 最初は椎名から俺に代わってガッカリするんじゃねぇかとか、心配したけど。

 楽しんでくれてよかったと、安堵の気持ちが先に来る。


 水族館を色々見て回る。

 海の魚、大型の魚、熱帯魚に深海魚。

 館内はかなり広く、一回りするだけでもかなり時間が掛かりそうだ。


「ちょっと疲れたぁ。ハルにぃ、休もう」


「仕方ねぇなぁ」


 三十分ほど見て回り、入り口からずいぶん奥の方に配置されている大水槽の前でベンチを見つけ、水樹は座り込む。

 立って見て回るだけだが、結構足に来るものだ。

 水樹の気持ちもわからないではない。


「結構回ったねー」


「まだこれからって感じだけどな。ペンギンも居るし、イルカショーもあるってよ」


「めちゃくちゃ大きいんだね」


 大きな水槽を眺める水樹は、どこか寂しそうに見えた。


「……疲れたか?」


「んーん、大丈夫。ちょっとだけ、こっちに戻ってくる前のこと思い出してたの」


「そういや前の街の話、あんまり聞いてなかったな」


 転勤族である水樹の父親は、数年単位で勤め先が異動となる。

 その関係で、水樹と尚弥は色んな街を転々としていた。

 俺と知り合ったのは、確か俺が小二の頃か。

 水樹がまだ、たった四歳の頃だった。


「前の街ではね、学校の近くに水族館があって、遠足や社会科見学で、ことあるごとにその水族館に行ってたんだ」


「へぇ、水族館の社会科見学か、面白そうだな」


「でも私は、よく抜け出して勝手に館内回ってたの」


「もったいねぇな」


「だって、お魚さんの姿見ると、落ち着くんだもん。泳いで、どこか遠くに行けたらって思ってた」


 水樹はどこか遠い眼をする。

 その瞳に、大水槽の青い輝きが反射する。


「私ね、学校の友達と合わなくて、クラスになじめなかったの。お兄ちゃんは気にかけてくれたけど、お父さんもお母さんも仕事で忙しくて、学校では誰とも話せなくて、誰にも相談できなかった……」


 ――水樹、前の学校ではハルにぃと離れたのが寂しかったのか、ふさぎ込んじゃった時期があったんだよね。


 ふと、尚弥がいつか言っていた言葉を思い出す。

 水樹は人見知りだ。

 街を転々とするのは、かなりの負担だったのかもしれない。


 新しい学校、新しい環境、新しい人間関係。


 そういう経験を何度も重ねていくことが出来ない奴だっている。


「ハルにぃのこと、何度も思い出してた。こういう時ハルにぃが居たら助けてくれるのになって」


「……そうだな」


 俺が居たら、多分……いや、絶対助けていた。

 尚弥と水樹が困っているのを、放っておけるはずがない。


「俺も傍にいてやりたかったよ」


 だから、再会できた時、本当に嬉しかったんだ。


「今のこっちの学校はどうだ?」


「楽しい。もともと知ってた子も居たし、椎名ちゃんが話しかけてくれて、ちょっとずつ友達も増えてきた」


「よかったな」


「うん」


「なぁ、水樹。困ったことあれば俺に言えよ。お前にとってはヨワヨワで情けなく見えるかもしれねぇけどよ、お前らの兄貴分として――幼馴染みとして、力になりたいんだ」


「そうだね」


 ギュッと、手を握られる。


「頼りにしてるね。ヨワヨワのザコザコハルにぃ」


 先ほどまで寂しそうな表情をしていた水樹は、いつものイタズラ小僧のようなニッとした笑みを浮かべた。

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