第12話

 馬鹿と天才は紙一重、天才には変人が多い、いやいや、天才は鬼畜属性に陥りやすいとでも言った方が良いのでしょうか。


「アティカス様が落ち着いたら・・私は・・離れなければなりませんね」


 お嬢様のこの一言に端を発した結婚式は、準備期間わずか十日で行われる事となりました。ウェディングドレスは、5年前から発注済みで、サイズ調整もほとんどいらないところがアティカス様の恐ろしいところです。


 他人が関わる事を極端に嫌うアティカス様ですが、お嬢様との結婚式は王宮の敷地内にある神殿で行われる事となり、参列者がお嬢様の専属侍女に昇格した私コリンナと!国王陛下だけ!なんなのこの人選は!双方の親族はどうなったんだと声を大にして言いたかったです!


 枢機卿の神聖なる神の祝詞の後にお二人は夫婦になる事を宣言し、3年前から発注済みの結婚指輪をお互いにつけあって、結婚の儀は終了の運びとなりました。


「いやあ!アティカスの婚約者がオルコット家の令嬢だという事は知っていたのだが、こんなに美しい女性だとは思わなかったよ!私がもう少し若ければ、妃として娶ることも・・」


「陛下、お仕事が待っているのではないのですか?私の婚姻を陛下が確認していただければ、あとは何も問題はないのですから、今!すぐに!帰って頂いても何の問題もありません!」


「ええー〜?アティカス君、つれなくな〜い?」


 陛下は御年五十を過ぎたナイスミドルと判断しておりましたが、意外に気さくな人のようですね。

「つれなくなんかないですよ!だからほら!頼まれていた魔石はこちらになります!」


 アティカス様はベルベッドの箱を目の前に差し出すと、三つの魔石の呪術刻印がわかるように光にかざすようにして見せました。


「実際に使ってはみましたが、年齢によって差が生じる事もあるようです。薬を用いていたとしても簡単に末期まで導くことが出来るのがポイントの一つとなりますね」


「なるほど、それで使う回数に制限はあるのか?」


「一つの石で二人ずつといったところでしょうか?使用限度を越えれば割れるようになっているので、分かりやすいかと思います」


「ふむふむ、今は使う予定はないが、なかなか使い勝手が良さそうな品だな」


 お二人の顔を見るに、きっと碌なものじゃないのでしょう。

 人の生き死にが関わったものでも平気で手を出すのが鬼畜の鬼畜所以のこと。


「コリンナ、今日は結婚式に立ち会ってくれてありがとう!」


 美しい純白のドレスに身を包んだお嬢様は本当にお美しいです、鬼畜に嫁ぐわけですから一抹の不安を感じずにはいられませんが、きっとお嬢様ならなんとかなるでしょう。


「アティカス様が落ち着けば、きっとこの結婚も解消になるとは思うのよ?」


 自信がないお嬢様は、自分がアティカス様に相応しくないと思っているし、そのうち離縁となって、アティカス様は相応しい伴侶を迎える事になるのだろうと、今、この時点でも考えているのです。


 最近のお嬢様は、アティカス様の溢れかえる殺意ドロドロも、寂しがり屋ゆえの、不安とか喪失感とか、焦燥感とか、寂しさがグルグル回って溢れたものだと考えているものですから、殺意の塊を抱きしめて宥めて安心させるように、愛ある言葉をかけてなでなでしているのです。これもそのうち改善するだろうと考えているようですが、私は一生ものだと思いますよ?見ている方は本当にもう、寿命が縮んでしまいそうですよ。


「私との結婚なんて簡単なもので良いと思っていたのに、国王様は出てくるし、枢機卿が宣誓の誓いに立ち会ってくれるし、皆様に迷惑をかけてどうしようって恐ろしくなってきちゃったんだけど、コリンナはどう思う?」


 お嬢様は何かと私の意見を聞いてくれるところがあるのですが、今日は、心の奥底からお嬢様に意見を申し上げたいと思います。


「お嬢様、私は六年前からお嬢様とアティカス様の事を見守ってきましたが、アティカス様がお嬢様を本当に、大切に大切に思っているのは確かな事実だと思います」


 六年前からアティカス様のお嬢様に対する執着はものすごいものでした、そのお陰で、私は臨時収入を常にゲット出来たというところもあるんですけどね。


「お嬢様もまた、アティカス様を大切に大切に思っているのは間違いようのない事実です。そのお嬢様が、何故、アティカス様を信じられないのですか?」


 

お嬢様がご自分に自信が持てないのは分かるんですけど、ここできちんと理解してくれないと、お嬢様はきっと明日から監禁ルートに入ってしまう事になるでしょう。


「想像してみてください。もしも、アティカス様がお嬢様に対して『結婚をしたところで君は僕よりももっと素敵な男性に目移りするだろうから、結婚式も適当なものにして、君に負担がかからないようにした方が良いだろうね』なんて言い出したらどう思います?」


 お嬢様の顔が一瞬で真っ青になりました。


「これほど大切に思っているのに、ちっとも信じてもらえなかったら、とっても悲しくなるとは思いせんか?」

「そうね・・そう思う」

「アティカス様はお嬢様と結婚するために国王陛下まで引っ張り出してきて最大限の努力をされたのです。お嬢様は、アティカス様を信じて、二人で幸せになる道を進んでいけば良いのだと思います」


 私はお嬢様の手を握りながら、涙を浮かべるお嬢様の凛とした美しい顔を見つめ、笑顔を浮かべました。


「お嬢様は色々と心配なようですが、大丈夫ですよ!どんな時でもこのコリンナがお側におりますので、万が一の時には、また、二人で旅に出ればいいじゃないですか!」


「おい、旅に出るってどういうことだ?」


 ああ、殺される。

 晴れの日なのに殺される〜。


 私の肩に置いたアティカス様の手が、どんどん食い込むように力を入れて掴みかかってきます。冷や汗を流しながら私が凍りついていると、お嬢様が笑顔を浮かべて言い出しました。


「アティカス様があんまり素晴らしい人だから、他の人に取られた時にはどうしようって心配になったんだけど、コリンナが、自分が居るから大丈夫って言ってくれて、それで安心しちゃったの。アティカス様の事は信じているけど、あんまりにも素敵な人が現れたらどうなるかわからないでしょう?」


「アラベラ!僕は絶対にアラベラ以外に見向きもしないよ!神に誓ったっていい!」


 アティカス様はお嬢様をぎゅうぎゅう抱きしめていますが、その姿を私の後ろから眺めていた国王陛下が、

「侍女殿、色々と大変そうだな」

と、声をかけてきました。

「ええ、ええ、本当に、毎日、毎日、私などは手に汗にぎる思いでいるのですが、お嬢様がのんびりというか、ぼんやりというか、あのアティカス様を『寂しがり屋』の一言でまとめて片付けてしまうようなお方なので」


「あいつが寂しがり屋?」


 気さくな王様がブフッと吹き出すと、アティカス様が鋭い瞳で陛下を睨みつけていたのでした。


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