第7話

 伯爵家は私が任される事となったのだ。オルコット伯爵家が借金を負わず、没落せずに真っ当にやっている間は、とやかく言って欲しくない。

 私が真っ当に伯爵家を管理しているのだから、後継は私が指名するのは当たり前の事であるし、みすぼらしいアラベラの代わりに可愛いオリビアが伯爵家を継ぐのは誰しも認める事だろう。


 憎きアラベラを追い出す事が出来た私は、喜び勇んでオリビアを嫡女として王家に申請すると、担当係官は上司への報告を済ませた後、

「オリビア嬢をオルコット家の嫡女としては認められません」

と、断言して来たのだった。

「な・・なぜ・・・」

「貴方が何故とおっしゃいますか?」


 中年の係官は一つ咳払いをすると、書類を広げながら説明を始めた。


「オルコット伯爵家の直系はアラベラ嬢の母であるマリアンナ様であり、貴方の兄であるステファン様が婿入りするような形となりました。事故でお二人が亡くなった後、2歳になるアラベラ嬢の後見人として貴方たち家族はオルコット伯爵家に入る事となりましたが、アラベラ嬢をゴミ屑令嬢と呼んで虐めていたのは有名な話ではありませんか」


 係官は小さく肩をすくめた。


「貴方の兄や、貴方自身もオルコット伯爵家の分家筋でもあるため、アラベラ嬢さえ居なければ爵位を継げると考えたんですか?」

「む・・娘のオリビアの婚約者は・・錬金術師として有名なアティカス殿ですし」

「それ、爵位継承に関係あります?」


 係官は後見人欄に記された私の名前を指先で叩きながら言い出した。


「それほど貴方が爵位を継承されたいと言うのなら、居なくなったというアラベラ嬢を見つけて爵位を放棄する書類にサインさせなさい。それが出来なければ、アラベラ嬢の死体を探すんですね」

「死体?」

「貴族令嬢を外に放り出して無事で済んでいるわけがないでしょう?貴方はその事実一つを取っただけでも後見人として相応しくない」


 結果が思う通り行かなくて残念でしたね!

 係官はそんな表情を浮かべて私を見ると、

「後は親族間での話し合いが必要じゃないですか?」

と言って立ち上がったのだった。


 兄と義姉の間に産まれたアラベラ、こいつのお陰で後見人として豊かに暮らしていけると感謝をしながら、こいつの所為で、私が伯爵家を継ぐことが出来ないのだと憤慨しない日はなかった。


「お父様!私に良いアイデアがありますの!」


 みすぼらしいアラベラではあるが、社交デビューをしてからというもの、私の意に反してアラベラの評判は上々であるし、天才錬金術師であるアティカスとお似合いだと言い出す輩まで出る始末。

 アラベラの評判を落とすために、姉を装ったオリビアが夜会で浮名を流すような行動に出ることで、アラベラの悪評を社交界に広めていく。

 おかげでアラベラは不貞を繰り返す悪女として評判が定着する事となったのだが、オリビアが男の味を知ってしまったがために、それを理由にしてサイラスはオリビアと婚約は出来ないと言い出した。

だとしても、別に困ることなど一つもない。ゴミ屑令嬢を気に入るくらいだから、オリビアがちょっと本気になって色香をのせれば、錬金術師の坊主だって夢中になるのに違いない。


 オリビアとアティカスが結婚して伯爵家を継ぐといえば、親族だって錬金術師の威光を前にして黙り込むのに違いない。

 伯爵家を取り仕切る能力がある私を誰も切り捨てにはしないだろうし、アラベラが邪魔なら、今度こそ本気で消せば良いだけのこと。

 どうせあのメイドと一緒に居るのだろうから、後を追いかけるなどたわいも無い事なのだから。



「オルコット伯爵、貴方は娘オリビアを使って男性を誘惑させ、その誘惑して歩く女性こそがアラベラ嬢であると妻に喧伝させ、そして自分自身は、そのような悪名を付けた上で令嬢を追放した後、令嬢を殺害するために暗殺者を雇いましたね?」


 オリビアが居なくなってから半年後、裁判に連れ出された私は、針のような視線で私を見降ろす階段観覧席に座る貴族たちの姿を見上げながら、

「私は!暗殺者など雇った覚えはありません!」

と、大声を上げた。

「いなくなったアラベラを探すのに人を雇う事こそありましたが!私が暗殺者を雇うなど到底ありえません!」


「へーそうなんだー」


 縄で縛り付けられた男たちを官吏に運ばせながら現れたのは、今や錬金術師として英雄並みに有名となっているアティカス・アビントン侯爵令息。


「私は六年間、アラベラの婚約者としてオルコット伯爵家に出入りしていたので、伯爵代理一家がどれだけアラベラ嬢を虐げていたのか証言することが出来ますし」


 アティカスは私の方へ残忍な笑みを向けながら言い出した。


「オリビア嬢の婚約者にならないかと打診を受けている最中にも、必要な情報はあらかた手に入れる事が出来たのです。要するに、オルコット伯爵代理が王都の闇ギルドに出入りした記録だとか、暗殺者をどの程度雇っていただとかの証拠書類とかですね」


 裁判官は渡された書類に目を通すと、

「これらは重要な証拠となりうる物である。精査した上で、次回の判決に活かしたいと思います」

と答えて、カンカンと二度、木槌を叩いて閉廷の合図としたのだった。

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