第十八話 新しい装備のために

 工房の入り口の前まで来ると、一仕事終えたらしいディクシズじいさんが手ぬぐいで汗を拭きながら出て来る。この地域はだいぶ気温が低いと言うのに、上半身は裸だ。もちろん工房の中はがあるので暑いのだろうが、流石はディクシズじいさんと言ったところか。どこまでも元気である。


「何じゃ、坊主。どこかで見た顔じゃな」


 俺の視線に気付いたのか、ディクシズじいさんが声をかけて来た。眼力が強いところも相変わらず。初見ならば思わず尻込みをする者もいるだろう。


「ディレイドだよ。勇者パーティーにいた魔法使いの」

「……ああ、あの時の坊主か。何でこんなところにおる。東に行くと言っておったじゃろ」

「いや、それなんだけどさ。勇者様に言われてね、勇者パーティーは抜けたんだ。今は冒険者をやってるよ」

「……勇者パーティーの役目を投げ出して冒険者か。大したご身分じゃな」

「それを言われると耳が痛い」


 ディクシズじいさんは俺の背負っている剣に気付いたのか、眉をひそめる。


「何で儂の剣を背負っとる。坊主は魔法使いじゃろ」

「それに関してもいろいろあってね。新しい戦い方を模索中なんだよ」


 俺の後ろに待機している女性陣の面々を見て、ディクシズじいさんはこれ見よがしにため息をついた。


女子おなごばかり連れおって。誰かを守りながら戦って生き残れるほど、この土地は優しくないぞ?」

「彼女達は立派な戦力だよ。勇者パーティーにいた頃よりも連携が取れてるしね」


 俺がそう言うと、ディクシズじいさんは「ふん」と鼻を鳴らす。


「それで、そのボロボロの装備を何とかしに儂のところに来たのか? 坊主の魔法があれば、味方なんぞお飾りだろうがよ」

「俺の魔法だけで何とかならないから、いまだに魔王軍の侵攻を許してるんだよ」


 ここまでのはぐれとの戦いで、それぞれの武器も防具もだいぶ消耗していた。大切に使えばまだ充分に使えるだろうが、これから向かうのは最前線。大切に、などと言っていられる場所ではない。


「じいさんだって、このままじゃいけないと思ったから、こんな最前線にまで来たんだろ? だったら、その腕を俺達のために振るってくれないか?」


 ここで素直に頷くじいさんでないことは百も承知。案の定、ディクシズじいさんはやれやれと言った感じで首を横に振った。


「聖剣は打った。それに勝るとも劣らない出来の剣もそこにある。それ以上に何を望むと言うんじゃい」

「名工ディクシズの持てる全てを」


 そこには当然職人としての技術は含まれるが、俺が求めているのはそれ以上。知識に知恵、人脈、そして熱意。名工ディクシズを名工たらしめる全てを欲しているのだ。そこに無理難題がつくことは想定済み。その上で、俺は彼に、持てる全てを吐き出せと申し出たのである。


 俺の表情から多くを悟ったらしく、ディクシズじいさんは大きく息をつきながら俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「高くつくぞ?」

「一応金なら充分にあるけど、じいさんが欲しいのはそんなもんじゃないだろ?」

「わかってるじゃね~か」


 そう言ってディクシズじいさんが初めて笑う。勇者パーティーとして聖剣を打って貰った時でさえニコリともしなかったあのディクシズじいさんが、人前で初めて歯を覗かせたのである。


「儂はな、すぐおっちぬ奴に儂の打った武器を持たせるつもりはねえ。前会った時は勇者パーティーっつう建前があったから見逃してやった部分もあるが、今回はそうじゃあねえからな。まずは実力を示せ」

「具体的には?」

「まずはここ数日で押された分の戦線を押し返して見せろ。相手は五万はくだらねえっつう話もあるが……。まさか尻込みしたりはしねえよな?」


 前線の押し返しとは、また随分な要求を出されたものだ。しかし、裏を返せば、それだけ厳しい状況にあると言うことである。どちらにせよ戦うつもりで来たのだから、それ自体は問題ない。だが、消耗した装備品でどこまで戦えるか。そこが問題だ。


「やれって言うならやるけどさ。その前に装備品のメンテナンスくらいは引き受けて欲しいんだけど」

「心配せんでも、そのくらいは面倒見てやるわい。装備品の状態が悪いから失敗した、なんていちゃもん付けられたくないからの」

「武器はともかく、防具の方はどうするんだ?」

「儂を誰だと思っとる。防具の一つも作れんような奴と一緒にするな」


 これは流石に驚きである。すっかり武器専門だと思っていたのだが、どうやら名工の名は伊達ではないらしい。防具も扱えるとは恐れ入った。


 そういう訳で、俺達は一時装備品をディクシズじいさんに預け、宿屋を探しに出る。かねと名誉を求める冒険者も多く訪れているこの町は、集まる人間に対して宿屋の数が少ない。元々観光などが盛んな土地ではなかったのだろう。今は有事ということで、一般家庭の空き室なども解放されているとのことだ。


 いくつか宿屋を回ってみて、空いていたのは二人部屋が一室だけ。それでもないよりはマシだろうとその部屋を確保し、食事を済ませて、この日は早々に休むことにした。


 もちろんベッドは女性陣に女性陣に使ってもらうことにして、俺は床で横になる。圧倒的物量で攻めてくる魔王軍には昼も夜もないので、この瞬間も前線で戦っている者達はいるだろうが、俺達が焦ったところで何が変わる訳でもない。今俺達がやるべきは装備品のメンテナンスが終わるまで身体を休め、いざ戦場に立った時に全力を出せるようにしておくことだ。


 硬い木の床は寝心地がいいとは言えないが、壁も屋根もあるので野宿に比べれば環境はいい。見張りは町に滞在中の冒険者が交代で担当しているらしいので、その点も気が楽だ。何かあれば警鐘がなると言うし、このまま眠ってしまっても問題はないだろう。


 俺は意図的に意識を落とし、眠りにつく。この辺りの切り替えは師匠に師事していた頃から散々おこなっているのでお手のものだ。こんな寝つき方がすっかり馴染んでしまったが、平和な世の中になれば、もっと自然な眠りにつける日が来るのだろうか。俺は振るい記憶にある実家での生活を思い起こしつつ、朝までゆっくりと眠りについたのだった。


 バルデアシクを訪れてから二日。メンテナンスが終わった装備を身につけ、前線に向かう準備を整える。この二日だけでも戦線が押されていると言うのだから、魔王軍の侵攻もいよいよ本格的になって来たと言うことだろう。ディクシズじいさんに言われた押し返すべき戦線の範囲は広くなってしまったが、それはそれ。きちんと結果を残さなければ、あのじいさんは認めてくれない。ならば全力を持ってことに当たるだけだ。


 町を出て前線に向かう俺達。既に戦闘によるものと思しき音が響いてきている。既に最前線を経験済みのスフレとノルはともかく、ラキュルは大丈夫だろうか。そう思いラキュルに視線を送ると、彼女は俺の目をしっかりと見据えた上でコクリと頷く。その瞳に浮かぶのはおびえではなく、明確な覚悟の色だった。とりあえず前線の雰囲気に飲まれてはいないようである。


「ラキュル。無理はするなよ?」

「ここまで来たら、多少の無理は無理の内に入らないと思います」

「それはそうだけど。死んじまったら意味がないんだ。やばいと思ったらまず自分の身を守れ。封印術は絶対にこの先必要になる。その点ではスフレやノルよりも命の優先度は高いんだからな」

「そんな言い方をしたら、お二人が可哀想ですよ。大丈夫です。ちゃんと自分の身は守って見せますから」


 力強く拳を握るラキュルを見て、俺も覚悟を新たにした。いざと言う時はラキュルの封印術に頼ってでも、三人を守る。他の人員には申し訳ないが、見知らぬ誰かよりも見知った仲間だ。封印術で魔王軍の戦力が多少でも下がれば、その分俺が対処出来る幅も広がるのだから、視野に入れておくのはありだろう。


 前線の様子が見て取れる距離まで来たところで、俺は神代魔法の詠唱に入った。まずは以前ロンタールでも使った光系統の神代魔法――サンライズレインフォースを戦域全体に放つ。大半の魔物はこれで一層出来るだろうが、それでも生き残るしぶとい個体はいるものだ。残った魔物は逐一対処しつつ、戦線の押し上げを図る。魔物さえいなくなれば戦線の押し上げは他の冒険者が進めてくれるだろうし、俺達は魔物の討伐に専念すればいい。


 とりあえず、女性陣に戦場を駆け抜ける準備をさせ、俺はサンライズレインフォースを放った。降り注ぐ光の雨が魔物を駆逐して行く。始めこそ突然のことに戦場の冒険者達は混乱した様子だったが、すぐにそれを好機と見て、戦場が勢い付いた。冒険者達は雄叫びを上げながら、ダメージを受けている魔物に飛び掛り、とどめを刺して行く。俺達もそれに混ざり、生き残った魔物を処理しながら一気に戦場を駆け抜け、壁のように並んでいる魔王軍の集団に突っ込んだ。

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