第12話 どうして彼女は


 生徒指導室から解放された僕は、既に1限が始まっている2-Bに向かっていた。

 足取りは重い。物凄く。

 しかしそれでもやがて教室には着いてしまう。


「……ふぅ」


 僕は一つ呼吸を入れてから静かにドアを開いた。


 授業中という事で皆声は出さなかったが、僅かに振り向いて微笑んでくれている。

 妙にくすぐったい気持ちになったよ。


「伏見君、早く座りなさい」

「はい」


 今は現代国語の時間だ。

 この女教師ももちろん事情を知っているのだろう、何事も無かったように授業を進め出した。


 自分の席に向かう途中、少しクラスを見回したが天野の姿は無かった。

 そして天野と仲の良かった奴ら2人はどこか気まずそうに授業を受けていた。


 ある意味、こいつらが一番の被害者かもな。


 そうして静かに自分の席に着いた。

 伊井野とは目線を合わせないまま。


 だってLINEの返事来てないし、怒らせてるかも知れないし……


 僕がそうやっておどおどしていると、なんと伊井野の方から声を掛けて来たのだ。当然小声でな。


「伏見君、良かったね」

「う、うん。伊井野のおかげだよ」

「そうかな。まぁとにかく良かったね」

「あ、あぁ……」


 伊井野は淡白にそう言った後、もう話し掛けて来る事は無かった。

 これぞ伊井野なんだけど、何かいつもと違うような……?


 伊井野と話したい事は沢山あるが今は授業中だ。

 10分休憩の時じゃ足りないし昼休みまで待つか。


 そして、そのまま僕らは一度も視線を交わさずに昼休みまで過ごした。





「な、なぁ伊井野。今日一緒に昼飯食べないか?」


 約4時間、授業の事なんか忘れて必死に考えていた誘い文句を、隣の席の鉄面皮に告げた。


 しかし返って来たのはNOの返事。


「ごめんね。私いつもみっちゃんと食べるから」

「……で、ですよねー」

「じゃあね」


 みっちゃんとは伊井野が唯一クラスで話をする相手。

 伊井野はそそくさと弁当を持ちみっちゃん──小山内おさない美久みくさんの元へと駆けて行った。


「あれま、フラれちったな」

「近藤君……」


 ニヤニヤしながら近付いて来た近藤君は、その手に弁当を携えていた。


「代わりに俺が同席してやるよ」

「近藤君……!!」

「いつもは部室で食うけどお前が可哀想なんでな」


 近藤君は僕の机の半分ほどを陣取り、弁当を広げた。

 これは最早友達と言ってもいい距離感なんじゃないだろうか!


 近藤君はモグモグと物凄い勢いでおかずを口に運ぶ。

 そこに米をぶちこんだらあら不思議。僅か1分で完食してしまった。

 嘘だろ……?


「んで、結局どうなったんだ?」

「あ、あぁそれが──」


 僕が事の顛末を教えてようとしたら、横から安政さん達3人がやって来た。


「伏見、うちらにも聞かせなよ。聞く権利はあるだろう?」

「金田さん。そうだね、せっかくだし皆にも伝えるよ。聞こえなかった人はまた聞きに来てくれ」


 僕がそう言うと、クラスのほぼ全員がこちらへ振り向いた。

 こちらを見なかったのは天野のグループと伊井野だけだった。


「──と、言う訳で僕は無罪放免、と言うか全部無かった事になっちゃった」

「んだそりゃ。天野には何のお咎めもなしかよ?」


 全てを聞いてまず声を上げたのは近藤君だ。


 天野の名前が出た瞬間、少し空気がピリついたように思う。

 天野のグループは我関せずと言った感じだが耳だけは傾けている様子だ。


 そして近藤君に金田さんが続く。


「ふざけんなよ。なぁ伏見、出るとこ出てやりゃ良いじゃねぇか。うちらも協力するぞ?」

「いやもう良いんだ。正直言って疲れたよ」

「伏見がそう言うならまぁ……」


 僕は金田さんに少しだけ笑顔を向けた後、まだ出来ていなかった事をする為立ち上がった。


「皆、本当にありがとう。皆が助けてくれなかったら僕は今ここに居られなかったよ」


 皆は僕に「どういたしまして!」「伏見君良かったね!」など暖かい言葉を掛けてくれた。


 中でも高畠さんは皆と違った反応を見せたが。


「伏見く~ん。お礼を言う相手が違うでしょ~??皆を動かしたのは伊井野さんなんだから~♡」


 ニヤニヤと、伊井野には聞こえない声量で僕の脇腹を肘でつつく高畠さん。

 それに釣られて近藤君達も人の悪い笑みを浮かべている。


「おい伏見、今のうち告っちまえば?今なら雰囲気で押せるって!」

「は、はぁ!?近藤君正気か!?」

「骨は拾ってやる」

「いや成功すると思ってないじゃん!?」


 周りの雰囲気は僕の気持ちに反してボルテージが上がって行っている……


 え、嘘、今告っても絶対成功しないぞ!?

 相手はあの伊井野だ。周りの空気なんて気にもせず「ごめんね」と無慈悲な一撃を喰らわせて来るに決まってる!!


「ほら行ってこい伏見君!」

「げっ、高畠さん!?」


 僕は背中を強く押され、伊井野と小山内さんの席に近付いてしまう。


「あー……これで伏見も彼女持ちかー……」

「蘭子やっぱ狙ってたんだ」

「う、うっせ!」


 どうする……!?

 本当に告白するのか!?


 そもそも僕は本当の意味で伊井野が好きなのか?

 伊井野が居なかったら僕は天野に騙されて惨めな負け犬生活を送っていただろう。

 

 ん……?

 良く考えたらそれで良かったんじゃないか?


 僕は元々負け犬だ。クラスでぼっちだった陰キャラ。別にちょっと天野に嘘告されたからって地位も名誉も元々ない人間。


 今でこそ僕にこうやって関わってくれてる皆が居るから華やかに見えるけども。


 今こうなったきっかけは全て──


 ……ずっと考えないようにしていた。

 だけど考え出したら止まらずにはいられなかった。

 でも一度は止めたじゃないか。それ・・を聞いたら全部終わってしまうような気がしてさ。


 だけど事ここに至って聞かずにはいられなかった。

 それを聞かない限り、僕は伊井野瑠衣に踏み出す事が出来ない。

 彼女の本当の心の内を知るまでは。


 伊井野と視線が合う。

 先程のやり取り、小声だったし聞かれてはないだろう。


「なに?伏見君」


 無表情でそう問い掛ける伊井野に僕は訊ねる。


「なぁ伊井野……どうしてクラスの皆に配信を──」


 その時だった。

 勢い良く教室のドアが開かれ、そこに人影が出来る。


「……天野……?」


 そこには憔悴しきった痛々しい僕の元彼女が立っていた。

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