第39話

「どうして首がない? 事故か……その切断面は」

 マジマジとコウはみる。しっかりみると由貴や他のグロ耐性が無いものには耐えられないだろうがコウは平気らしい。


『よくみれるわね……って私もみてないからわからないけど』

「……首から下は綺麗だから頭から上だけ吹っ飛んだ……」

 実月はフフフと何処からか笑った。

『ええ、爆弾です。完全に人を殺すための』

「……そんな物騒な。完全に頭がないってことは」

 コウは考えただけでも無惨だ、と。

『そうね、原型とどめないほどの威力と精巧なものだったのかしら。夫を……あ、マスターのことね。彼は元探偵と知っているわよね』

「ああ」


『彼に恨みを持った人間による犯行。彼の代わりに私が死んだ。犯人は誤算だったかもしれないけど私を失って夫は苦しんだ……、そう思うと誤算ではないか』

 とても穏やかで笑顔の素敵なマスターにそんな過去が。コウはあえてこの首無し実月をみてもみないふりをしていた。


『なんでわたしのことに触れなかったの?』

「あえてみなくてもいいように訓練している」

『そんな便利なことできるのね。まぁ人も見えてることを見えないふりしてる、そんなことも多いけど……』

 と現代社会をチクリと。彼女の衣服はブラックのシャツとブラックスーツ。だから返り血も付いていても気づかない。


「貴方は探偵事務所の……」

『ええ。助手……だったわ』

「探偵と助手の禁断な恋、ってか」

『禁断って……言い方』

 少し実月は恥ずかしいのか声が裏返った。

「失礼、失礼」

『ああ……渚ったら、どうしてこんな人を好きになったのかしら』

「え?」

 コウはそう実月に言われて

「……そういうことか」

 とようやくわかったようだ。


『ほーんと、疎いんだから……まぁうちの夫も疎いんだけどねっ』

 実月がそういうとカウンターの奥からマスターの大きなくしゃみが。


「……ここで死んだのか」

『元々探偵事務所……今の事務所で爆弾を受けて死んで。あそことこの喫茶店を行き来してるの。その方が夫も娘も一緒にいられる』

「でも今は美帆子さんが……」


 するとまた実月から笑い声が。

『夫と美帆子さんをくっつけたのも私なんだから』

「嘘だ!」

『だってあの人は私が死んでからずっとうじうじ。探偵業も廃業して喫茶店なんて開いて、なのに魂ここにあらず状態で。たまたまここに訪れた有能そうな美帆子さんとマッチングしたわ』

「……マッチングって、アプリかよ」

 とんだお世話やきな幽霊だとコウは思いつつも実月の話を聞く。


『美帆子さんも子連れバツイチ、某有名塾講師のエリート人材。だけど身寄りもなくて彼女も行き場を失っていた……だからちょうどいいと思って』

「お節介だな」

 つい口に出してしまったコウ。また実月は笑った。


『……このチャンス滅多にないんだからー。夫と渚が幸せにちゃんと生きていくためならば……夫が他の女性と結ばれることは、躊躇わないわ』


 と言いつつも実月の声が弱くなる。

『私がちゃんとあの時あの小包を外からしっかり確認しなかったこと、それがいけなかった』

「確認するって……外からではわからないでしょうに」

『だけども怪しいと思ったら……ああ。私が死んでから夫は人生が変わってしまった。本当に申し訳なかった。だからこそ……私は前のようなハツラツとした姿に戻って欲しかったのよ。しょうがない、ええ』

「……しょうがないでいいのかよ。今ではマスターもこうして喫茶店で第三の人生歩んでるし。渚さんもお店手伝って……まだ恋の一つや二つはしてないけども元気に過ごしている」

『たく、あなたはデリカシーのない。言葉を選びなさい! それにまだ成仏しませんわっ!』

 とテーブルを叩く。すごい音だ。上に置かれた食器たちも音を鳴らす。


「やっぱり渚さんが心配?」

『そーよ! どうやら美帆子さんは渚が好きなあなたとくっつけたいようだけど私は如何にもこうにもあなたみたいな胡散臭そうで不安定な職業の方はご遠慮願いたいわ。それに何かあったら私、じょれいされちゃいそうだし!』

「ストレートに言うなぁ。胡散臭いとかはよく言われますから別にダメージはないが。それよりも選り好みしてたら婚期遅れるよ? 俺だってあんな奥手な娘さんはご遠慮願いたい」

『ああ、それはありがたい』

 実月はやや声が震えてる。するとコウはハッと思い浮かんだ。


「由貴はどうですかね?」

『断固して許しません』

 即答であった。

『……あなたと同じ。でも優しそうで背も高い。胡散臭さはないからまだ候補に入れてもいいわ』

「……俺は候補に入れないのかよ」

『渚の推薦枠、てことね。それよりも安定の公務員……よく探偵事務所時代にお世話になった茜部あかなべ刑事や部下の宮野兄弟とか……そうそう冬月、と言う男は論外。あの女たらし……今は何してるか知らないけど』


 コウはため息を吐いた。

「……娘が無事結婚するまでは成仏しないってか? はぁ、悪さはしないでくださいよ」

『するわけないでしょ……したら呪うわよー』

 コウは手を構えると実月はのけぞる。

「成仏させるので呪えませんから、残念! それよりも呪うならあなたの頭を吹き飛ばした爆弾を作った犯人でしょ」

『そうよね、でも呪ったところでどうなるやら。犯人は捕まったし……。おねがい、しばらくまだここにいかせて』

 と実月は手を合わせる。コウはやれやれと。

「……わかりました、変なことをしなければ大丈夫」

『ありがとう……でもあなたと渚はダメ』

「するわけない」

『よろしい。あ、これ私からのお願いだけど公務員や金持ちいたらジャンジャン連れてきて……』

 首無し美月は浮かれている。

「でもあなたは公務員と結婚しませんでしたよね」

『だからこそよ! 探偵業も不安定だったのよー』

 あ、これはまた話が長くなるぞ……とコウ。

そこに美帆子がもどってきた。実月はフワッと消えた。

「ごめんごめん! もー天狗様から連絡きて。厄介な案件だけどできるかー? って」

「……天狗様からの厄介な案件、すごくキラーコンテンツだな」

 嫌な予感しかない。


「ちょっと調べたけどどうやら過去の大きな事件に関わるものだから……」

「そういうの結構動画で上げづらいんだよな」

「まだ動画にこだわるの? 最近は動画よりも数秒で終わる動画の方が人気みたいだけど」

「ああ、なんか最近の若いやつはすぐ飛ばしたがる」

「……あなたも若いでしょ。倍速するとかみんな忙しいのよ。私もするけど」

「よくんからんなぁ」

 少し美帆子がギロっと睨んでいる。

「私よりもせっかちなくせに」

「どこがせっかちだ」

 美帆子は笑った。


「やっぱりあなたは、疎い! そんな人に渚はダメだわー」

 えっ、とコウは言うと奥から美月がのぞかせた。


 二人の母からダメという烙印を押されてしまったコウであった。


「知るかっ!」

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