第17話
それはそれは過去の話。
「この時期は仕事が忙しすぎてな……あぁ。疲れすぎてお腹が減らない」
とあるサラリーマン風の男は家に帰る前にフラフラっととある商店街に立ち寄った。いつも通らないこの道をふらふらと。
クンクンと鼻をきかす。
お腹は空いていないが美味しそうな匂いがする。焼き鳥のタレの匂い。こんな寂れた商店街で焼き鳥の屋台があるのかとニオイを辿って屋台の前に着いた。
「いらっしゃい」
男は近くに自転車を置いて屋台の椅子に座った。
お腹は空いていなかったのに自然と
「焼き鳥ちょうだい」
と口から言ってしまった。
「はい喜んで」
店主は若い。男の隣にも客がいるがあまり見ないようにしようと屋台のメニューを見ることにした。
なになにと……興味深く……焼き鳥、ビール、日本酒、ノンアル、烏龍茶、どて煮、枝豆、だし巻き卵。
「ほぉ」
種類豊富なことに感嘆してしまう。焼き鳥もタレ、塩、そのまま。選べるようである。
「俺は塩がいい」
塩でシンプルに、それが好きなようだ。
「へい」
「ついでだし巻きも頼んでいいか」
「へい」
さらにいい匂いが立ち込める。男はどっぷり疲れていたのにお腹が空いてきたようだ。店主の手ツキも良い。手際が良い。
「ずっとやってるのかい」
男は店主に声をかけた。
「ええ、この辺りで場所変えてここ数ヶ月くらいやってるんです」
「見かけんかったなぁ」
「いろんな場所で客層をリサーチしてましてね」
と言いながら店主が出してくれたのは焼き鳥。塩。
「うまそうだ」
上手に焼いているもんだと手にとっていろんな角度から見てみる男。
「ずっと料理やってたのか」
「まぁそうですね……親を2人とも早くに亡くしましてね、引き取られた祖父母もまだ現役だったので料理は僕がやってたんですよ」
なるほど、と思いながらも顔を上げるが煙でその店主の表情は見えないが、まずいこと聞いたかと男は思った。
次にだし巻き卵。
「上手に巻いているなぁ……ふむ、おいしい。なんか懐かしい味がする」
「それは嬉しいです……僕の得意料理の一つでもありますよ」
男は店主の顔が少し煙の合間から見え、口元が上がってるのが見えた。
そういえば、と、男は思い出した。
「俺の息子もだし巻き卵を作るのがうまかった。最初はお世辞にも普通の卵焼きだろ、とまぁ初めて作ってくれたしそれが嬉しくって美味しかった」
と、男は話をさらにする。
「だんだん上手になってきて弁当に入れてくれた卵焼きが上手になってきた。だしも自分でとるようになって……それに合うのはビールだけでなく焼き鳥もあると美味いなぁって言ったら焼き鳥も焼くようになってくれてな。焦げた焼き鳥。正直まずかった」
「そうなんですか」
店主は笑った。
「そのころも仕事が忙しくてな、妻が死んでから男手ひとつで……親も仕事をしていて頼れなくって俺が稼がないと暮らしていけなくてオーバーワークだった。だからついイライラしてて不味いって言っちまった。あぁ、子供相手に何言ってしまったんだよ。息子はしょんぼりしていた」
「それはそれは」
男の話はまだまだ続く。
「だが俺の息子、挫けずに何度も練習して練習して焼き鳥を美味しく焼く練習をして毎晩食わされていたっけ。だんだん上手な手つきになっていくが美味しいって真っ先に言えなくてな」
すると目の前から鼻を啜る音。男が煙の先に見えた店主の顔。話に涙をしたのか? 店主がこう話した。
「美味しいですか、お父さん」
目の前にいた店主は、そう言ったのだ。たしかに。
「お父さんって?」
男は動揺する。目の前に立つ男が自分のことをお父さんと言うことに驚く。
「お父さん、探しましたよ。ここの商店街の道で……亡くなったんですね」
「はっ? てか店主さん……な、なんとなく息子に似てる?」
店主をまじまじと見た後、男は眩暈がして倒れ込んだ。
再び男が立ち上がるとさっきの屋台はないが商店街とは変わりがない。
「そうだ、おれは早く帰りたくなって、いつもと違った道で帰ったらもっと早いんじゃないかって。たく、子供じゃないんだから」
一気に何かを思い出した男。
「こんな古びた商店街もあったのか、所々閉店してて寂れているが雰囲気は好きだ。このアーケードもいいなぁ、って思いながら歩いたんだっけな」
と、思った瞬間。
ドン!!!!!!!!!
男は宙を飛んだ。
「ヤッベェ、轢いちまった」
「うわ、俺の父ちゃん代議士だからよ……それにこの車も借りたやつだし」
「その凹みくらい俺の工場でなんとかするよ。てかこのおっさんどうする」
「……あたりくらいしな、誰も見てないし防犯カメラないからこのまま川に流すか」
「めっちゃあそこの川、流れ早いからな……」
「運べ、早よ。お前柔道日本一だろうが」
『……待てよ……俺はまだ生きている……声が出ない、体が動かない……。トランクに入れられたのか……?』
体は動かなかったが複数人の声とそれらによって運ばれる感覚はわかった男。そして意識を失った。
『あぁ、そうだ……俺は』
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