第4話 小さき来訪者

鮮やかな紅葉が落ち、白銀の世界に向かいつつある秋の終わりの頃。


あれからと言うものフウは、あいつのご飯をとても気に入り、前よりも頻繁に来るようになった。ほぼ毎回、自分の好きな魚を持ってきてはこれを使って料理してくれと頼んでいた。


「いやぁ…。凛ちゃんの飯はほんっとに美味い。何をどうすれば、こんなにも美味いもんができるんだ??」


そう言いながら、茶を飲んでくつろいでいる。


「飯を食ったなら早く帰れ。お前がいると神社が騒がしいんだ。」


僕はそんなフウを横目で見ながら、茶を飲んでいた。こいつが来ると、本当にここは騒々しくなる。こいつ自体がいると単純にうるさいのもあるが、近くに住処のあるあやかし達が、少し警戒して尚更うるさい。

フウは、僕と同じ最上位のあやかし。「名前持ち」の僕達が同じ場所に留まると、周りのあやかし達が妖気にあてられて騒ぎ出すからだ。

だから、 本当に早く帰って欲しい。


「まぁまぁ、おきつね様。まだ食べ終わったばかりなんですから、もう少しはいいじゃないですか。」


そんな事を言いながら、隣であいつは茶を飲んでいる。

この人間も、この半年あまりですっかりここに馴染んでしまった。もはや普通に住んでいる。ここに来たのが、生贄として来たことなんて最早誰も信じないぐらいに。

僕自身も、もうめんどくさくてもう一々言うのを辞めた。こいつがいればほっておいても、神社は綺麗だし、美味いご飯は出てくるし。

こいつの異常なまでの妖力の事もあるし、当分はもうここにいてもいいだろう。


そんな事を思いながら、居間で3人でくつろいでいると、外で誰かが騒いでいる。


「なんだ?誰か来たのか?」


僕は音の方へと耳を傾けながら言った。妖力の流れからして、おそらく人間だろう。


「いつものお供え物じゃねぇの??」


軽い口調でフウが言う。僕もそう思うが、その割にはやけに騒がしい。


「誰か来たんじゃないですか?私、見てきますね!」


そう言うと、あいつは外の方へと向かっていった。


「おい!勝手に!」


僕もあいつの後を追って外の方へ向かう。

先に着いたであろうあいつの方を見ると、誰かが抱きついていた。よく見るとそれは人間の子供でだった。そいつは抱きついたまま、あいつに言う。


「凛!生きてたんだな!助けに来たんだ!俺と一緒にここから逃げよう!!」


そう言って叫んだ。


「しょ、翔くん?!どうして1人でここに…」

あいつは驚いたように、その男の人間の名前を呼ぶ。


「いいから早く!こっち!!」

そう言って翔と呼ばれた人間は、あいつの手を引いて、神社の外へと走り去っていった。


─────────────────────


「はぁ…はぁ…ここまで来れば…」


翔くんはそう言って、手を離して走るのを止めた。色々と聞きたいことあるけど、とりあえずは……


「ねぇ、翔くんどうしてあそこに?お父さんたちは?なんでひとりでこんなところまで…」


私は息を切らしながら聞いた。あんなところに子供一人でまさか来るなんて。おきつね様やフウ様が、とても心の広い御方だから忘れがちだが、ここはあやかし達のテリトリーである山。とても私と同い年の翔くんが1人で来るなんて、危険すぎる。


「なんでって…。凛を助けるために決まってるだろ。お前が生贄として連れていかれる時、俺何もできなかった。」


そう言いながら、翔くんは悔しそうな顔をした。


「でも、どうしてもこの目で死んでるのか確かめないと信じれなかった。だって、凛は俺の親友で、幼馴染みだから。親父たちには内緒で、ここまでの安全に来れるルートを1人で探してたんだ。」


「もし生きていていたとしても、村にはきっと帰れないから、二人でどこか遠くに逃げようって言うつもりだった。もし死んでいたら、この手で、凛の仇を打つつもりで俺は……」


そう言って腰につけた短剣のようなものを手で握ってた。


「そんな、大丈夫だよ?私は平気。どこも怪我してないでしょ?」

「それに私、あそこでの生活結構気に入ってるんだ!翔くんも話してみなよ。あの二人はとてもいい人なんだよ?」


そう言って私は、翔くん落ち着かせようとした。だけど、翔くんは声を荒らげた。


「そんなこと言ってもあれはあやかしだ!人間じゃない!凛は騙されてるんだ!」


翔くんは私の肩を掴んだまま叫ぶように言った。


「俺と一緒に逃げよう!俺が凛が守るから!だって俺は凛のことが……」


そこまで言った瞬間、大きな突風が吹いたと同時に、風が翔くんの身体の自由を奪う。


「なんっだよこれ!動かせねぇ!」


翔くんは懸命に身体を動かそうとするが、全く動けない。


「はーい。捕まえた。ちょっと大人しくしておけよ〜」


隣から声がして視線を向けると、いつの間にかフウ様が立っていた。


「フウ様!あまり乱暴なことは…」


私はフウ様に頼み込むように言った。


「いやいや、大丈夫大丈夫。話し合っても抵抗するだろうから動けなくしてるだけさ。」

「このまま一旦神社に戻ろう。なんだか、色々と誤解があるようだからね〜」


フウ様はいつもの軽い口調で私に微笑んで言った。そういえば……


「あの…おきつね様は?」


私はフウ様に聞いてみた。すると、フウ様は苦笑いを浮かべながら頭をかいて言った。


「あー。あいつはなんか、『人間は人間といる方がいいだろうからな。』『まだ昼間だが、あやかしはこの山にいる。心配ならお前が行け。』とか言って神社の中入って行ったから多分寝てるんじゃない?」


「そうですか…」


実におきつね様らしい。思わず笑ってしまいそうになった。


「ま、着いたら話しかけにいってやってよ。あいつにも色々あるんだよ。」


そんな会話をして歩いていると、既に神社まで戻ってきていた。


─────────────────────

「さて少年君。君はすごい偏見を持って俺たちを見てるみたいだから、ちょっと話し合いをしようじゃないか。」


そう言ってフウは、風の拘束を解かないまま、男児に話しかける。だが、そいつは聞く耳を持つどころかこちらに噛み付くかの勢いで、罵声を飛ばす。


「うるさい!お前らあやかしは人間を獲物としか見てないクセに!!何が話し合いだ。凛を返せ!!」


「おーおー。これは取り付く島もないないなぁ。どーすっかなぁ…」


そう言って、フウは頭を少し掻きながら困ったような顔を浮かべた。

まぁ普通の人間はこんなもんだろう。そんな事を思いながら、僕はフウが諭そうとしているのを眺めていた。

すると、隣に座っていたあいつが僕に不安そうな目で話しかけた。


「あの、おきつね様?実は、翔くんはおじい様をあやかしに襲われて亡くされてるです……。だから、あやかし達への反発の気持ちがより大きいと言うか……」


「別になんとも思ってない。お前がおかしいだけで、あやかしへの認識はあいつが一般的みたいなものだ。まぁ、まだ幼いから恐怖よりも怒りが勝っているんだろうがな。」


そう言って返してやった。普通はそうなんだ。人間は俺たちを畏怖している。そしてあわよくば排除しようとしている事も分かっている。こちらに擦り寄ってきている奴らも、いつこちらに牙を剥くかわからない。こいつを見ていて、少し感覚が麻痺していた。人間と僕達あやかしは決して馴れ合いができない生き物なんだと再確認しているような感じがした。

僕は言い争いのようになってきた2人の方に向かって歩いていった。


「だから俺たちは凛ちゃんを食べる気は無いんだって!普通に仲良く暮らしてるだけだ!」


「だったら、凛を返せよ!!食べないなら、凛をそばに置く理由がないじゃないか!お前たちと暮らしてるより、人間の俺と一緒にいる方が凛も絶対にいいはずだ!!」


「うるさいぞお前たち。フウここからは僕がやる。」


そう言ってフウの肩に手を置いた。


「お前がそう言うなら変わってやるけど、どーすんだ?あいつ凛ちゃん返すまでうるせぇぞ?」


そう言って、僕に疑念の目を向けてきた。やめろそんな目をするな。策があるからやろうとしてるんだから。


「まぁ見ていろ。」


そう言って僕はこの男児の方に向き直った。



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