第四章 世界最強の魔法使い、いざ最前線に挑む

第十六話 挨拶はしないで

 朝。と言っても、降り続いている雪の影響もあって、まだ周囲は暗い。荷物をまとめた俺達は、里を出立しようとしていた。昨晩の内に小船を一艘いっそう貰う交渉を済ませておいたので、後は船に乗り込み、海流に乗るだけである。


「本当にいいのか? 家族とちゃんと話をしなくて」


 俺の問いかけに、ラキュルは小さく頷いた。


「いいんです。元々帰ってくるつもりはなかったんですし。それにディレイドさんと一緒にいなければ、そもそも帰ってくることは不可能だった訳ですから」


 出て行くと決めた時から自分は何も変わっていない。そう言いたいのだろうか。里に帰らないと言う選択をしたこと自体は俺も同じなので、ここは彼女の気持ちを尊重するべきだろう。


「わかった。それじゃあ出発しよう」


 貰い受けた船が泊めてある入り江を目指し、雪の中を移動。来る時の氷の平原とは真逆の方角だが、そこに辛うじて凍り付いていない入り江があると言う。里の人間はそこから海に出て、りょうをすることもあるのだとか。言われた通りに崖を回り込むように伸びている海沿いの道を進むと、やがて視界が開け、入り江に到着した。


 手はず通り、目印となる赤い布が巻かれている小船に乗り込み、海に漕ぎ出す。来る時に使った船よりも幾分小さいが、作りがいいのか、思いの他安定感があった。しばらくを使って進んでいると、やがて海流に乗ったのか、進行速度がぐんと上がる。ラキュルが言うには、このまま海流に乗っていれば、東の大陸の南端に辿り着くらしい。港に直接入ってしまうと停泊料を取られるし、この先この船を使う予定もないので、少々もったいないが東の大陸に着いたら焼き払ってしまうのがよいだろう。封印術師の里の存在が明るみに出るような状況は作るべきではない。


 ラキュルの話では東の大陸まで数日はかかるとのことだったが、里長の封印術の効果範囲の外に出れば、俺の魔法で進行速度を更に上げることが出来る。早い時間の出発だったので、日のあるうちには何とか東の大陸に到達できるはずだ。


 海流に乗り進むことしばし。ようやく魔法が使えるようになった頃には、雪はやみ、日が高く昇り始めていた。俺はすぐさま魔法を発動させ、船を一気に進める。


「相変わらず楽でいいな~、これ。この疾走感もたまらないし」


 そう言ったのはノルだ。一応海洋性の魔獣などの襲撃に備えて警戒はしてもらっているものの、今のところそのような兆候は見られない。


「俺は魔法の制御に気を使ってないといけないから、楽じゃないんだけどな」


 俺が気を抜こうものなら、船は俺の魔法の出力に耐えられなくなり、瓦解がかいするだろう。いくら強化魔法で強度を上げているとは言え、所詮は木で出来た船だ。波を割り船体への負担を軽減する水系統魔法の補助のバランスが崩れれば、推進力と波の圧迫に耐えられなくなる。乗っているだけなら楽なものだろうが、これらの魔法の微調整を常に行っている俺は、それなりに疲れるのだ。


「ディル。あんまり無理はしないでも。ラキュルの言う通り、来た時と違って海流に任せるだけでも船は進むんだし、多少時間がかかっても消耗が少ない方がいいんじゃない?」


 スフレはそう言うが、海上と言うのは日差しを遮るものがないし、飲み水の確保も出来ない。時間をかけるということは、乗っている全員の体力を消耗することに直結するのである。その旨を伝えるとスフレも返す言葉がなかったようで、黙りこくってしまった。もちろん俺のことを心配しての言葉だということはわかっている。それでも全員が消耗するよりは俺一人の消耗で済む方が効率はいい。疲れると言ってもそれはあくまで精神的なもので、魔力が底を突く訳ではないのだ。


 そんなこんなで東の大陸へと到着。日が暮れるにはまだ若干の余裕がある。今なら近隣の村くらいまでは歩けそうだが、どうしたものか。


「今日はここで休もう? 船の処分もあるし、そんなに急いでもしょうがないよ」


 言い出したのはスフレだった。たぶん俺の消耗を気にしているのだろう。相変わらず心配性である。


「船の処分なんてそう時間はかからないし、俺ならまだ行けるぞ?」

「ダメ。休むの。最前線は辿り着いて終わりって訳じゃないんだから」


 言われてみれば確かにその通り。師匠の影響もあるのだろうが、俺は俺自身の負担に関して軽視する傾向にある。普段から様々な魔法で自らの身体を拘束しているのだし、眠っていても負荷がかかり続けているのだから、一々気にしていられないと言うのが本音だ。そう考えると、封印術師の里での一晩は、何と快適だったのだろう。多少寒さは身に染みたものの、一切の負荷がない状態での眠りは久しぶりだった。


 そういう訳で、本日は何もない海岸沿いで一晩を明かすことになる。スフレは俺に休むことを強要し、ノルとラキュルを連れて食べ物を探しに出てしまった。残された俺は他にやることがないので、風系統魔法で少しずつ船を解体し、それを薪に火を起こす。海水に濡れた部分は火系統の魔法と風系統の魔法を組み合わせて乾燥させ、少しずつ火にくべて行った。


 一人きりでこんなにのんびりした時間を過ごすのはいつ振りだろう。いつも自ら率先して何かをしていたので、待つということ自体が珍しい。もちろん最前線に行けばこんな時間を過ごすことはないのだから、今の内に堪能しておくべきか。


 揺らめく火を眺めつつ、俺は里にいた頃を振り返った。あの頃はまだ魔王軍による侵攻はなく、世界が平和とされていた。封印術師の里で聞いたこととは食い違いがあるが、少なくとも、今のような激戦が繰り広げられていたという記録はない。


「ほんと、何なんだろうな」


 仮に、二百年前に魔王が討伐されていなかったとして、当時の勇者パーティーはどうなったのだろう。俺の知る歴史では勇者は元の世界に帰還したことになっているし、その仲間達もそれぞれの故郷に帰ったことになっている。しかし魔王に負けたというのなら、それは成立しない。女神アルヴェリュートもその事態に対して、何かしらの行動を起こすはずだ。しかし、神託が下ったのは二百年後。対処と呼ぶには時間がかかり過ぎである。


 その神託にしても、解せない点はいくつもある。中でも俺が最も重要視しているのは、神託の下り方が二種類あること。幼少の頃に一度だけ、夢という形で神託を受けた俺とラキュル。魔王軍が侵攻を開始してから、起きている時に度々たびたび声のみで神託を受けていると言う他の面々。この違いは一体何なのか。割合で言ったら俺とラキュルの方が少数派。神託を受けた回数も踏まえれば、俺達の方が間違いなのではという疑いも立つ。しかし、女神の加護と言わざるを得ない能力を、俺もラキュルも持っていた。


 俺の場合は無尽蔵とも言える魔力と超高速詠唱、そして明らかに人間の限界を超えた身体能力。ラキュルの場合は本来不可能なはずの封印術の遠隔使用と、独力でそれを編み出す頭のよさ。一見ラキュルの加護が少ないように見えるが、これに関しては、俺の身体能力がそうであったように、まだ判明していないだけという可能性もある。


 勇者様を始め、パーティーのメンバーはそれぞれ人並み外れた強い能力を持ってはいたが、俺やラキュルと比べると見劣りすると言わざるを得ない。やはり二つの神託の種類が、俺達の能力の差を決定付けていると見るべきだろう。


 これから最前線に向かうに当たり、この謎を解明しておきたいというのは我侭わがままだろうか。いや、例え我侭と言われようとも、俺の直感が「この違和感は見逃すべきではない」と囁いている。とは言え、真実を知る手がかりがある訳でもない。今更各国にある文献を読み漁ったところで新たな発見があるとは思えないし、そもそもそんなことに時間をかけている場合でもないのが実状。勇者パーティーが瓦解している今、人類側にまともな戦力はないのだから、一刻も早く最前線に向かうべきだ。


 せめぎ合う二つの目的。真実を知りたいという欲求と、戦わなければならないという現状。後者に関しては時間に猶予はないが、二百年前の真実を知らずに魔王に戦いを挑むのは無謀だとも捉えられる。やはり二百年前の真実を知る存在が必要だ。そして、それが可能なのは恐らく女神アルヴェリュートのみ。しかしながら、スフレやノルの話を聞く限り、声のみの方の女神アルヴェリュートは信用に欠ける部分がある。ここはやはり、俺やラキュルの夢に出てきた方の女神アルヴェリュートにもう一度会いたいところだ。この両者の女神アルヴェリュートが同一の存在なのか、はたまた別々の存在なのか。それを確かめるすべは持ち合わせていない。どちらにせよ、鍵となるのは二百年前の真相なのだろう。


 結局、答えが出ないまま女性陣が帰ってくるのを迎えることとなった。二百年前に何があったのか。俺達はその真相を知らないまま、最前線に挑むこととなる。

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