第二十三話 北の大陸

 カイマール王国軍が手配した船に乗り、いよいよ北の大陸を目指す。しかしながら、王国軍が必死に手配した船を総動員しても、一度に運べるのは三千人程度。魔王軍の本拠地に乗り込もうというには、あまりにも少人数と言わざるを得ない。北の大陸に乗り込もうと集まった数万の冒険者でも足りないくらいなのに、この輸送力の脆弱さは致命的だ。


 それでも、今の人類にはこれしか道がないのだから、進む他ない。厳選された最強戦力三千人を先陣として送り出し、その後随時追加人員を送るという手はずとなり、作戦は決行。北の大陸までは片道で丸一日はかかるので、増援が来るまでいかに戦力を温存したまま耐え忍ぶかが重要である。当然ながら最初の船に乗ることとなった俺達と七天の二人は、船の上で魔物の襲来に備えながら、二度目になる食事を摂っていた。


「やっぱり温かい食事の方がいいですね」


 ふと、ラキュルがそんなことを漏らす。今食べているのは、冷えて硬くなったパンと干し肉が少し。木造の船内に煮炊きをするスペースはないので、船に乗っている時は大体こんな食事だ。彼女にとっては、それが奴隷時代の食事風景を連想させるのかも知れない。


「大丈夫? ラキュル」


 既に事情を知っているスフレが、ラキュルに声をかけた。


「ああ、すみません。平気です」


 スフレの言わんとしていることを察したのか、ラキュルは目の前で両手を振りながら答える。


「嫌だとか、辛いとかじゃなくて、単純に温かい食事の方が元気が出るな~と」

「確かに。温かい料理を食べると、何か安心するよね」


 ラキュルの言葉にノルが頷いた。ただでさえ身体が冷える外気温だ。温かい食事は、それだけで身体に安らぎと活力を与えてくれる。


 とは言え、木造の船内で火を起こす訳にも行かないし、その点ばかりはどうしようもない。北の大陸に着いて、周囲の安全を確保出来れば、温かい食事にもありつけるだろうが、そう簡単にそれが叶うとは思い難いというのが実状。何せ向かう先は魔王軍の完全支配下にある土地だ。元々そこに住んでいた人間は全て退去したと聞くし、元あった集落などがそのまま残っているかどうかも怪しい。仮に北の大陸から魔物を一掃することが出来たとしても、また人間が住めるようになるかどうかは不明なのだ。


「今は冷たい食事しかないけど、しっかり食べておいてくれよ? この先はまともに食事の時間が取れるかどうかもわからないからな」


 不眠不休で動けるほど、人間の体は丈夫には出来ていない。それでも、それに近いことをしなければ、魔王討伐など夢のまた夢だろう。ここまでに遭遇している魔物のランクは、高くても超級程度。まだ覇級、絶級、神級と控えているのだ。中級程度でもこちらの思考を読んでくるのだから、覇級から上となれば何をしてくるかは想像もつかない。俺の神代魔法ですら、とどめをさせるのか不安になるほどである。


 魔力は魔に連なる力。そう言っていた里長の話を思い出す。その話を鵜呑みにするのであれば、魔に連なる力で魔を打ち破るというのは不可能なのではないかとすら思えた。何せ相手は魔そのもの。借り物の力である魔法では、本来の持ち主である魔物を超えることは叶わないのではないか。


 もしそうなった時、頼るべきはもちろん封印術なのだろうが、その状態でまともに戦えるのは俺一人。いくら俺の身体能力が人間のレベルを超えているとは言え、魔法が一切使い得ない状況では、一度に相手に出来る魔物の数には限度がある。二百年前の勇者パーティーは一対どうやって封印術を主体に戦っていたのだろうか。いっそ本人達に直接聞いてみたいくらいだ。


「ディレイドさん。眉間にしわが寄っていますよ?」


 ラキュルに指摘されて、俺は自分が負のスパイラルに陥っていたことに気がついた。


 そうだ。先の事態を想定しておくことは重要だが、負の状況ばかりを見据えて行き詰っているようでは意味がない。もちろん最悪の状況は想定しておくが、あまり悲観せずに行こう。俺は口に放り込んだ最後のパンの一欠片ひとかけらを水で喉の奥に流し込み、立ち上がった。


「ああだこうだと考えていても仕方ない。今日はさっさと寝よう」


 見張りを別の冒険者達に任せ、俺達は先に就寝することにする。予定では明日の昼間には北の大陸に到着することになっているので、朝早くに起きていれば間に合うだろう。俺達は早速毛布をかぶり、眠りについた。波に揺られる船内は寝心地がいいとは言えなかったが、それでも少しでも休んでおくことが重要である。明日の昼には、これまでより更に過酷な戦いを控えているのだから。


 大よそ予定通りの時刻に、船は北の大陸へと接近していた。元々北の大陸に住んでいた住人からの情報により、大型の船ではこれ以上進めないことがわかっていたので、まず沿岸の敵を魔法で一掃してから、小型の船に乗り換えて上陸する手はずだ。


 初撃に名乗りを上げた魔法使いは大勢いたが、もちろん俺以上の使い手はいない。威力も規模も小さい魔法では、俺の神代魔法の前には意味を成さないので、初手の一撃は俺の担当となる。この距離では沿岸にどんな属性を魔物がいるかまでは確認出来ないが、星系統の魔法であれば、およそ相手の属性は関係ない。という訳で初手として選んだのはエインシェントメテオフォール。これならば広範囲で、つ殺傷力も高い。面制圧を行うには持って来いの魔法だ。俺は船の先に立って、詠唱を開始した。


「我が真名しんめいディレイド=エルディロットの名をもって、星を司りし女神ノクトエルティカに捧ぐ。果て無きそそらは汝が身体、星の全ては汝が子。その暗闇全てを抱き、星のまたたきは我等が道を示すしるべ。御身は今もこの空にあり。我が願いを此処へ。今この時、その星の輝きを貸し与え給え。我求むは地を焼き薙ぎ払う流星。汝の子は大地を清め、新たな星の糧となるであろう」


 グレーターデーモンの時とは違う、全力のエインシェントメテオフォール。威力が高過ぎるのでめったには使わないが、この瞬間に限り、一切の制限はない。そこにあるのは完全なる敵地。今となっては人類の存在しない魔の大陸。多少地形が変わったところで問題はないのだ。


 降り注ぐ流星が大地を削り、魔物もろとも焼き払って行く。その様を見て、船の同乗している冒険者達は雄叫びを上げた。これは人類の反撃の狼煙のろし。今この瞬間から、人類はついに魔王軍に対して打って出るのだ。


 まだ流星が降り注いでいるというのに、冒険者達は続々と小船へと乗り込んで行った。それだけ待ちに待ったということなのだろう。ついに人類が攻められる側から攻める側に回ったのだ。この大陸を攻略し魔王を討伐出来れば、人類はようやく安寧を得ることが出来る。長きに渡る戦いの中で散って行った者達も、ようやく報われると言うもの。中には名声目当てのものもいるだろうし、全員が全員そう思っている訳ではないにしろ、戦いを終わらせるという点に関して、目的は同じ。誰か一人でも魔王の元に辿り着き、討伐しさえすれば、後は残党狩りが残るのみ。目指すべきはその一点である。


 俺の魔法が沿岸一体を粗方焼き払った頃合を見計らって、七天の二人を始めとした第一陣が北の大陸に上陸。周囲の安全を確保しつつ、拠点作成に入った。俺達が上陸したのは第三陣の船。すっかり焼き払われているので元の地形はわからないものの、見渡す限りに生きた魔物の姿は見受けられない。どうやら打ち漏らしはないようだ。


「流石天限突破の魔導王アンリミテッドウィーザードロード。やることが派手でいいぜ」


 どこから運んできたのか、ライゼンは数本の丸太を肩の担いでいた。恐らく拠点作成のための材料なのだろうが、一対どこから持ってきたのだろう。小船にそんなものを積む余裕はなかったはずだが。


「ああ、これか? ちょいとひとっ走りして内陸の森で調達してきた。俺は細かい作業は苦手だからな。こんなことでしか貢献出来ね~」

「内陸って、そっちはまだ魔物がいただろ」

「そりゃ~いたぜ。これまでの比じゃないくらいうじゃうじゃとな。けど、そんなことで止まる俺じゃね~のは、もうわかってるだろ?」


 つまり、彼は先行して内陸に攻め込み、敵を撃破しながら資源を調達してきたと言う訳だ。流石は七天。恐れ入る。


「アザレイは?」

「向こうで拠点作成の指示を出してるぜ? そういうのはあいつ得意だからな」

「随分お互いのことを熟知してるんだな」


 ただ同じ七天に属しているだけというには、この二人は仲がいい。ひょっとして男女の仲だったりするのだろうか。そう思って尋ねてみると、思わぬ反応があった。


「ばっ、お前!? そういうことはあんまり大声で言うもんじゃね~ぜ!」


 どうやら図星のようだが、ライゼンはこういった話に免疫がないようだ。ここまで動揺している彼を、俺は初めて見る。


「そ、そう言うお前はどうなんだよ!? 女ばっかのパーティーだ。誰か一人くらいそういう関係のやつがいたりするんじゃないか!?」

「生憎ご期待に沿えるようなことは何も。俺達はただのパーティーメンバーだよ」


 改めて見てみれば、みんな容姿は整っているし、旅をしている中での印象としては男性受けはいい。決して魅力がない訳ではないが、どこかそういう気分にならないのは、やはり師匠の影響だろう。


「何だよ。これだけ上玉が揃ってるのに」

「まぁ、俺のことはいいじゃないか。それより、アザレイとはいつからなんだ?」


 そんな他愛ない話をしながら、拠点作りに女性陣を回し、俺はライゼンとともに資材の調達をすることにした。何往復もして大量の丸太を確保。それを材料に、アザレイ主導の下、簡易的な拠点が構築されて行く。大よそ拠点が完成したのは、第二陣の船団が到着した頃。それまでは他の冒険者とも協力して魔王軍の接近を阻止しつつ、拠点作成のための資材を集め続けた。


 第七陣の船団が到着する頃には拠点も大きくなり、小規模だが物の売買も始まる。売り買いされるのは主に魔物の素材。冒険者にまぎれてやって来た商人が、希少な魔物の素材を高く買い取ってくれるようになったのだ。これにより冒険者達のモチベーションは更に向上。人数が揃い作戦開始するまでは内陸に攻め入るような真似はしないが、攻め込んで来ようとする魔物を積極的に討伐する姿がよく見られるようになる。西の大陸に集まっていた数万の冒険者が北の大陸に集結した頃には、最初の拠点以外にもいくつかの小規模な拠点が作られ、一端いっぱしの町のような感じになっていた。


 この調子ならば何とかなる。誰もがその希望を胸に、直近に控えた大規模攻勢に備えていた。何人もの職人が武器や防具の整備をして、冒険者達は作戦を吟味して。今はまだ北の大地における南端しか確保出来ていないが、それを徐々に広げて行くのが、全体としての大まかな方針だ。


 まずは北の大地に安定して住み続けられる町を作ること。そこに各種の職人達を多く呼び込み、物資の生産ラインを構築。更に冒険者を募り、戦力を拡充してから、一気に仮称魔王城を攻略するというのが今のところの共通認識である。魔王を討伐し、北の大地を奪還すること。そうすることで人類は初めて勝利したと言えるのだ。その目標達成のために、誰しもが全力で各々の役目と向き合い、ついにその日、大規模攻勢に入る時が来た。

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