第7話 日曜大工

 無事に拠点を完成させたものの、問題は食料だけではなかった。

 自然も俺たちの敵だったのだ。


 農業用や戦闘用のような野外活動が前提になっているゴーレムはまだしも、大半のゴーレムは駆動部や配線が露出した状態で活動しているので雨や砂埃にめっぽう弱い。

 俺だって例外じゃない。工作用の腕は精密部品の集合体みたいなものだから、砂粒一つで容易く動作不良を起こしてしまう。


 人間に例えると骨や筋肉、神経がむき出しの状態で活動しているのと同じだ。

 拠点のおかげで雨風は凌げるようになったものの、どのみち天気が悪いと活動に支障をきたす。

 雨の日はほとんどのゴーレムが動けない。動けないだけならまだしも、拠点で待機しているだけで電力を消耗するのだからむしろマイナスだ。

 非常用としてフル充電してある有機分解型バッテリーを置いてはあるものの、その日の天気によって行動が制限されるのはやはり辛い。


 三日ほど雨が続いたある日。

 拠点で他のゴーレムたちと待機しながら止まない雨に歯噛みしていると、探索に出ていた一号がメイド服の女性を持って帰ってきたのでぎょっとした。


 よくみるとそれは人間に似せて作られたゴーレム。

 家政婦か愛玩用と思われるその機体は、体の表面がシリコンのような素材で覆われていた。

 ところどころ剥がれているためそのまま使うことはできないが、この皮は使えると思った。


「一号。このメイド型をもっと集めてきてくれないか?」

「承諾しました。……あの」

「どうした?」

「王様は、メイドがお好きなのでしょうか?」

「特別メイドだけに思い入れはないけど……どうした急に」

「いえ、なんでもありません。行ってまいります」


 ここ最近、一号が妙なことを言い出すことが多くなってきた。一番苦労をかけているから情緒の発達が著しいのかもしれない。

 時々困惑することもあるが、有用な物資を自分で判断して持って帰ってきてくれるようにもなったので、むしろこの成長は喜ばしい。

 実際、俺はメイド型をもってこいと指示したが、彼女はメイドに限らず皮膚を装着したゴーレムを持ち帰ってきた。俺の意図していることを理解している証拠だ。


 彼女が持ち帰ったゴーレムから一体一体丁寧に皮を剥がしていく。

 分析スキルによると、この皮膚は「スライム・スキン」と呼ばれる物らしい。熱と圧力で簡単につなぎ合わせることができ、装着すれば防塵、防水効果を発揮する。


 家政婦ゴーレム用のアイロン・アームを装着した三号に手伝ってもらいながら皮を加工していく。服なんて誰も着ていないのにアイロンなんてつけているのは、ありあわせのパーツで組み立てたからだ。


 一号以外のゴーレムは、俺も含めてみんなパーツが不揃いで運用性に欠けている。彼女が故障でもしたら俺たちは路頭に迷うこと間違いなし。

 さすがにリスクヘッジができてなさすぎるので近々パーツを整理するつもりだ。


 剥がしたスライム・スキンをゴーレムたちの体に貼り付けていく。

 全身を覆い隠すと、思った通り雨の中でも駆動部に泥が詰まるようなことはなくなった。

 これによって、俺たちは悪天候による行動制限を乗り越えたのである。


☆  ☆  ☆


 その後の活動はいたって順調だった。

 まず拠点の拡張が完了した。

 最初は掘っ立て小屋だった拠点もいまではそれなりの物件になっている。


 外壁は相変わらず鉄板だが屋根にはびっしりとソーラーパネルが設置されている。

 部屋は二部屋。広いほうの部屋は作業スペースで、狭いほうの部屋は回収した物資を収納する倉庫になっている。


 しかもなんとこの物件、有機分解型バッテリーそのものを使った発電装置まで完備している。

 屋外に設置された焼却炉のような設備に食料を放り込むと、建物内に電気が供給される仕組みになっているのだ。

 晴れの日は太陽光発電、雨や曇りの日は有機分解型バッテリーから電源を確保することができるようになったことで、ついに俺たちは電力不足から解放された。

 タスクワン、完了だ。


 無論、ゴーレムたちの改造も進んでいる。

 特に一号に至っては、戦闘用のごつい見た目から見違えるほどの美少女に変身した!

 ……たしかに多少の遊び心はある。だからといって欲望のままに彼女を美少女化したわけではない。


 スライム・スキンを手に入れたことでゴーレムたちの体を覆い隠すことはできたが、関節を曲げた時に皺になったり突っ張って裂けてしまうことがあった。

 皮じゃなくて服を着せてあげればいいじゃない、といわれればそれまでなのだが、俺としてはここにいるゴーレムたちをよりにしてやりたいという密かな願望がある。願望というよりもはや本能だ。

 と、いうわけで、まずは試作品として一号をメイド型ゴーレムをベースに改造してみたという感じだ。


 現在の状態はこんな感じ。


《俺》

・頭脳:超速演算装置

・胴体:汎用型ドラムボディ

・右腕部:多目的工作用ヒューマノイド・アーム

・左腕部:多目的工作用ヒューマノイドアーム

・右脚部:四輪キャタピラ

・左脚部:四輪キャタピラ

・核:ホワイト・コア

・電源:大容量バッテリー

・オプション:分析機能付き視覚センサー、汎用型マイク、汎用型スピーカー、近距離無線装置


《一号》

・頭脳:高度近接戦闘用演算装置

・胴体:女性型ヒューマノイドボディ(スリムタイプ)

・右腕部:人工筋肉搭載型ヒューマノイドアーム

・左腕部:人工筋肉搭載型ヒューマノイドアーム

・右脚部:戦闘用ヒューマノイド・フットⅢ型

・左脚部:戦闘用ヒューマノイド・フットⅢ型

・核:レッド・コア

・電源:大容量バッテリー

・オプション:望遠機能付き視覚センサー、汎用型マイク、汎用型スピーカー、近距離無線装置、金属探知機、動態ソナー、感情表現機能

 

 俺自身はせいぜい技能系の能力が成長したくらい。超速演算装置ってのは名前からしてすごそうなのでとりあえず付けてみたが、どうもこれは同時に複数の動作を行う時に使うものらしい。

 容量が足りていればなんでもいいと思ったが、右手と左手で別々の作業を行えるのでわりと便利だ。

 ただし左右の手がそれぞれ意思を持ったように動くので、はたから見るとものすごく気持ち悪いと思う。


 俺より一号のほうがよっぽど変化した。いまや一号の見た目は元の世界で俺が作っていたフィギュアにそっくりだ。

 白銅色の髪で、長い襟足を赤いリボンでまとめている。モデルがナイフ使いだったこともあり彼女は近接戦闘に特化した性能にした。


 上半身はスレンダーでややボーイッシュな雰囲気のある美人。人工筋肉を搭載した腕は他のどのアームよりも関節の動きが滑らかで、工具を扱うことはもちろん、罠を仕掛けたり裁縫までできる。外見に囚われて実用性を捨てているわけではない。


 脚部は戦闘用ヒューマノイドフットⅢ型。戦闘用に限らず、末尾の数字が大きくなるほどシャープで無駄のない作りになっている。現に前まで彼女がつけていたⅡ型は足の裏に加速用のジェット噴出口がついていたり、形状そのものも輪郭が角ばっていてごつかった。


 ところがⅢ型になるとシルエットだけならほとんど普通の足と変わらない。加速用ジェットもふくらはぎに格納されており無駄がない作りになっている。実に美しい。

 なかなか手に入らないのが玉に瑕だが、広大なジャンクヤードを探し尽くせば俺たちが使う分くらいは確保できるはずだ。


 個々のパーツの性能も大事だが、一番注目するのは全身のバランス、とりわけ顔の造形だ。

 スライム・スキンは熱を加えた後なら自由に形を変えることができる。重ね貼りすればこともできる。

 久々に創作魂をくすぐられたこともあって、彼女の顔や体形は一切の妥協をせず取り組んだ。

 七日七晩休むことなくこだわり抜いてようやく完成した珠玉の一品。彼女は俺の作品。俺のアートなのだ。


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