告白すること五十回、フラれること五十回、彼女いない歴年齢のオレの前に「あなたの赤ちゃんを妊娠しました! 責任とってください!」と詰め寄る女子高生が現れて、責任をとることに……?

ノボホポル

第1話 五十回目の失恋を経験しました!

 彼女いない歴=年齢二十歳の童貞であるオレこと、大林大和おおばやしやまとは一世一代の大勝負にでた。


東条とうじょうあやさん、あなたのことが好きです。オレと付き合ってくださいっ!」


 そこは閉ざされたカラオケという名の密室。

 天井から垂れたれミラーボールがクルクルと回転して、光の玉がゆらゆらと揺らめく。

 これまで何度も実践してきた、右手を突き出し、深くお辞儀する姿は我ながら完璧だと思う。


「もしいい返事をくれるなら、この右手を握ってください!」

「………………」


 いきなりの告白に驚いて声も出ないのだろうか?

 無理もない。

 みんなで楽しく遊んでいた中でもいきなりの告白だ。予想していなかっただろうから、完全なる不意打ちだ。

 ちなみに今回のオレの告白に協力してくれた友達は、トイレやら飲み物のおかわりと理由をつけて退室してくれているので、今はオレと東条さんの二人きり。


「え~と――」


 カラオケだからか、わざわざマイクを使って声を出す。


「――ごめん、無理」


 そして続いた言葉は否定だった。

 オレは更に五秒間、その姿勢で硬直し、事実を確りと受け入れてから、ピシッと伸ばした右手を引っ込め、下げていた上半身を起こした。

 オレの目の前にいたのはスラっとしたモデルのような体型の女性がいた。もちろん顔立ちもかなり整っていて、十人に「あの子綺麗じゃない?」と聞けば、九人が頷くほどに美人だ。一人頷かないやつがいるとしたら、そいつはひねくれ者か評論家気取りのアホだろう。


「……理由聞いてもいいかな? 後学のためにも」


 すげぇ辛いけど、オレは平然を装うために笑みを浮かべた――浮かべられてるよな?


「大林くんは面倒見が良くて責任感があって、頼り甲斐があっていい人なんだけど、恋人になるにはちょっと物足りないっていうか、違うっていうか」


 またか……またその理由でオレは……。


「そっか、いきなり告っ……グスッ……ごめんな……ちょっとトイレに行ってくる」

「あ、うん……ごゆっくり」


 フラれたのに同じ空間に一緒にいるのは気まずい。

 敗者たるオレは涙を呑んで、部屋を後にする……はい、見栄を張りました。 


 全然我慢できてませんでした!


 ドアを開けると、部屋の外には二人の男と一人の女性が左右に隠れていた。

 オレの顔を見た瞬間に、全てを悟ったのか三人は苦笑いを浮かべた。

 オレはそんな三人を無視して部屋を出て、突き当りの別の部屋のドアに激突。ドアにもたれ掛かって、滑るように倒れていき、顔を両手で覆って足をじたばたと駄々っ子のように動かした。


「うをおぉぉぉぉぉぉっ!」


 悔しさのあまりの遠吠え。


「あードンマイ! お前になら次があるって!」

「そうそうこれで五十回、記念すべき切台だと思えば寧ろフラれておいしいっていうか」


 そう言ったのが大学で知り合った青山翔太あおやましょうたと高校の頃から付き合いの岡村勇気おかむらゆうきだ。


「……お前ら傷を抉るような慰め方すんだよ」

「慰めてた? 傷口に一握りの塩塗り込むくらい酷いこと言ってたでしょ」


 この三人はオレと同じ大学の同期で、普段からよく絡む間柄。特に女性の方は幼稚園の頃からの付き合いで、幼馴染も幼馴染、ベスト幼馴染の朝顔葵あさがおあおい

 容姿端麗で大学ではかなりの知名度がある。街を歩けばゆすれ違う男が振り返り、モデルやアイドルスカウトも度々されているところに、オレも何度か立ち会ったことがある。

 本来ならオレと関わり合うことないカースト上位の人種だが、幼馴染みの特権として、二十歳になった今もこうして仲良くしてもらってる。


「いやいや、別に酷いことは言ってないって、ただ事実を言っただけで」

「そうそう五十回もやれば、次だって簡単にいけるって」


 うっ……人がずっと悔しい思いしてるってのに、こいつらは……。


「それそれ。まぁ、あたしでもいい加減に少し仲良くなったからって『あれ? この子オレのこと好きなんじゃねぇ?』って勘違いしないで、相手が自分に恋愛感情を抱いてるのか、ただの友達としか見てないのか、判断できるくらいの目をやしなえとは思うけど」

「あおぉいぃぃ! お前までオレを貶めるなよぉぉぉ」


 唯一オレの味方かと思っていた葵までオレをいじめてくる。失恋したばっかりの戦士にこの仕打ち! こいつらには友達心ってもんんがねぇのかよ。

 呪いを込めて睨んでやろうと顔を上げると、三人の奥にあるドアが開いた。


「あ、みんなここにいたんだ? なんかもう時間みたいだから先に帰るね」

「あや今日はありがとうね。また遊ぼうね」

「また誘ってくれるの?」


 葵と東条さんは軽く言葉を交わしながら、フラれたオレを見下ろした。

 い、いたたまれない!


「あぁ~大丈夫大丈夫いつものことだから」

「葵!」

「ホントのことでしょ」


 うっ、返す言葉がない。

 誰かオレに優しくしてくれる女の子を紹介してくれよぉ。


「あはは、なんだか思ってたよりも大丈夫そう。うん、じゃあみんなまたね」


 東条さんは笑いながら、その間を去っていった。

 さすがにフったばかりのオレの側にはいられないよな。オレもどんな顔をすればいいのかわからないから、早めに帰ってくれたのは正直助かる。


「それじゃ、まぁ……このまま大林慰めの会と洒落込むか?」

「だな。おい大林、今日は好きなだけ飲んでいいぞ。俺たちの奢りだ。飲みホだけど」

「安い酒でこの傷ついた心が癒えるわけねぇだろぉ! でも、ありがとぉ、こんちくしょーがよぉ!」

「酔うにはまだ早いわよ。ほらみんな片付けて撤収の準備」


 葵の一言でオレたちは動き出す。

 オレは滲み出る涙を脱ぎながら、二人の共の肩を借りて立ち上がった。

 またフラれちまったよ。


 オレは五十回目の失恋を経験しました!


 ◇


「それでは告白すること五十回、フラれることも五十回、彼女いない歴=年齢の大林大和くんの記念すべき五十回目の失恋にっかんぱーいっ!」

「「かんぱーいっ」」


 居酒屋に移動したオレたちは、最初に注文した酒が来ると、葵の音頭によってグラスを打ち鳴らした。オレを除く三人は早速グビグビと生ビールで喉を潤していく。

 ちなみに音頭のネタにされたオレはそんな乾杯できるかと、葵を睨みつけた。


「テメェ葵! 何が記念だ、人の不幸で乾杯なんてしやがって」

「ゴクゴクゴク……ぷはあぁ~、だってバカなんだもん。いい加減知り合いに毛が生えた程度の関係で告白するのやめればいいのに、毎回毎回付き合わせられて、慰めることになる可哀そうな幼馴染みであるあたしの身にもなってよ」


 早速ジョッキ一杯飲み干した葵はジト目で空のグラスをオレの頬に押し付けてきた。


「なんだよ……いけると思ったんだからいいだろ」

「いけると思ったから告るって、思考が短絡的だろっ」

「それで五十回もフラれてたんじゃ、全然いけてなぇって!」


 翔太と勇気の二人がゲラゲラと笑う。

 うっせぇ! そんなのオレだってわかってるってんだ!


「うるせぇよ! 告ってみなきゃ結果なんてわからねぇだろ! 万が一にも――」

「万が一って万回も告白するつもり? ちょっとあたし幼馴染み慰めるだけで破綻しちゃうかも」


 生おかわり――と葵は後ろを通った店員さんに声をかけつつバカにしてきた。


「万回フラれた男! そりゃいい!」

「もうギネスブックに名前載せられるレベルっ!」


 葵の煽りに二人が盛大に爆笑。

 二人もグビグビとビールを飲んでいく。

 ペースは速いんだよな、この三人。

 てか、もう出来上がってねぇか?


「バカにしやがって! 誰が万回もフラれてやるか! 見てろよ、次こそ恋人を作って脱童貞してやるからなっ!」


 オレも負けじとビールを仰ぐ。

 因みにオレのことを散々バカにしてくる三人だが、こいつらにも恋人はいない。

 葵は見た目がいいし、性格もサバサバしててカッコいい感じだから、男受けはいい。かなりの頻度で告白されているが、オレの知る限り彼氏いない歴=年齢だ。

 オレが五十回フラれた男なら、葵は百回フた女だ。

 恋人いない歴は同じだが、オレと葵では意味合いが全然違う。

 ついでに言うと翔太と勇気は、好きな女ができても告白する勇気がなかなか出せないチキン君たちだ。オレのことをバカにするが、オレはこの二人よりはマシだと思ってる。

 哀れかもしれないが、惨めではない!

 それからもオレたちはオレの失恋を肴に、かなりのペースでビールを立て続けに飲み干していった。


「オレには夢がある~両手じゃ抱えきれないほどの~彼女を作って~脱どーてー」

「あははは、さいてー死んじゃえ」


 ぐらぐらする頭にポカポカの身体、ドクドクと脈打つ血管たち。オレは気分に任せながら、適当な曲のメロディーに合わせて、願望を歌ってみた。

 非常にゴロが悪いが、酔っているので気にもならない。

 顔を真っ赤にした葵は、品の無い感じで笑っている。

 因みに男二人はトイレに立っている。


「ううぅぅぅ大学生になったら彼女沢山作ってセックスしまくれると思ってたのに、どうして一人もできないんだよぉぉぉぉ!」

「下心が丸見えだからじゃないのぉ?」

「んなバカな! みんなオレのことを面倒見がよくて頼りがいのある人ってフっていくんだぞ。どこに下心なんて透けて見えるかあぁ」

「いや、建前でそう言ってるだけで滲み出すエロスにみんな気づいてるから、女子ってその辺敏感だからねぇ」

「なぁにぃ、女子は敏感? エロいな!」

「違う違う、この酔っ払い。女子は男のエロい視線に敏感なの」

「そうなのかぁ? なら葵もオレのエロい視線に敏感なのかぁ?」

「えっ……あぁ~そりゃ当たり前よ! 毎日ビンビン感じまくり」

「なぁにぃ、毎日ビンビンに感じまくりだぁ~? オレはお前がそんなエロい子だなんて知らんかったぞ」

「なに変な勘違いしてんのっ!」


 唐突に後頭部にボンと衝撃がきた。

 フラフラな頭を支えられるだけ踏ん張ることができずに、オレはバダっと机に倒れ伏した。

 幸い空いた皿を店員さんが片付けてくれた後なので、悲惨なことは回避できた。


「なぁにぃすんだよぉ、葵」

「シャラップ、童貞。そんなにセックスがしたいわけぇ?」

「そりゃしたいに決まってるだろ。男の夢だろ、セックスは」


 好きな子とするセックスは気持ちいいって彼女持ちはみんな言う。

 童貞のオレが憧れるのは当たり前のことだ。


「ふ~ん、セックスするために彼女作りたいんだぁ?」

「そんなの当たり前だろ。一にセックス二にセックスだ」


 あぁーオレなに言ってるんだ。

 いくらフラれてショックで酒に飲まれてるからって、葵に向かってこんなこと。

 オレにとって唯一の身近な女性、こいつに愛想つかされたらオレは一人になっちまう。


「やっぱり男ってさいてーだ」


 そうかもな。葵の言う通り、みんなオレの邪な下心に気づいてるのかもしれない。だから五十回も告白して、これまで一度も彼女ができなかったのかも。


「……でもさぁ、ならなんであんたはあたしに告白しないわけ?」

「……するわけないだろ。葵は幼馴染みで、みんなの葵で、みんなの憧れ……オレ如きが触っていいやつじゃない」

「何それ」


 笑ったような呆れたような声で、頭をツンツンされる。

 今、葵がそんな顔をしているのか見るために頭を上げようとしたけど、身体が動かない。

 あれ? オレの身体ってこんなに重かったか? 普段どうやって動いてるんだっけ?


「もしあんたが一番最初に告白したのか、志保ちゃんじゃなくてあたしだったら、大好きな彼女とエッチしまくりだったかもしれないのにぃ~」


 なんだそれ。

 それじゃまるでオレが告白したら、葵はオッケーしてくれるみたいに聞こえるじゃん。

 そんなはずないだろ。だって葵だぞ?

 告白されること百回、フること百回の鉄壁要塞の葵様が、オレ程度の告白で崩せるはずがない。


「あんたは周りがおちょくってあたしに告れって言われるといつも『フラれる回数が一つ増えるのがわかってるのにするか』って言ってたけどさ。試しもしないで決めつけるのって酷くない?」


 いや、だって普通思うだろ。

 幼稚園、小学校、中学校、高校ってクラスで一番の美少女に告白したって無駄だって。


「他の子には簡単に勇気出せるくせに、なぁんであたしにはヘタレるかなぁ」


 そりゃだってお前…………。


「ねぇ聞いてる? あれ? 寝てる?」


 意識が徐々に薄れていき、葵の声が遠くなっていく。


 ◇


「あぁー頭いてぇ、気持ち悪い、死にたい」


 猛烈な二日酔いという頭痛と吐き気と共に、オレは目を覚ました。

 視界を開けるとそこは見慣れない個室? のような空間だった。

 足元には机とパソコン、身体には安っぽい肌がけがかかっている。


「……漫喫か?」


 もしそうだとしてオレはなんでこんなところにいるんだ?

 昨日は確か東条さんに告白して、断られて、みんながやけ酒に付き合ってくれて、それから……記憶がない


「あがぁぁ、頭いてぇ」


 ズキズキグラグラする頭を支えるように手を当てる。

 酒が飲めるようになってからは、フラれればやけ酒をするようになってたけど、こんなに頭が痛くて、記憶を無くすほど飲んだことはなかった。


「……今何時だ? みんなは?」


 マット上に転がっていたスマホを見つけて、時刻を確認すると十一時なっていた。

 オレたちが居酒屋に入ったのが、確か十八時頃だった……一夜明かしたってことかっ!

 二日酔いが治ったわけじゃないが、オレの意識が覚醒する。


「酔い倒れたオレを漫喫に放置したってことか? いつからここにいるんだ? 料金はどうなってんだ?」


 わからないことだらけだ。

 気持ち的には頭痛が落ち着くまでのんびりしたいところだが、料金が気になってゆっくりなんてしてられない。

 オレは吐き気を堪えながら起き上がり、机に放置された財布と伝票を持って、スペースを出た。


「あ……」


 耐久性のなさそうなドアを開けると、そこには高校生だろうか?

 やたら可愛らしい黒髪の少女が両手に紙コップを持ってオレの前を横切った。

 そしてすぐ隣のスペースに入ってしまう。


「……おえぇ、こんなんじゃ鼻の下伸ばす余裕もねぇな。あんな可愛い子が隣にいたのにもったいねぇ」


 いたことを知ってたとしても何もできないが。それに年下にはあまり興味がない。

 起き上がると酔いのグラグラが倍になる。

 壁に手をつきながら不安定な足取りで、オレは会計に向かう。

 それにしても酔っ払いを一人で放置するなんて、あいつは薄情じゃありませんか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る