23.番人

─────「ふぉっふぉっふぉ!魔法をかけた水をたらふく呑んで抜け出すとは、随分ゆにぃくな男じゃのう。」

気を失っていたのか横になり、目を覚ました視線の先にはゴージャスな老人、マリーゴールドが楽しそうにこちらを覗いた。【記憶解放】によって呼び覚まさした情報の濁流が、覚醒状態の俺の頭の中で居場所を求めて活発に流動している感覚が残る。脳内の細胞がやけ焦げるような鈍い頭痛と共に起き上がる。どうやらセレストとの作戦その1、繰り返される時間/ループからの脱出は達成していた。しかし危うく、記憶を持っていかれるところだった。ポケットのメモに気付かなければ、完全に詰んでいたことだろう。

「....お前が番人だったのか?」硬い地面で寝ていた反動で身体中が凝り固まり、関節の可動域を確認するようにして首に手を当てる。俺の質問を受けたマリーは、恍惚と光る目に陰りを見せながら、寂しそうに顎の髭を触り、シワだらけの口をゆっくりと開いた。

「いかにも、わしは時の番人。黄金のクオーツ輝人ヴァンティアことマリーゴールドじゃ。」

「何故、こんなことをしているんだ?」「この街には邪神ブラデリアが封印されておる。儂はその為の存在じゃ。昔ほどの魔力も残されていない儂にとって、その封印は最早、時間を巻き戻し続けることでしか留めることができなくなっておった。故に魔力が尽きるその時までひたすら、彼女を世に放たんと街を犠牲にして主の言いつけを守っておったに過ぎぬ。」「それじゃあ、お前を倒して街を解放すれば、今度は邪神が?」「そうじゃのう、あれは存在してはならない代物じゃ。本来ならば誰も明日を迎えることなく永遠に、儂と心中の道を歩むとしてもこの世の為と胸を張って誓えたものを。しかし。お主が来たことで儂の封印でもどうにも出来なくなってしもうたわい。既に外には邪神の配下が集まって来ておる。お主も相対したのであろう?」「えっ!それって結構ヤバくね??」

時計塔へ向かう際に俺を攻撃してきた黒騎士の魔物達は、邪神の配下と呼ばれるものだったのか。だとしたらもうじき邪神が復活してこの街は。しかし、街の人達は一体何処に?俺だけが抜け出したという事は、ホタルやトレッド、セレスト達はまだ別の空間に閉じ込められているのだろうか。「なあ、それなら街の人達は時間を巻き戻す必要もないんじゃないか?どうにか解放できないのか?」「それは儂にはできん」「なんで!?」「儂の魔力はとうに尽きかけておる。今更中に干渉することも出来ん。ここにおるのはただの老いぼれと思ってくれればよい。儂を殺したとて、魔法は解けんよ。」「それじゃあ!?ホタルは?トレッド達はどうすれば!?」俺がループから脱出したのはいいものの、その後街全体を解放するにはホタルやセレストの協力は必要不可欠。折角番人をみつけだしたというのにこちらから干渉できないじゃないか。「しかし、中におる儂を殺してしまえば、話は別じゃのう。」「え?それは、どういう??」「魔法術式の管理は歪曲した空間におるもう1人の儂が管理しておる。結局のところ、そやつを殺してしまえば、魔法自体は解除されるに等しいのう。水色の坊主が言っていた通りじゃの。」「要するに、あっちの爺さんをしばき倒して来ればいいんだな。じゃあ、もう一度皆がいる街の中まで飛ばしてくれないか?」

実際のところそれが可能なのかどうかは分からないが、時の番人というぐらいだ。頼んでみるに越したことはない。最悪番人の捜索はセレストの仕事でもある。あれだけストイックに俺を追い回していたやつだ。怪しい人間を見れば手当り次第調べ尽くしていることだろう。

「それは可能じゃが、良いのか??苦労の末悠久の夢から覚めたというのに。お主だけでも街を出る道もあるじゃろう?」「それはできない。街にはまだ、ホタルがいる。俺は彼女を置き去りにする事はできないよ。」最初はカナタの忘れ形見として身につけていたストラップに、あんなに可愛い少女の人格が宿るというのも驚きであったが、そんなカナタの遺した現見とも呼べる存在を置いていくことはできない。それに1度知り合ってしまった以上、俺だけ助かろうなんてこともできない。必ず2人でこの街から助け出すんだ。ついでに街の連中もどうにかしたいよな。俺ぐらいの存在にそこまで大したことができるのかは分からないが、ホタルといればきっと大丈夫な気がする。「そうか、よかろう。儂ももう少しお喋りしたかったのじゃが、もうお別れのようじゃな。寂しいのぅ.........最後にひとつ。助言をやろう。あちらの儂は、魔力に飢えている。違和感を探るとしたら、そこを見るとよい。」

「え?魔力??」「ではな、新たな時代に生まれた輝石の賢者よ、健闘を祈ろう。─バックトゥザパスト─」

黄金の光がマリーゴールドを包み込んだかと思うと、目の前に黒い亀裂が現れた。次元の裂け目と継承されそうなそのオブジェクトは、俺を見つけるなり身体に張り付くようにして、俺の意識を新たな時空の世界へ連れて行った。



◆◆◆



「う〜ん.....」

色とりどりの果物を眺めながら、ご主人様のお口に合いそうなものは無いかなあと、頬に手を当てるホタル。メリルの実は疲労回復にも効果があるとされてるし、ご主人様が目を覚ました時に食べるには丁度良さそうね。

「これください」

それにしてもご主人様ったら、取り憑かれたように何かを飲み出したかと思ったら、そのまま気を失ってしまうなんて。僕の心臓が幾つあっても足りません。いくら耐性を獲得するとはいっても、そんな強引な方法ではご主人様のお身体が心配。そもそも耐性なんて獲得しなくても、僕がお傍で24時間お守りする役目なのだから、ご主人様はもっと悠長にしてくれたらいいのに。なんてったって最強の僕がついているんですから!宿に戻ったらご主人様としっかりお話しなきゃ。

「あ、おかえり」「ご主人様?もうお目覚めになられたんですか?」「あぁ、おかげさまでなんとか。」「そうですか、よかった。うふふ」

甘い声になって笑みが零れ出すホタル。宿に戻ると、既に起き上がり、窓の外を眺めていたご主人様。はるか遠くの風景を静かに眺めている彼の後ろ姿に安堵するホタル。しかし何か、ご主人様の魔力の流れがおかしいような....?

「ご主人様、どうかされました?」「ああ、ホタル。お前今、どのぐらい魔力を体に蓄えている?」「魔力ですか?最上位魔法を5発打てる程度ですかね?」

なぜ今更そんなことを?と首を傾げるホタル。ご主人様の事だから、また何か考え事をしていて、突拍子も無いことを始めるのかな。ご主人様の意思は僕の意思。何かをはじめるのであれば全力でそれにお供するまで。先程この街の時空が歪んでいるという話を聞いた時は驚いたけど、確かにこの街全体には妙な魔力が微かに感じ取れる。時空魔法を解除するというアンチスキル系の魔法は僕も使えないので、ここはご主人様の意向に身を委ねるというのが僕の務めだ。

「ほほう....」「そうだご主人様、メリルの実を買ってきたのですけど、お召し上がりになりませんか?」

ベッドの横に置かれた椅子に腰掛け、異空間に収納していたメリルの実を取り出し、ナイフで皮を剥き始めると、ご主人様はのろっと立ち上がり、こちらを恍惚とした眼差しで見つめる。ちょっとドキッとしたのは内緒です。

「その魔力、少し分けてはくれないか?」「魔力でしたら、ご主人様の方が潤沢に蓄えてるじゃありませんか?僕もご主人様から魔力を分けて頂いてますし。」「ならば、返還するという事も出来るんじゃないか?」ゆっくりとこちらに近付いてくるご主人様。「そうですね、魔力の流れを逆流させればそれも可能です。ご主人様のお申し付けとあらば、それもやぶさかではありませんが、ご主人様はまだ回復なさって居ないのでしょう?もう少し休んでからにしましょう?」ご主人様の意向に従うという僕自身の使命は大前提ではあるけれど、ご主人様の身を御守りするというのも僕の役目だ。魔力の様子がおかしくなっている今の状態では、また身体を壊しかねない。「いやダメだ、今すぐ必要だ。」「え、ごしゅじんさま?そんな強引にされては、やっ」「早くよこせ」「し、しかしご主人様のお身体が...」こんなに強引に迫られるなんて。なんだか頭がぼーっとしてきた。ご主人様の息が首元にかかって。

「渡す気が無いなら、儂が奪うまで」突如耳元でしゃがれた老人の声が囁く。「きゃっ!?なにっ!?」凄まじい殺気を感じ取り、咄嗟にご主人様から距離を取ろうとしたが。「なんで!?身動きが、取れない!?」身をよじろうとしているのに、体に力が入らない。こんな感覚、初めて。男の右手には、鈍い黄金に輝くナイフ。下腹部目掛けて刃が襲う。

「や、やめっ!」


その時だった。

「何してんだぼけぇぇぇぇぇぇ!!」

「ぐべぼっっ」

「...えっ.......?」「はぁ、、、はぁ、、、何とか間に合った。無事か?ホタル。」「ご、ごしゅじん、、さま??え?ふたり?夢?」

いきなり部屋に入ってきたご主人様が、もう1人のご主人様にドロップキックをかました。


拘束が解けたホタルは、力を入れられずその場にへたり込む。

「安心しろ、ホタル。お前は俺が守るからなっ!!」

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