第30話 開幕 残夏祭
「コン様!ほら、早く早く!」
凛は僕の手を引いたまま無邪気に笑う。
他の村からも来ているのだろう、少し人だかりがあるが何故か僕を見ても怪訝な顔を向ける者はおらず、むしろ顔を輝かせたり、羨望の眼差しを向ける者までいた。
「祭りだけならともかく、一体どうなってるんだ……」
僕が少し不思議に思いながらも、先程もらった綿みたいなものを口に含んだ。
「…!甘い、そして一瞬にして溶けて無くなった…?」
それが面白くてパクパクと食べる。結構な量を口に含んでいるはずなのに、口の中に入るや否や一瞬でなくなってしまう。
僕がそれに夢中になっていると、手を引いていた凛が出店の前で止まる。
「私、これが食べたかったんです…!」
凛は先程フウが持っていたリンゴが刺さった棒がたくさん置いてある屋台を指さす。
「お!凛ちゃんいらっしゃい!」
気前のいい声で凛を呼ぶ店主はここの村に住んでいる奴だった。
「なぁ、凛。これはなんて言うんだ?それと、さっき僕が食べてたものもなんて言うんだ?」
僕がそう聞くと、凛は自慢げな顔をして笑う。
「ふっふっふ、やはりコン様も知りませんね…?これはですねぇりんご飴と言って、とっても甘くて美味しいんです!」
「そして、さっきコン様が食べていたものは、綿菓子と言って砂糖を加工して雲みたいした食べ物なんですよ!」
「なるほど…じゃあ僕もこれを食べてみたい」
そう言って、僕は置いてあるものを取ろうとすると凛がその手を取って止める。
「ダメです!いいですか?コン様は知らないかもしれないですが、物を貰うには対価が必要なんですよ?この場合はお金を支払って、商品を買うんです!」
「オ…カネ…?そんなものが必要なのか…」
「でも、そんなもの僕は持ってないぞ」
「ふふん、安心してください。この日の為に私お母さんからお小遣いを──」
そこまで言って向こうの店主が笑いながら、りんご飴を渡す。
「主催者の凛ちゃんと、この祭りの御神体でもあるコン様なんかにお金なんて支払ってもらわなくても大丈夫さ!ほら、持ってけ持ってけ!」
「い、いいんですか?!あ、ありがとうございます……」
凛は嬉しい顔をしているが、どこか複雑な顔もしていた。
「なにか不満だったのか?オカネ?と言うものを払わないのがそんなに嫌なのか?」
「い、いえそうじゃなくて、ただ、コン様の知らない事を教えるのが楽しかったので、ちょっと払いたかったなという気持ちと、無料でいただけてラッキーだなという気持ちがぐるぐるしてて……」
「ふーん?」
よく分からないが、まぁ嬉しいと言う気持ちがあるならいいことだろう。そう思っていると、後ろから突然声をかけられた。
「あ、あの!!」
僕と凛は振り返ると、そこには赤子を抱いた女の人間がいた。その人間は意を決したかのような顔して僕を見ていた。
「わ、私10年ほど前に生贄としてあなたの前に連れて出た者なのですが……」
「えと…その…あ、ありがとうございました!」
そう言って頭を下げた。
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僕は突然の謝罪に驚きながらも、未だに深く頭を下げ続ける彼女に声をかける。
「あ、頭あげてくれ。別に僕は何も…」
「いえ!そんなことはありません!」
「生贄として献上された私を食べるわけでもなく安全な村に送って頂き、そしてその村で安心して暮らせるようにと、事前にその村に話を通して頂いたりなど……」
「貴方のおかげで無事に暮らせましたし、この様に子供を授かる事も出来ました…!感謝なんてどれだけしようとも足りません!!」
僕は額を抑えた。まさかバレていたとは思ってなかったからだ。
適当な村に送ると言っておきながら、実はここからそう遠くない集落に送っていたのだ。
もちろん転移の妖術で送るといっていたので、その集落がこの近くにあるものだとはバレないと思っていた。
そもそも転移の妖術なんて名ばかりで、人間の目では追えない速度で移動させて転移したように見えるだけのものだ。そんなに遠い距離を移動させるのは人間の身体の負荷を考えると不可能だった。
だが、村ひとつでここまで大きなお祭りをするとなれば、当然周りの村にだってその話題は届く。そのせいか、必然的に近くだったと言う事がわかってしまったのだろう。
この辺一帯を自分のテリトリーにすると決めていたので、近くの村の者とも勿論多少なりとも交流があった。
この村が1番あやかしの被害が多いので、この近くに住むことにしたが、他の村はあまりあやかしの被害にあっておらず、献上品として食料は貰っていたし、送る村を決めた時に予め、人間を送るから世話をしてやれ、とは言っていた。
僕なりに考えた気遣い的なものが、こんな形でバレてしまうというのは、正直とても恥ずかしい。
「そんな偉大な貴方を讃えるお祭りが行われるということでいてもたってもいられず……」
「まさか本人にこうして直接お礼を言える機会が来るなんて思いもしませんでした…」
「い、いや僕としては生贄なんて貰っても邪魔だったから、村に送っていただけで……」
「突然送られてきても困らないようにその村にちょっとだけ言伝をしていたに過ぎないのでほんとに何もしてな───」
「何をおっしゃいますか!!」
その女性はこちらに顔を近づける。
僕はびっくりして思わず後ろに後ずさる。
「ここの村のことがありましたから、出来ませんでしたが、本来なら私が今住んでいる村でこのような祭事を設けようという話になっていたんですよ??」
「それほどまでに私たちはあなたに感謝しているんです」
「貴方のその他のあやかし達とは違う慈悲深い所がこのように報われて、本当に嬉しく思います」
「あらためまして、本当にありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げて去っていった。
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「嵐のような方でしたねぇ……」
「そうだな…」
僕達は少し道から外れて適当な場所に座りながら、りんご飴を食べている。
凛が言った通りこれもまた美味い。
「ていうか、適当な村って嘘だったんですね。このお祭りに子供を連れても来れる距離感なんて、隣ほどの距離感じゃないですか」
「コン様はほんっっとうに!素直じゃないですねぇ〜?」
凛がニヤニヤとしながらこちらを見てくる。僕は恥ずかしくなってそっぽを向きながら気を逸らすようにりんご飴を頬張る。
「師匠との約束だからだ。僕なりに色々考えたそれだけの話だ」
「師匠…?」
凛は不思議そうな顔をして首をかしげる。
そうか、凛には話してなかった。
「フウと僕には総一郎という師匠がいてな、その師匠の遺言なんだ」
「人間と仲良くしろとな」
「へぇ〜!そんな方がいらしたんですねぇ…」
「でも、フウ様は仲良くしようとしてましたが、コン様全然……」
「ええい、うるさいうるさい!僕は僕なり頑張ったんだ!!」
「大体、人間だけじゃなく僕は他人と関わるのが苦手なんだ!そーゆーのはフウの役目だからな!!」
僕は恥ずかしさを打ち消すように、りんご飴を頬張る。美味い、これもとても美味い。
凛はそんな僕を見ながらクスクスと楽しそうに笑う。
こいつは最近僕のことをよく揶揄う。これがフウや翔ならとても腹ただしいのだが、なぜだか凛にはそこまで悪い気はしない。
そんな自分を不思議に思いながらも、隣で幸せそうな顔してりんご飴を頬張る凛を見て思わず、笑みがこぼれる。
彼女見ていると、とても幸せな気持ちになる。
『好きな女を作れ』
突然、師匠の最後の言葉を思い出した。なぜ、今思い出したのか分からない。
『だって、あの小娘のこと好きじゃない』
いつかシュビィに言われた言葉も脳裏によぎる。これも何故今思い出したのか分からない。
「コン様…?私の顔になにかついてますか?」
凛は不思議そうに首を傾げた。その言葉にハッとして、思わず視線を逸らした。
「い、いやなんでもない。少し考え事をしていただけだ……」
余計な事を思い出して、何故か目を合わせるだけで頬が少し暑くなる。
凛は「そうだ!」という声を突然あげて立ち上がって僕の前に立つ。
「そろそろ花火が上がるんですが、神社に戻って2人で見ませんか?」
「神社からが一番綺麗に見えるように調整したんです!」
「そうなのか?」
「はい!だってこれはコン様が主役のお祭りですから!」
「そうか、じゃあ1度神社に戻ろう。」
「歩くと時間がかかる。飛んでいくからしっかり捕まっておくんだ」
「はい!わかりました!」
そう言って僕に抱き着いて、離さないように固く腕を絡ませる。
僕は何故か鼓動が早くなって心臓と熱くなる身体に疑問を覚えながらも凛を抱えて神社の方に戻った。
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