第2話  ウマなの? ねえ、俺、ウマなの? #2

 元の世界にいる時の俺は、某中央競馬の騎手として、ちやほやされていた。重賞レースをいくつも勝って、G1と言われるトップグレードのレースで好走したこともある。いわゆる一流ジョッキーってやつで、もう若い女の子にはモテモテだった。かなり上手くやっていたのよ。


 それが、どうして、こんなことになったのか。


 転生前の最後の記憶は、コーナーで隣のウマが突然、横っ飛びしてきて、俺のウマにぶつかってきたところだ。


 その日は、雨が降っていて、視界が悪くて、面倒なことにならなければいいなと思っていた。レースがはじまったら、案の定、ごちゃごちゃになって、向こう正面の直線でも何頭か足を滑らせていた。


 気をつけろよと先輩が後から声をかけてきたが、隣の騎手は聞いちゃいねえ。ルーキーで、しかも圧倒的な一番人気に乗っていたから、うまくやることで頭がいっぱいだった。


 邪魔される前に、とっと行くかと思ったら、いきなり横に持ちだしてきて、進路を遮ろうとした。あぶねえって声を出したら、ルーキーはさらにパニックって、無理に内に引っぱろうとしたから、もう喧嘩よ。


 耐えられず、ウマは横に跳びだしてきて、俺のとぶつかった。


 勢いがついていたところだったから、耐えられず俺は吹っ飛ばされて、落っこちた。


 そこにさらに外から3頭が来て、ヤバいと思ったところで、意識が飛んだ。


 で、気づいたら、こっちの世界でウマに転生していた。


 何の因果かね。


 さんざん、元の世界でウマに乗っていたから、今度は乗られろってことなのかね。


 別にいじめたことはないぜ。鞭は打ったけれど、あれはレースなんだから仕方ないだろう。負けていたら、奴らのの為にもならんのさ。


 正直、この状況、今でも受けいれられねえ。混乱しっぱなしで、夢でも見ているんじゃねえかって気分になるよ。


 もう少し時間をかけて、いろいろと考えてえところだが、そうも言ってられねえんだよな。



 俺が右後ろを見ると、白毛につづいて、青毛や鹿毛が姿を見せた。


 背中では派手な服を着た騎手が激しく手綱を振って、前に出るようにうながしている。


 馬群は四コーナーに入るところ。


 そろそろ最後の直線だ。


 そう。俺はレースに参加している。手綱をつけられ、背中に糞重い騎手を乗せて、草っ原のような馬場に放り込まれて。


 参加しているウマは、俺も含めて15頭。


 まあまあの頭数で、激しいレースになることは予想できた。


 俺は、なんとしても、ここで勝たねばならない。


 負けたら、レースの世界から追い出される。


 下手すりゃ、そのまま処分。あの世行きだぜ。ホントに世知辛い。


 なんといっても、俺が転生したウマは8戦して未勝利。


 正直なところ、成績としては底辺だ。


 今までに2着が一回あっただけで、あとは8着とか、10着とか。最下位だったこともあるらしい。


 さすがに嫌気いやけがさしたのか、馬主の貴族様ははこのレースで勝てぬようだったら、俺を引退させると言った。いや直に聞いたわけじゃないが、そういう話を聞かされた。


 そうなったら、俺はどうなるのか。


 元の世界だと、未勝利で引退すると、まあ、あまりいいことにはならない。


 乗馬として引き取られるのは、まだマシ。いずこともしれぬ所に連れて行かれて、そのまま行方知れずというというのが当然の世界だ。


 競走馬は経済動物だから、金が稼げないとなれば、処分される。それが1億円のウマだろうか、100万円のウマだろうが同じだ。


 だが、前の週まで走っていたウマがいなくなって、馬房がからになっているのを見ると、いい気分はしない。俺も若い頃はつらかったよ。


 今この世界で、どうなるかはわからない。


 まあ、見たり聞いたりした感じでは、ウマはそこそこの貴重品なので、いきなり殺処分ってこともなさそうだが、レースの世界から放りだされれば、今までみたいにのんびりしているわけにはいかねえ。


 馬車馬となって、あちこち引きずり回されるかもしれないし、農耕馬となって、毎日、畑で鞭を打たれるかもしれない。軍馬として、戦場に連れて行かれることもあるらしいので、いささか面倒い。


 だったら、レースの世界で、踏ん張るのがいいだろ。


 何より、俺は負けるのが嫌いなんでね。


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