第5部
第44話 100年後の世界は
夢を見る。
そこには大人になった凛がいて、鳥居に座り花火を見ている。
その様子を僕はずっと遠くから眺めている。
そして、耳元で蛇は笑う。
『君が強ければ有り得た未来だ』
『君があの時彼女を喰わなければ、あの隣に君はいたかもしれない』
『全て君のせいだ』
「…黙れ」
『つれないねぇ……』
『これは君の夢。私を作っているのも君だ』
『そして、この光景を望んでたのもまた君だ』
そして蛇は僕にまとわりつくように手を這わせ始める。僕にはそれを振りほどくことが出来ない。
『君は罪を犯した』
『決して消えぬ業を背負った』
『私はその象徴のようなものだよ』
そして這わせる手を徐々に首元へ持っていき、ゆっくりと首を絞める。
そして、いつの間にか首を絞めていた手の持ち主が変わっている。
『どうして…』
『助けてくれるって言ったのに…』
『私は死んでしまったのに…』
首を絞める手に力が篭もり、次第に息がしずらくなっていく。
そして、夢の中で意識がとおのくような感覚に堕ちていく。
『どうして…どうして…』
『私も…もっと生きたかった……!!』
あの日から忘れる事を許さぬように。
夢を、見ている。
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「……っ!」
僕は飛び起きるように布団を蹴飛ばした。
そして、首元を軽くさすったが何も無い。
「またあの夢か……」
凛が死んだあの日から、僕はずっと同じ夢を見る。
それは呪いのように僕を縛り続ける。
「……水を飲もう」
僕は寝室から出て、水を飲みに料理場へ向かう。そして、水をグラスに入れて一気に飲み干す。
あの日から100年余りの年月が過ぎた。
あの戦いでハクとクラマは完全に消滅し、世界は平和になるはずだった。
だが、そうはならなかった。
今、この世界は3つの派閥に分かれている。
1つは、人間と妖。ふたつの異なる種族が手を取り合い、共存していこうという「共生派」
2つ目は妖を完全に排除し、人間の絶対的な権力を得ようとする「人間派」
3つ目は人間を全て虐殺し、妖だけの理想郷を作ろうとする「妖派」
この3つの派閥が存在する。
このような派閥は最初はなかった。全ての人間や妖が共存をしようとひとつになっていた。
あの事件が全ての引き金だった。
翔が人間に殺されたあの事件だ。
当初は翔とフウをトップとし、人間にも妖術が使えること、妖も人を食べずとも人間と同じ食事を取れば強くなることも、生きていけることも可能なこと。人と妖は友人として共に暮らせること説いた。
これは双方の種族にとっては確信的なものだった。そして、50年以上を費やし、人間が妖術を使うこと、妖が人と同じ食事を摂ることが、当たり前の世界へとなった。
そこまでは良かった。
妖と共存する事を良しとしない人間たちが、反逆を起こし、翔を暗殺。そして、翔の家を焼き、一家全てを殺そうと企てた。
翔の家族は早くに気づいたフウに助けられ、一命は取り留めたが、フウと僕が向かった時には既に息を引き取っていた。
心臓と首を複数人でメッタ刺し。半分人ではなかった翔であっても即死だった。
そして、翔を刺した人間達は「人間派」と名乗り、共生していた妖や、妖と友好的な人間達の虐殺を開始した。
僕やフウがその時にその人間達を鎮圧することも出来た。
だが、共存を解いていた手前僕たちが一方的にやり返すのでは得策では無いと僕はフウに進言した。
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「フウ、気持ちは分かる。だが、今もしあの人間達を僕たちが一方的に殺してしまえば……」
「うるせぇよ!!!んな事はわかってんだ!!!」
「だけど、俺らの努力を嘲笑うように殺し回るあいつらなんなんだ!!」
「あんな奴らともほんとに共存しなきゃいけねぇのかよ……!」
「あいつら全員 《言霊系》の人間の中でも強い奴らばかりだ。強ければ強いやつほどに人間派に寝返っていく」
「俺たちは平等に力があれば、世界は平和になると信じて人間たちに妖術を教えた……」
「その結果がこれか…?」
「フウ……」
フウの目は疲れ切っていた。片腕と片翼を失ってはいるが、それでもフウは強い。
僕はフウになんと声をかければいいのか分からなかった。
フウはそんな僕を睨みつけた。
「大体、お前は今まで何やってたんだよ」
「凛ちゃんが死んだ後、お前はこの神社から出てこなくなった」
「俺たち2人は、凛ちゃんの死を無駄にしない為にもここまで頑張ってきたんだ」
「お前が、ここで不貞腐れたように閉じこもってる間にな」
「それが、今更出てきて偉そうに言ってんじゃねぇよ!!!」
「何が気持ちが分かるだ。お前に俺の今の気持ちなんて分かるわけねぇだろ!!」
「現実から逃げて閉じ籠ってるような愚図にはな!!!!」
「黙れ…!フウに…お前に僕の何がわかる!!」
「あぁ!わかんねぇよ!!お互い様だな!!!」
そう言ってフウは踵を返して、神社から出ていこうとする。
「待て!どこに行く!何をするつもりだ!」
「うるせぇよ!愚図なお前に関係ねぇよ!」
「俺はもう誰も信じない。人間も、お前も」
「俺は俺が思うように生きる」
そう言ってフウは神社から飛び立った。
そして、後日1人の妖が人間派の連中を虐殺。
その後「妖派」と名乗った。
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それが約30年ほど前、今は小さな小競り合いはあれどどこ派閥も大規模な虐殺や、鎮圧は行ってない。
その理由はただ一つ、僕の存在だ。
僕は「共生派」のトップということになっている。だが、実際はトップは別に存在し、僕は所属などもしていない。
共生派の本拠地がある場所が、共生を象徴とする最大の祭り「残夏祭」の開催されている集落であり、そこで祀られているのが僕だからだ。
今の僕に勝てる者ははっきりいって存在しない。だからこそ、僕がいる限りどこの派閥も覇権を取ることは不可能だと考えてるからだろう。
だが、彼らは知らない。
僕が戦えないことを。
凛が死んだあの日から僕は炎を使えない。
この炎とこの力は、いやでも凛を思い出させる。
それが相まって上手く炎を扱えない。
まるで、身体が拒むかのように。
この力を呪っているかのように。
凛を守れなかった自分が、凛の屍の上に成り立つ「最強」の称号を持つ僕が。
今更、どんな顔をしてこの力で人を守ればいいのか分からない。
僕は死んだような顔をした自分の顔を鏡で見る。
「はは、酷い顔だな」
外からは何やら楽しげな光が神社を照らす。
今日は残夏祭。
僕はこの祭りが嫌いだ。
この祭りは凛が遺した大切な物だ。だからこそ、嫌いなのだ。
僕は外に出て鳥居の上に飛び乗る。
遠くで光り輝く提灯に目を細める。
「僕はこの祭りが嫌いだ」
そう言いながらも、この祭りを眺め花火を見てしまう。
いるはずもない彼女がここにはいるような気がして、それに縋ってしまう自分が何よりも嫌いだ。
ぼーっと眺めながら、気づけば花火があがり始める。
鮮やかな火花が空を照らし、夏の夜空を彩っていく。綺麗に見えるはずの花火は僕には、モノクロに見てしまう。
彼女が隣にいた時は、あんなにも鮮やかに見えたのに。
「今年もそこで花火を見ているのでござるね。コン殿」
『ワン!』
「こ、こんばんわ。コンさん」
不意に下から声をかけられる。
この世界から浮世離れしたような中性的な顔立ちに、金髪の長髪を括り、目は右目を赤、左目を青く光らせている。
極めつけにその見た目には、似つかわないござる口調の青年は、隣に子供一人を載せた犬を従えている。
僕はその子供をよく見る。あの時のあいつと瓜二つな見た目をしているが、目の色だけは桃色に染まっていた。
「やはりそっくりだな……」
「ん?なにかいったでござるか〜?」
僕はその問い首を横に振った。
「いや、なんでもない」
「何の用だ。フウマ、翔大」
青年の名前はフウマ、犬に乗った子供の名前は翔大。
彼ら2人は翔の息子と孫にあたる人間であり、フウマは「共生派」のトップだ。
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