第七話 新米冒険者二人

 多少日は開いてしまったものの、ラキュルをいつまでも野宿させておくのも忍びない。盗賊の襲撃から数日経ち、町にも活気が戻りつつあるので、俺は思い切ってラキュルを冒険者登録させることにした。生きて行く以上、何をするにも金はかかるのだ。


 冒険者登録をするに当って、彼女が封印術師であるということは隠さなければならないので、適当にここに来るまでの経緯をでっち上げる必要がある。聞けば、彼女は故郷の里を一人で出ていた際に盗賊に出くわし、奴隷商に売り渡されたらしい。そこで封印術という稀有な技能の持ち主であることが発覚してしまい、ウェインズに高額で買い取られることになったのだとか。と言うのなら、それを素に少々話を改変し、「奴隷商に捕まったがそこから逃げてきた」と言った具合にすれば、然程怪しまれずに登録を進められるかも知れない。後は登録に必要な役職だが――。


「封印術以外に出来ることってあるか?」

「……家事は一通り出来ます。これは先日も申しましたが、ある程度の隠密行動が可能です。後は薬草の知識と調合が少々と言ったところでしょうか」


 なるほど。調合まで出来ると言うことは、薬師くすしとしての最低限の知識はあるということか。


「今までに調合したことがある薬は?」

「ポーションと、毒消し全般、麻痺毒に媚薬も作りましたね」


 媚薬はともかく、回復と一通りの毒消しが出来るのならば薬師としては申し分ない。基礎があるのならば、この先経験を積んでレシピを揃えれば更に多くの薬を作ることも可能だろう。とりあえず今は薬師として登録しておくのが無難かも知れない。そういう訳で、俺はラキュルを連れてギルドへを向かった。


 セレーネさんに身寄りのない少女を保護したと言うていで話しかけ、事前に用意しておいた嘘の経緯を本人の口から語らせる。攫われたのが幼少の頃だったので故郷の場所も名前もわからないと言っておけば、深くは追求しないのが冒険者ギルドのいいところだ。尤も、それ故に多少人間性に難のある者も多く集まる訳だが。


 ラキュルが冒険者登録をしたいというむねを切り出し、薬師と言う形で登録を済ませる。お決まりの説明と俺の時も話していた注意点の説明を受け、無事、ラキュルの冒険者登録が完了した。


「ラキュレイさんは薬師なので、誰か戦闘をおこなえる人とパーティーを組むのがいいですね。今はまだ最低ランクなのでほぼ危険はないですけど、ランクが上がれば採集系の依頼でも危険度が増すので」

「パーティー……」


 呟いてから、ラキュルが俺の方を見る。


「それはいいですね。元勇者パーティーのディレイドさんと一緒ならそうそう危険はないでしょうし、初心者が組むならこれ以上の相手はいないと思います」


 封印術という秘密のこともあるので、見知らぬ誰かと組ませるのは危険が伴うかも知れない。面倒を見ると決めた以上はしっかりサポートしてやるのがいいだろう。


 何を考えているのか。少し思案するようなしぐさを取ってから、ラキュルが言った。


「ディレイドさん。私とパーティーを組んでいただけますか?」

「俺は構わないよ。一緒に行動していれば俺の薬学知識も教えてやれるだろうし」


 という訳で、俺とラキュルは正式にパーティーを組むこととなる。表面上は新米冒険者二人だが、俺は元勇者パーティーの魔法使い。ラキュルはその俺の魔法すら全て封じてのける封印術師。異色中の異色とも言える組み合わせだ。


「それでは、早速依頼を受けてみますか? 先日の盗賊襲撃を受けて、大量のポーションの納品依頼が来てるんです」


 一口にポーションと言ってもいろいろな種類があるが、今回依頼されているのは最低ランクのポーションと、その一つ上のランクのハイポーションのようだ。ハイポーションくらいなら俺も作れるし、素材となる薬草は森で手に入るのは確認済み。依頼の数が数なのですぐには終わらないだろうが、手間はそれほどかからない。


 一方ラキュルはと言うと、自分のせいだという罪悪感があるらしく、依頼書を見詰めながら眉をひそめている。命令されてやったこととは言え、ラキュルが封印術を使わなければ被害はここまで出なかったのだ。


「じゃあ、出来るだけ納品数の多い依頼からお願いします」


 俺がそう口にすると、ラキュルは俺の顔に視線を動かした。


「そんな顔するな。薬師としての腕の見せ所じゃないか。君の技術が人を助けるんだ。不満はないだろ?」


 しばらく考えてから、ラキュルはコクリと頷く。諸々の事情を知らないセレーネさんは、初仕事に不安を抱いていると解釈したようで、ラキュルにこう声をかけた。


「ラキュレイさん。初めてのお仕事なんですから、そう硬くならずに。気楽に行きましょう。あまり気負っていると、普段出来ることも上手く行かなくなってしまいます。幸い素材は森に行けば大量にありますから、例え何度か失敗しても、なくなる心配はないですよ」


 例えその言葉が悩みの本質と違っていても、真心を込めた言葉と言うものは、ちゃんと相手に届くものだ。セレーネさんの気遣いで少し心が軽くなったのか、ラキュルは力強く頷いて、出された依頼書を手にしたのだった。


 「早速ポーションの素材を集めに森へ」とも思ったが、ラキュルの格好を見て俺は方針を変える。


「なぁラキュル。森に行く前に服を新調しよう。流石にその恰好は目立つ」


 奴隷服という訳ではないが、よれや汚れが目立つ今の恰好では、あまりにこの町の雰囲気と不釣合いだ。実際、通りですれ違う人の何割かはラキュルの服装を見て眉をひそめている。


「でも、服を買うようなお金は持ち合わせがありません」

「そこは俺が払ってやるよ。奢られるのが嫌なら一時立替ってことでもいいし」


 ラキュルは自分の服装と周囲の人達の服装を見比べ、小さく首を縦に振った。


 流石は商業都市と言ったところか。衣服を売る店はいくらでもあったが、これから森に入るのに豪華なドレスと言う訳には行くまい。冒険者をやって行くのなら、多少地味でも動き易く丈夫なものがいいだろう。何件か店を回ってみてよさ気な服を売っている店を探し、上下の衣服と靴、それから簡易的な防具を買い揃え、かかった金額は五千リラほど。冒険者ではない一般の人の収入が一日換算で大体八百から千リラだと言えば、どの程度の支出であるかはご理解いただけるだろう。俺の場合は先日の月華草が最高品質で買い取ってもらえたのと、盗賊撃退の特別報酬があったので何とかなった、と言った具合である。


「すみません。こんな高価なものを……」

「いや、いいんだ。これくらいは冒険者としてのランクを上げて行けば、すぐに出せるようになる額だし」


 結局、冒険者登録祝いということで俺が支出する形で話がつきこの件は終了。その足で早速ポーションの素材を集めに森に向かうことにした。


 ポーションの素材となる薬草は森のいたるところに生えている。森に入ってすぐのところは他の冒険者が既に採取した後なのかほとんど残っていなかったが、この植物は非常に生命力が高いので、根さえ残っていれば、数日中にまた生えてくるのだ。


「この辺りは刈り尽されてるな。もう少し奥の方に行こう」


 盗賊襲撃の一件があったからか、ところどころで辺りを周回している冒険者も見かけたが、恐らく彼等は警備要員として依頼を受けた口なのだろう。まだ盗賊の残党が残っているかも知れないという警戒心があるのはいいことだ。彼らにはこのまま見回りを続けて、治安維持に努めてもらうのがいいだろう。そうすれば薬草採集に向かう他の新米冒険者も安心して依頼をこなすことが出来るし、それによってポーションが潤沢に供給されれば、その分町の復旧が捗るのだ。


 しばらく森の奥に向かって進んだ頃。まだ荒らされた様子のない薬草の群生地を見つけることが出来た。ちょうどハイポーションの調合に使える薬草も一緒に生えているので、これは都合がいい。俺達の他に冒険者は見当たらないので、俺は魔法で一気に刈ってしまうことにした。


「ラキュル。魔法を使うから少し下がっててくれ」

「……わかりました」


 ラキュルが安全な位置にいることを確認してから、俺は詠唱を開始する。


「風よ。やいばとなりて、我が敵を切り裂け」


 俺が唱えたのはウインドカッター。風系統の現代魔法の中では最もポピュラーな攻撃魔法である。通常であれば効果範囲はそれほど広くないのだが、俺の場合は女神の加護があるため効果範囲は段違い。その分威力を調節しなければ、薬草は粉みじんになり使い物にならなくなってしまうものの、俺はこの程度の魔法で魔力の扱いを失敗したりはしない。そうして辺り一帯に生えていた薬草を、根元から綺麗に刈り尽くす。


「すごい威力ですね。現代魔法でこの威力とは」

「これくらいは序の口だよ」


 続いて複数の風系統の魔法を組み合わせた複合魔法を使う。一度トルネードで巻き上げた薬草をウインドショットを連発して打ち落とし、種類ごとに選り分けて行った。


「見事な魔力コントロールです。これほどの魔法使いには今まで出会ったことがありません」

「まぁ、ラキュルの封印術を使えば、これが全部使えなくなる訳だけどな」

「それで残るのがあの身体能力なのでしょう? 無敵なのでは?」

「魔法が使えなくなっても戦える肉体作りは意識してたけど、俺もまさかあそこまでになるとは思ってなかったんだ」


 選り分けた薬草が地面に並ぶ。後はこれを回収して町に運び、時間をかけてひたすら調合するだけだ。


「俺がこっちの大量の方を運ぶから、ラキュルはそっちの少量の方を運んでくれ」

「相対的に少量ではありますが、それでもかなりの量ですね」

「どうせすり潰して使うんだし、かごに詰めるだけ詰めて、それでもダメそうなら一度帰ってもう一回取りに来よう」

「……他の人に取られたりしませんでしょうか」

「まぁ、その時はその時だろ。森に生えてる植物に占有権がある訳じゃないんだし」


 少々不満そうな様子のラキュルをなだめつつ、かごいっぱいに薬草を詰め込んで行く。重量はかなりのものになるだろうが、そこは身体強化の魔法があれば女性でも苦にはならない。全く、現代魔法様々さまさまである。


 かごに収めることが出来たのは、全体の半分ほどと言ったところか。先も言った通り、ここは一度帰ってから、もう一度来るのがいいだろう。


 そんな訳で、二度に分けて薬草を宿屋に運び込み、それぞれ調合を開始する。もちろんラキュルの分の部屋は別に確保した。ラキュル自身は、お金がかかるし、自分は床で寝るからと言って俺と同室を希望したのだが、年頃の男女がそうホイホイと同室で過ごすのもよくない。ラキュルの正確なとしは聞いていないが、俺とそう大差ない年齢であろうことは間違いないだろう。最終的には、俺が調合に集中するためだと言いくるめて、別室にすることに成功したのだった。

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