26.記憶

「ああ、それならもう倒したぞ」


「へ??」

あっけらかんと答える男。果たしてそれとはなんなのか。目の前の男はさも当然と言わんばかりに、呑み込みがたい言質を放つ。男は、それがなんなのかを理解しているのだろうか。聞き間違いではなかろうか。そうだ、きっとなにか勘違いしたのだろう。邪神とは、そんな軽いノリで倒されていいものでは無い。

「倒したって、邪神のことじゃないのよね??貴方たちは何と戦っていたの?」

「いやだから、その邪神だよ」

「へ??」

この男は何を言っているの??邪神を倒した?この聖剣もなしにどうやって??歩く終焉と恐れられ、人々を恐怖の渦中に陥れた狂気を倒した??なにごと?この若者達が?

隣の副団長は驚きのあまり顎を外してしまい、喋れなくなっていた。

「邪神ブラデリアを??嘘でしょ??」

「ホタル」

「はい、【異空間収納】」

男の呼びかけによって銀髪の少女が懐から取り出したのは、禍々しい魔力を帯びた邪神の首だった。

「こ、これは...??」「ひぃ!?」「今の魔法は!?」

後ろで待機している騎士たちがざわめく。

「まさか、邪神ブラデリア!?」

「そうだ、体も見るか??」

突如亀裂の入った空間から、胴体らしきものがこぼれ落ちる。死体となってからそれほど経っていないのか、首からは鮮やかな動脈血がたれ流しになっている。

息の詰まるような威圧感。死してなお周囲の空気を汚染し続けるそれを見て、副団長は顎を外したまま失神してしまった。

「もう外の魔物も消えているはずだ。」

「えっ....ちょ、後でゆっくり話を聞いてもいいかな??」

「この後少し用事があるから、それを済ませてからでもいいか?話はホタル、頼んだ。」

「はい、何かありましたらいつでもお呼びくださいね?」

「ああ」

そう言うと男は、私たち一団に手を降って闇の彼方へと消えていった。

「なんなの.....」


◆◆◆


「終わったかの」

深まる闇に包まれて、しゃがれた爺の声が機械仕掛けの整備室に響く。長年ホコリを被っていた時計の針が、重々しく動き始め、零時零分へと首を振ろうとしていた。歯車の鼓動に揺られて、マリーゴールドの体だけが、ぼんやりと灯りを焚べている。長い長い時の中で、終わりは呆気なく訪れた。

──「ねえ、マリー。私に好きな人が出来るとしたら、どんな人かしら。」「うふふ、ちょっと聞いてみただけよ、機嫌治して頂戴?」

脳裏に懐かしい記憶が蘇る。幾ら時が経とうとも、この体に宿した記憶は、己が身であり続ける限り消えることが無い。しかしそれもあと僅か。儂が儂であった記憶も、時間も、意識も、やがて消える。

「ねえ、マリー。紅茶は高いところから入れた方が美味しくなるのよ?知ってた?」

「ねえ、マリー。私此処が気に入ったわ。ここに家を建てましょ?」

「ねえ、、、マリー........。貴方って時間を巻き戻せるのでしょう?それなら彼も....せめてこの街だけでも.....っ!!」──

走馬灯のように巡る意識。あの日の出来事も、今に想うと心地よい。使命を全うした老木の瞼は、ゆっくりと布団を被るように閉じていく。わしもこれで、我が主の元へゆける。神よ、救いはあったのだ。こんな儂でさえ、終いは平等であったのだ。もう、よい。これで街は救われた。


「爺さん、いるか??【蛍の光】」


暗闇の向こうから、部屋に入ってくる男の姿があった。こちらの灯りを見つけると、光の魔法で辺りを明るく照らした。


「お主か、老いぼれはもう終いじゃよ。」

「なんだ、魔力切れか?」

「魔力も残り僅かじゃが...元より儂はここで消える運命なのじゃよ」

「そうか、世話になったな。邪神を倒したから、顔を見に来ただけだ。これでいいんだろ?」

「奇しくもあの日。儂が繰り返し続けたあの日は、再び邪神が復活した災厄の日。我が主が身を呈して護ったあの日に、まさか再び平和が訪れる事になるとはのう....」

「お前にも主人がいたのか?」

「儂も銀髪の娘と同じよのう。我が主はちと、いや大分お転婆であったがの。懐かしい話じゃ。儂を様々な場所に連れ回しては毎日ヘトヘトになるまで使い倒してくれたものだわい。」

「そうか、楽しそうだな」

「最期にお主が来て良かった。葬式に誰も来んのはさすがの儂とて寂しい。そうじゃ、もうひとつ伝えておく事があったのじゃ。」

「なんだ?」

「川の上流におる魔物は、まだ死んでおらん。ついでにぶっ倒して来てくれんかの??」

「川の上流??何かいるのか?」

「ああ、行ってみれば分かる。儂はもう逝く。」

「そうか、じゃあな。」


俺は弱りきった老人に挨拶をして、整備室を出た。背後で、それはちと軽くないか〜〜という元気そうな老人の声が聞こえた。

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