第37話

「今日はお疲れ様でした」

 美帆子が報告書に目を通す。コウのあまりにも汚い字に読むのにも時間がかかったようだ。

「お疲れどころじゃない……」


 コウと由貴は真津探偵事務所で本日の業務の報告をしに美帆子のもとにやってきた。

 2人は全身汚れていて、ボロボロである。事務所に来なくてもいつもみたいにネットで報告書を送信すればよかったのだがこんな日に限ってシステムエラーが続いてわざわざやってきたのである。


「本当すいませんね、私が過去から依頼されている件を引き継いでもらって」


 と事務所に真津マスターがコーヒーを持ってきてくれた。


「……引き継ぎの引き継ぎなんですよね」

「まぁ、そうなんですけどねぇ。本当すぐ失踪する猫でしてね、私の時もでしたがその前の仲間もとても苦労しましたよ」


 真津マスターは苦笑いしてそそくさと部屋を出て行った。きっとまた失踪するであろう、そうコウと由貴は思った。


「まぁこれ以外はちゃんとあなた達の能力を活かせる仕事ばかりだから。ありがとう、ご報告」

「いえ……じゃあ。由貴、行くか」


 コウが席を立とうとすると由貴が部屋の中をキョロキョロしている。何かを探しているのだろうか。


「どうしたの、由貴くん」


 美帆子に声をかけられてハッとして由貴は狼狽えて飲みかけていたコーヒーをこぼしてしまった。


「あらあら……そのままにしてね、すぐ台拭き持ってくるから。お洋服にもついちゃってるじゃない」

「大丈夫です、服はもともと汚れていたし」


 コウも近くにあったティッシュペーパーでコーヒーを拭き取る。そそっかしい由貴であるがあまりにも激しい狼狽であった。




 2人は事務所を去る。とてつもなくヘトヘトである。


「由貴、探してたんだろ……渚さんを」

「ええええっ、な、んな……」


 コウはやっぱり、と笑う。由貴は慌てる。


「渚さんに一目惚れしたんだろ」

「……一目惚れっていうか……綺麗な人だなって。コウはタイプじゃ無いんだろ」

「まぁ……美佳子ちゃんと比べたらすぐ美佳子ちゃん、だけどね」

「はぁ、てかコウは恋人いないんだよな」

「……いない、もう作る気もない」

「そうか」

「お前は渚さんとどうかなるといいな」

「……無理だよ、無理。それに渚さんは……」

 コウは、言いかけてやめた由貴の顔を見る。


「なんでもない。てかコウはこのまま結婚どころか恋人も作らず、もしもだよ……もしも僕が結婚してあの家でたら1人ってことだよね?」

 由貴がそういうとコウはすぐウン、と答えた。


「いいのか? それで」

「……いい、それで」

「僕が天狗様に命乞いして能力貰ってしまったからコウはその、えっと」

 コウは由貴の頭をポン、と叩いた。


「何度も悔いるな。俺は命助かってよかった、お前と一緒に。確かに余計な能力だし……結婚も恋人と諦めたけど能力持たなかったらどんな人生だったか、親父みたいにのんべりくらりでポックリ死、それか口達者で人騙し……これも親父だけども。そんなふうになってたかも」

「今もほぼ人騙し……」

「なにか言ったか?」

「いや、なんでも」

 由貴もそう言われたら自分もこの能力を持ってなかったら? と考えるもなにも活用してなかった身からしたら、反対に疎ましく考えていたからやはり考えは思い付かないようだ。


 でも一つ……。

「もしこの能力もってなかったら……生きていなかったら……お前と再会できなかった、こうして一緒にいなかった」


 そう由貴が言うとコウは立ち止まった。


「……もしお前がこのまま腐って同じく奥手な渚さんにでさえも告白できなくて付き合えなくて1人だったら……俺はお前と一緒にいる、それは……前から思ってた」

「コウ……」


 由貴は突然の告白にグッと手に力が入った。が、あることに気づいた。


「スマートフォン、事務所に忘れてきた!」

「は?」

「コウ、先帰ってて」

「あ、うん……バカ。そそっかしい!」

「ごめん!!」

 由貴はなんだか嬉しかった。こんなことに巻き込んでしまったコウの思いを聞けたから。




 由貴は足早に事務所に戻ろうとしたら事務所側のドアが開いてなかった。

「あれ、おかしいなぁ……」

 ガチャガチャとやっていると


「由貴くん、何してるの」

「あ、美帆子さん……」

「ごめんごめん、事務所締めてて。あ、喫茶店どうぞ」

「は、はい……スマートフォン取りにきただけです」

「あら、そうなの!」

 とどこかな出掛けていた帰りなのか美帆子は先に由貴を喫茶店に入らせ、由貴はドアを開けてどうぞどうぞと。

「ほんと熊さんみたいに大きいわねぇ」

「大きいしか取り柄ないですから」

「取り柄あるだけいいじゃない……あ、渚!」


 渚、と言う言葉に由貴は反応した。

「はい……あら、こないだの」

 何とさっきまでいなかった渚が目の前にいたのだ。

「由貴くん、正式に働いてくれることになったから。それよりも彼のスマートフォン取りに来たの」

「あ、お父さんが拾ったって」

 とカウンターの上にスマートフォンが置いてあった。

 由貴はほっとして頭を下げた。


「由貴くんもスマホ依存症? まぁ私もだけどこの現代生きる人たちはスマホ依存症よねー」

「そうですね……まぁそのおかげでネットで食べていける、そんな時代になったんじゃないですか? て、まだ僕らはこれからですけど」

「そうね、これからバンバン稼いでよ!」

 と由貴の大きな背中をバン! と美帆子は叩いた。

「は、はい」

 と目の前にいる渚は由貴を見てるが、目線は少し違った。


「あ、あの……コウさんは?」

「コウは帰った。先に」

「そうですか……。あ、これからもよろしくお願いします」

「えっ」

 これからもよろしく、その渚の言葉に由貴はなにをどうよろしく、なのか……色々考えてしまう。

「母は見ての通りきびきびしてますから……コウさんはすごく切れ味あるけどあなたは忘れ物もするし、ぼんやりしてる感じがするからちょっと大丈夫かな」

「……だ、大丈夫です」

 由貴は渚にそんなふうに思われてたのかと。彼女は頭を下げて喫茶店の台所へ入っていった。

「ごめんね、渚ったら人見知りの割にはすこし辛口でね。とか言いつつも好きな人に対しては何もアタックできずうじうじ」

「はぁ」

 うじうじされなかったイコール自分のことは好きではないのか、とネガティヴになる由貴。それはもうわかっていた。彼女はコウが好きだと。


「あ。ちょっと時間あるかしら」

「……えっと」

 帰ったらまた動画作業、SNSの更新など考えたが特に明日は昼過ぎから除霊の依頼があるだけで午前中はゆっくりと考えていた。


「よかったらすこし話したいの。コウがいるとうるさくて自分のことばかりしか話しかしなくてあなたのことも知りたいのよ」

「はぁ……」

 だが明日午前中ゆっくりできるからこそ早く帰りたかったのだが……。


「じゃあ、はい」

 断ることはできなかった。

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