第34話 赤き紋章 光る眼

「ハク様、九尾とはいえあの数を無傷で、そして、全ての人間を守りながら戦うのは不可能なのでは?」


クラマが凛を抱えながら、横を楽しそうに歩くハクに問いかける。

ハクはその問いかけに笑いながら答えた。


「いや、彼は恐らくやる。そもそもまともにやりあえば我々2人かがりでも勝率は半分といったところだろう」

「だから、確実に勝つ為には私の本来の妖術を発動させるのが絶対条件だ」

「そして、その為の計画は順調だ。それに……」


ハクは後ろを歩く黒ずくめの男を見る。その男は喋ることも無く、ただハクたちの後ろをついてくる。


「我々にはこいつがいる。いくら彼でもこれに勝つことは出来ない。そう、絶対にね」


──────────────────


「コン!どうする!」


僕とフウは村へと猛スピードで向かいながら作戦を練る。


「まずは翔の安否を確保しろ!この数の中だとさすがに探しにくい!フウは翔と合流後、二手に別れて人が襲われる前にあやかしの対処だけしてくれればいい!!」

「凛がいる村の他に集落は2つ!そこを重点的に対処して欲しい!僕は全て対処する!」


「はぁ?!お前そんなんできるのかよ?!」


をやる!だが、少し時間がかかってしまう!その間は頼んだ!!」


「…!あれか!確かにそれなら……」

「了解だ!とりあえず翔を探して…って、おいあれ!」


フウと僕は凛のいる村に着いた。そこには、妖術を使い、低級のあやかしたちを討伐する村人の姿があった。

その先頭には翔と隼人がたっている。


「翔!低級たちの相手は俺たちがやる!お前は中級以上を頼んだ!」


「了解だ親父!フウとコンは絶対来る!それまで俺たちだけで耐えるぞ!」


「こんな時の為に俺たちは妖術をコンさん達から学んだんだ!翔が言うにはこの近くの村も襲われている!!ここは、俺たちだけでなるべく守るんだ!!!やるぞお前ら!!!!」


「「「おう!!!!!!!」」」


どうやらここは心配なさ無さそうだ。


「フウ!お前なら2つの村を1人で守り切れるか?!」


「当たり前だろうが!倒すんじゃなくて村に近づけなければいいんだろ?!それぐらいならよゆーだ!お前は早く準備しろ!」


フウはそう言って他の村の方へ飛んでいく。

僕は村の上空に立ち、深く呼吸をして詠唱する。


「《我、火炎の術を極める者なり》」

「《我、妖の深淵を覗く者なり》」

「《昇華せよ 極めし者の門を開け》」


僕は手を合わせ、合掌の形をとった。


「《仙法 赫灼の九尾》」


その詠唱と共に、目は紅く光り、顔の頬と目の下には赤い模様が浮かび上がる。

僕の頭上には空を覆い尽くすほどの錬成陣が生成される。

僕は合掌を解くことなく、錬成陣へと妖力を集めていく。


「守りきってみせろだと……?」

「僕を舐めすぎだ」

「僕はコン。最上級のあやかしであり、この世界での最強は…」


コンは合掌の手を解くと、頭上にある錬成陣へと手を掲げる。


「この僕だ」


「《滅せよ》」

「《仙法 悪滅の業火槍》」


その言葉共にその手を振り下ろす。

それと共に数え切れないほどの燃え盛る槍が降り注ぐ。

その槍は的確にあやかしに命中していく。


「槍が降ってきたぞ!!避けろ避けろ!」


慌てる村人に槍が命中してしまったが、悲鳴聞こえない。


「なんだこれ…あやかしはあんなに苦しんでるのに、痛くもないし暖かくて心地いい…?」


この技は術者が悪と断定しているものに対してのみ作用する。当然、村人達にダメージが入ることは無い。

その炎は千は軽く超える数のあやかしを一瞬にして焼き払った。


─────────────────────


「すまねぇ…俺が行った頃には凛はいなくてよ…村に戻っても、神社に向かったって言われて、お前らのところに戻ろうと思ったら突然あやかし達が……」


村を無事救い、僕らは神社に1度戻っていた。

翔が悔しそうに頭を下げながら僕たちに謝る。


「お前は悪くない。全て僕とフウの失態だ…アイツらの思うように動かされた」


「あぁ…3人目がいたとはな…完全に予想外だ」


「と、とにかく助けに行かねぇと…!」


「待て、落ち着け」


僕はすぐに行こうとする翔を止める。


「なんで止めんだよ!早く行かねぇと……」


「行くなら夜だ。お前が全力を出せる状態の時間帯に合わせて向かう」


「その間にもし凛になにかあったらどーすん──」


「そんな事はわかっている!!だが、確実に助けるためにはこれが最善だ!!奴らは僕がいる場じゃなければ殺さないと言った。それを信じる以外に僕らにはできることがない!!」


僕は思わず声を荒らげてしまった。僕の焦りように翔は思わず口を紡ぐ。

その間に割って入ってフウは話し出す。


「コンの言う通りだ。今行っても、勝てても助けれるかどうかはわかんねぇ。だから、まず状況を整理しようぜ」


そう言って、フウはその場に座って地面に書き出していく。


「敵はおそらく3人。他にも配下がいるかもしれないが、正直そいつらは俺らの敵じゃないから除外だ」

「だが、ハクは200年前戦った時より遥かに強くなってる。本来の妖術が発動しなくても、充分戦えるようになってる」

「次にクラマ、こいつは俺の斬撃も通さねぇ程の硬さになれる。そして、ほぼ情報がない」

「最後にあの黒ずくめの男、俺とコンが全力じゃないにしろ俺らのスピードに余裕で着いてきやがった。恐らくあの中で1番強い」

「オマケに凛ちゃんっていう人質までいる。勝率は向こうの方が上だろうな」


フウはそこまで言って1度ため息をつく。


「俺とコンはハクとクラマ単体が相手なら大丈夫だろうが、多分あの黒ずくめの男は……」


「あぁ、恐らく僕を殺す為に用意された奴らの切り札みたいなものだろう」

「僕を殺す算段が、まさか複数の妖術を使えるのと、凛の人質程度だとは思えない」


僕がそう言うと、ふたりがこくりと頷いた。

そう、その程度では僕は殺せない。こちらにはフウ、翔、そしてシュビィもいる。

蛇が殺すと言ったんだ。恐らくトドメは奴が刺すという意味だろう。となれば、それなりの手順がいるはずだ。

でなければ、奴が全力の僕を殺すのは不可能だ。


「まさか…《恐怖》を僕に…?」


僕がそう呟くとフウが呆れた顔をする。


「いやいや、お前あいつにビビっちまうのか?」

「要はあいつにビビんなきゃいいのだとしたら、少なくとも俺とコンは有り得ない」


「いや、多分それは違う気がする」


フウのその言葉に翔が口を出した。


「恐怖ってのは多分ひとつの意味じゃない気がする」

「だって考えてみろ、ただあいつにビビるのが恐怖ならダイダラボッチとか、上級が、あんな大量にしかも意のままに操れるまで恐怖させられる訳ない」

「多分、それだけじゃない。相手の強さに怯えるだけが恐怖じゃない」


「私も翔ちゃんと同意見よ。恐怖は心の問題だもの、コントロールするには限界があるわ」

「相手の恐怖の解釈がどこまで拡張されているのか…それが重要になってくると思うの」


翔とシュビィの言葉にフウは静かに頷いた。

僕も翔の考えが正解だと思う。だが、まさか翔の口から出てくるとは思わなかった。


(やはり天才だな……だからこそこいつの全力が必要だ)


「作戦はこうだ。僕とフウで奴ら3人を相手取る。翔とシュビィは凛の救出を最優先、もしこれが叶わかった場合は、フウと組んで2人で動け。僕は1人でいく」


「はあ?お前一人で大丈夫か?」


翔が怪訝そうな目を向けてくる。

僕は翔に心配するなと言わんばかりに目線を向けてやった。


「むしろ、1人の方がやりやすいな。周りを気にしなくて済む」

「そして能力的にもお前とフウが組んだ方が連携は取れるだろ?」

「そして、おそらくはそうなるだろうしな」

「凛は蛇の近くにいる。そして僕一人を向かわせたがるだろう。そうなった場合はお前とフウで餓者髑髏と黒ずくめの男の相手を頼みたい」


「まぁ、さっきのヤバかったもんな…確かにひとりの方がやりやすいか…」

「わかった、任せろ!」


「俺は翔とかぁ……クラマは多分素の戦闘力ならハクよりかなり強いだろうし、硬さ的にも風の俺じゃちょっと分が悪い」

「加えて黒のあいつってなると…1人は厳しいか」

「ま、頼りにしてるぜ?翔」


「おう、任せろ!」


翔がそう言って嬉しそうに笑う。

シュビィ影から出てきて、翔の腕をとる。


「話は終わり?なら、少し翔ちゃんと2人で話したいのだけれど」


「あぁ、いいぞ。日が沈む頃にまたここに来てくれればいい」


「そ、わかったわ。じゃあ翔ちゃん行きましょう」


「ちょっ、お前どしたんだよ!話って一体なんの…」


シュビィは翔の疑問に耳も貸さずに引っ張っていった。

僕とフウはその場に残っていたが、フウが少し嫌そうに口を開く。


「なぁ、あいつの言ってた跡地ってあそこだよな…」


「恐らくな」


「俺ら相手にあそこを指定するのは、偶然にしちゃできすぎだろ」

「考えたくは無いけどよ。もしかしてアイツらが──」


「可能性はある」

「もしそうだとしたら、それはそれで好都合だ」

「『必ずぶつかる』か…。師匠の言った通りになるとはな」


僕らが言う跡地とは、総一郎が2体のあやかしと戦い、そして死んだ土地。その土地は300年たった今もなお戦闘の苛烈さと凄惨さを遺している。

辺りに散らばる人骨、枯れた大地、妖術のぶつかり合いによって起きた異常なまでの妖力濃度による大気汚染。

ただの人間がその土地に入れば、瞬く間に体調不良を起こす不毛の土地。


。恐らくそこに奴らはいる」


─────────────────────


「話ってなんだよシュビィ」


翔は話しかけるが、シュビィは下を向いたまま何かを考えるような素振りを見せる。

そして何か意を決したように翔の方を見た。


「今から起きる戦闘で、あなたは恐らく全力を出すためにまた私に代償を払うつもりでしょう」


「……そりゃそうだろ。《夜を統べるもの》これを使ってついていける戦いだと俺は思ってる」

「今更、人じゃなくなる事は怖くねぇよ」


「…あと2回よ」

「あと、2回使えばあなたは完全に人ではなくなる。それが何を意味するのかわかってるの?!」

「貴方は私と同じバケモノに……」


そう言って泣きそうになってしまったシュビィを翔は抱きしめる。


「俺はそれでいい。凛のことはもう諦めたけど、それでも友達だ。俺はまだ凛に助けて貰った恩を返せてねぇ」

「コンやフウに助けてもらったことにも、鍛えてもらったことにもなんも返せてねぇ」

「助けて貰ってばっかだった俺が、こうやって肩を並べて戦えるかもしれないのは、間違いなくこの力のお陰だ」

「それを人じゃなくなるからって、使うのをやめたら俺は自分を許せなくなる」

「だからシュビィ、最後まで力貸してくれよ」


「翔…ちゃん…う、うわぁぁぁん!」


「ちょっ、お前泣くなよ…ほらヨシヨシ落ち着け落ち着け」


シュビィは泣いた。そして同時に

抱きしめられた状態なので、翔はシュビィの顔を見ることが出来ない。

泣きながら笑う姿は、どこか異常で、そして狂気的だった。


(あぁ…翔ちゃん。あなたならきっとそう言うと思った…)

(準備は全て整った…。やっと…やっと私の夢が叶う)

(あぁ…翔ちゃん…あたしだけの翔ちゃん…)

(愛してるわ。だからこそ、ごめんね?)

(私の為にあなたには1度…?)

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