久しぶりの、なんとかさん

 しばらく待つと夢香が料理を運んできてくれた。

 衰弱している時にピッタリな栄養食の“おかゆ”だ。ド定番といえばド定番だけど、今の俺には豪華な料理に見えた。


「これ、夢香が?」

「おかゆだけどね~」

「ありがとうな、夢香」

「じゃあ、さっそく食べさせてあげるね」


 そう言って夢香はレンゲでおかゆを掬って食べさせてくれた。もう“あ~ん”に対する免疫はできいる。すっかり慣れたさ。

 俺はありがたく、おかゆを口にした。


「…………うまい」

「良かった。うまく出来たみたい」


「ああ、最高に美味しいよ。涙が出そうだ」

「も~、お兄ちゃんってば」


 照れくさそうにする夢香。

 いや、本当に美味しいけどね。



 ご飯を食べ終え、十分に満たされた。



 明日に備え、また眠ることに。

 今は早く回復することが優先だ。


「おやすみ、夢香」

「おやすみなさい、お兄ちゃん。なにかあったら直ぐ連絡して」

「分かった」


 夢香が去った後、部屋の明かりを消した。

 眠れるか微妙なところに思えたが、不思議と眠気に襲われた。風邪薬のせいかな……。



 * * *



 翌日。

 なんとなく起き上がると、体はすっかり元気になっていた。過去最高に体調が良かった。


 おぉ……昨日の風邪が嘘みたいだ。


 キッチンへ向かい、朝食を作る。

 いつものルーチンを進めていく。


 直に夢香も起きてくる頃合いだからな。



 準備し終えると制服姿の夢香が現れた。



「おはよー、お兄ちゃん。元気になった~?」

「おはよ、夢香。ああ、おかげですっかり元気だ」

「良かったぁ。結構心配したんだからね」

「悪い悪い。俺もまさか体調を崩すとは思っていなかったんだ」

「これからは気を付けてね。わたしも手伝うから」

「おう、頼むわ。さて、それよりも朝食にしようぜ」

「うん」



 朝食のタマゴサンドを食べ終え、家を出た。

 今日は少し夏を感じさせる暑さだ。

 そうか、いよいよ夏を迎えるのか。


 学校まで徒歩で向かい――校門前。


 生徒はまだ疎らで、それほど活気はない。


 ちょっと早すぎたかなと、思いつつも昇降口を目指した……その時だった。



「まて、平田杏介!!」



 俺を呼び止める男の声がした。

 だ、誰だ、こんな朝から。


 振り向くとそこには見知った顔の男がいた。


 あ~…こいつは、最近俺を付け狙う……名前忘れた。



「…………なんとか」

「なんとかじゃねえええ!! いい加減覚えろよ! 僕は小鳥遊たかなし かなめ! 小鳥遊たかなし かなめだ!!」



 そうだ、そんな名前だった。

 以前、マラソンで競ってきたが俺の勝利で終わったな。それ以来は見かけていなかったけど、久しぶりの登場だな。



「その、小鳥遊なんとかが俺に何の用だ?」

「だから、なんとかじゃねぇ! いや、そんなことはいい。僕と勝負しろ」


「勝負ぅ?」


「夢香さんを懸けて勝負さ」

「なんだと?」


「勝負内容は……この小型イヌイヌパニックで勝負だ!」



 イヌイヌパニック。

 番犬が口を開いたオモチャだ。10個ある牙をひとつひとつ押していく。ハズレを引くと噛みつかれ、敗北となるシンプルなゲームだ。


 子供の頃、よくやったな。


 てか、なんでそんなゲームを朝っぱらから、やらにゃならん。夢香なんか呆然としているぞ。



「あ、あのお兄ちゃん……」

「大丈夫だ、夢香。俺はやらないよ」

「そっかそっか」


「というわけだ、小鳥遊なんとか。さらばだ」



 俺はそのまま素通りしようとしたが――。



「なんだ、逃げるのか」

「俺にメリットがないからだ。なんでこっちだけ妹を懸けなきゃならん。そっちも何か出すなら考えてやらんでもない。それに朝やることじゃないだろ。昼か放課後にしろ」


「分かった。それまでに考えておく」



 今回は諦めた小鳥遊。

 コイツ、もしかして夢香のことが好きなのか?


 まさかな。

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