心臓に悪い同居人(敵)




 ドレッサーの机の下に広がる暗闇に紛れるように縮こまる私。

 自分の何倍もの大きさの肉食動物が鼻歌まじりに近づいてくるのを前に、足も動かずただただ恐怖することしかできなかった。

 なにをしているのかと思えば少女はドレッサーの前でなにやら身だしなみを整えているようで、その真下にいる私に気付く素振りは見せない。





(……)




 まだ大丈夫、気づいてない、音を立てるな私。やり過ごすんだ、今はやり過ごすことだけを考えろ。




 ただでさえ小さくなっている心臓の鼓動が速くなっているのを感じる。

 息を吸うのも躊躇い、汗を垂れさせ痒くなっていく皮膚を掻きたくなるのを抑え、その場でじっと息を殺して少女の足元を一点に見つめている。





(…………)




 この状況、下手なホラー映画よりも怖い。相手は殺人鬼で、それを前にして震えている私はまさしく獲物か被験者だ。



 見つかれば有無を言わさず即・滅・殺。ネズミである以上何も言えんが断末魔すら響かない、殺しのプロを相手どっているようなものだろう。





(……)





カラン。




「───────ッ!?」




 ひいっ!?なに?なんかぶつかった!?




 まるで何かがどれかにぶつかったような、はたまた何かか落ちたような無機質な乾いた音が鈍く響き渡るのと同時に、私の身体が反射的に仰け反った。




 何事かと暗闇から様子を伺うと、不意に私の顔前に少女の顔がのっそと現れた。





おいおいおいおいおいおいおい……!!




 どうやら少女が落とした何かを拾おうと屈んでいるようで、彼女の顔がドレッサーの真下にいる私からでもハッキリと見えた。私がヘマしなくてよかったなんて安心してる余裕はない。



 こんな状態でもし万が一見られでもしたらおしまいだ。私は今だかつてないほど激しい心臓の鼓動を感じ取りながら、ひたすら祈るしかなかった。こっちを向かないでくれ、頼む、頼む。




 ドクドクドクと心臓が張り裂けんばかりに脈打つ。





 暫く少女の顔から目が離せなかったが、彼女が髪留めらしきものを拾い上げ、そのまま何事もなかったかのように立ち上がりスタスタと部屋から出ていった。扉がパタンと閉められる音が後味悪く耳に残る。





───危ね。




 死を覚悟しただけあって中々足を動かせずその場でガチガチに固まってしまっている。いくらなんでも心臓に悪すぎだわ全く。





 まずは落ち着いて深呼吸。深呼吸だ私。スーハー……スーハー……





 よし、落ち着いた。そこから再び歩けるようになるまで時間は要したが、ともあれこれで一安心だ。ホント疲れたマジで。死んだかと思った。




 今だ整わないふすー、ふすーという荒い呼吸を響かせながら、恐る恐る一歩を踏み出す。机の下は上方向の視界が悪いから、早いところ移動したい。




 机の角からちらりと顔を出し、指差し(鼻先)確認右左右!敵影なーし!気配もなーし!全力疾走でベッドの下まで電光石火で突き進めー!




 ぴゅー。





 ひとまず寝室らしき部屋の隅にあるベッドの下に潜りこんだが、こうも音を立てずに素早い動きが出来るってのはいいな。普通に人間だった時より速くなってる気がするし。




 それに動物ってなにかと足速いんだよね。ネズミに限らず、大抵の獣は人間より速いと思う。



 私自身、足の速さは前世では可も不可も無く至って平均的といった感じではあったけど、こんなちっこいネズミより遅かったのかと思うとちょっとショックだなあ。





 とりあえずベッドの端から向かいの扉までダーッシュ……うん、大体3秒くらいか。普通に走ってこれは速いね。






 さて、取り敢えずベッドの下に潜るか。すたこらさっさー。



 ベッドの方がドレッサーの下より範囲が広く、間取りからして部屋の全体を見渡せるから都合がいい。


 だが当然ながらこういった暗い、汚い、広いという三点セットが揃った先には何かと先住の方がいらっしゃるようで……




─────

【ホワイトアント】


《スキル》

[噛みつき.Lv1][威嚇.Lv1][飛翔.Lv3]


《耐性・特性スキル》

[衝撃耐性.Lv1]


《称号》

[社会の外れ者][同族喰らい][同族嫌悪]


─────



 ホワイトアント、要するに白蟻が私と同じ屋根ベッドの下に住み着いてた。

 よく目を凝らせばネズミ大の……というか私より一回り小さいくらいの大蟻が更に奥まった端の方でこじんまりとしている。

 単に私が生まれたてのベィビーで小さいからだろうとも言えるが、それでもそこそこ大きなサイズの筈だ。



 まあ違和感はあるけれど、今の私がネズミであることを考慮すれば全然許容できるくらいだ。






 に、してはちょーっとでかいけどね。鋭い牙とか怖え。





 それは一旦置いとくとして、こいつのスキルに飛翔・・とかあるんだけど。なにこいつ、特殊個体?称号に変異体が無かったから違うかもだけど、もしかして同業者もとにんげん的なあれかな?




【ホワイトアント】

[民家に巣を作り、木製の柱や壁を齧り腐食させる害虫。社会性のある昆虫で、仲間同士の結び付きが強いとされる。訳あって群れから追い出された個体は為す術も無くの垂れ死ぬか、あるいは背に羽を生やして周囲を飛び回り、最終的にの垂れ死ぬ。]





 絶賛家出中──────ッ!!駄目じゃん、こいつ駄目じゃん!!称号がやたら不吉だなとは思っていたけど、巣から追い出された浮浪者やんけこいつぅ!!一丁前に同族嫌悪とか引っ提げてイキってるただの社会不適合虫じゃないですかやだー!




 あ、それは私もか。いや、あの、別にイキってる訳じゃないよ???あの、単純にネズミが嫌いなだけだよ?ただただ汚いのが嫌なだけなんだよ?元人間なんだしそこらへんは仕方ないじゃんk……(小声)






 まあ読んで字のごとく同族嫌悪っ……あああもおおお!(自爆)




 あのさ、例えどれだけ可愛くたって、病気だの細菌だのヤバイものを媒介してるって知ったらわざわざ近づこうとは思わないじゃん?普通。そうだよ、そういうことなんだよ、だから別に他意はないっていうか……まあ複雑な事情がおありなんだろうなぁー(チラッ)




『ギチ……ギリギリィ……』




 視線を合わせたホワイトアントが僅かに身震いし、小さくも鋭い鳴き声らしきものが聞こえた。






 一瞬、私の身体中の毛がぞわりと逆立った気がした。いや、気じゃない。あらゆる感覚が危険信号を発している。




(……!!)



『ギチィッ!!』




 そして再びホワイトアントへ視線を合わせた刹那、あろうことか御相手さんがまっすぐこちらへ飛び掛かってきたのである。

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