第5話 『一緒に下校』

 休日はあっという間に終わってしまった。

 どうして一週間のうち二日しか休みがないのだろう。せめて三日はほしいものだと、いつも思う。

 はぁ、と深くため息をつき学校で唯一な楽しみである部活に向かおうとすると、明沙陽あさひが浮かれた様子で話しかけてきた。


京也きょうやー、お前今日は部活?」

「そうだけど、明沙陽は部活ないのか?」

「おう! 久しぶりに休みなんだよ!」

「まじかよ」


 明沙陽はサッカー部に所属している。

 二年生ながらも見事にスタメンに入っており、将来のキャプテン候補とも呼ばれているらしい。イケメンな上にスポーツ万能なんて、控えめに言って腹が立って仕方がない。

 天は二物を与えずという言葉があるが、天は明沙陽に二物も三物も与えている。俺のように一物しか与えられなかった人間からしたら、ふざけやがって! という話である。


「だから京也も休みだったら、どこかに遊びに行きたいなって思ったんだけどな」

「悪い。また今度遊びに行こうぜ」

「そうだな」


 ここで俺は、いいことを思いついてしまった。

 今まで胡桃沢くるみざわは男子として女子にされて嬉しいことを三つも練習した。それを明沙陽に試すチャンスがついにきたのではないか、と。

 余計なお世話かもしれないが、俺がここで一肌脱いであげようじゃないか。


「明沙陽、久しぶりに胡桃沢と遊んできたらどうだ? 最近あまり一緒に過ごせてないんだろ?」

「あー、実は京也を誘う前に実莉みのりを誘ってみたんだけどな。用事があるって言われて断られちゃったんだよ」

「……え、用事?」

「ああ。学校でなんか用事があるらしくて、終わるまで待つって言ったんだけど長くなるから無理って言われたわ」


 胡桃沢にも何かしら用事があることはあるだろう。

 でも部活に入っていない胡桃沢に、そこまで遅くなる用事なんてあるか……?


「まあ今日は久しぶりの休みだし、帰って寝るわ。じゃあまた明日な」

「おう。じゃあな」


 この教室には、もう胡桃沢はいない。

 まあ、胡桃沢に用事があるなら今日は呼び出されることはないだろうし、久しぶりに何も考えず部活を頑張ろうと思って競技場へ向かったのだった。



 下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

 なんだと思って振り向くと、そこには肩下まで伸びた栗色の髪を靡かせた女子が立っている。


「……胡桃沢か」

「やっほ。今から部活?」

「そうだよ。てかせっかくのチャンスだったってのに、どうして明沙陽の誘いを断ったんだよ」

「チャンス……? あー、用事があるんだから仕方ないじゃん」

「用事って?」

飛鳥馬あすまくんとの練習」

「全く……」


 何を考えてるんだよ、こいつは。

 せっかく明沙陽が誘ってくれたのに。

 どうして好きな人からの誘いよりも、俺なんかとの練習を優先するんだよ。


「今日は『一緒に下校』ね! 私、飛鳥馬くんの部活が終わるまで見てるから」

「お前な……『一緒に下校』なんて練習しなくてもいいだろ。それに明沙陽とは幼馴染なんだし、何度も一緒に帰ってんじゃないのかよ?」

「帰ってるけど……飛鳥馬くんと練習したいの。…………だめ?」

「ダメじゃないけど……もったいないだろ。せっかく明沙陽の部活が休みだったのに」

「い・い・の! 今は明沙陽は関係ないから! 飛鳥馬くんは早く部活を終わらせてきて!」

「わかった! わかったから押すなって! まだ靴履き替えられてないんだよ!」


 明沙陽は関係ないってどうゆうことだよ。

 胡桃沢は明沙陽のために、頑張って俺と練習してるんだろ?

 それなら絶対今日のチャンスを逃さない方がいいに決まってるのに。

 なんで、俺なんかとの練習のために…………。


「頑張ってね。応援してるから」

「……おう」


 そうして俺たちは並んで競技場へと向かったのだった。



 先輩に胡桃沢の存在で茶化されながらもなんとか部活が終わり、俺は胡桃沢が待っているという校門に向かった。

 今日は何も考えず部活に集中できると思ったのに、今日も今日とて胡桃沢のことばかり考えてしまって全く集中できなかった。


「悪いな、遅くなった」

「別にいいよー。いつものことだし」


 合流した俺たちは、並んで駅に向かって歩き始める。

 同じ市に住んでいると言っても最寄り駅は同じではないため、途中まで一緒だが電車で別れることになるだろう。


「でもさ、本当になんで明沙陽と帰らなかったんだよ。サッカー部が休みなんてもう当分ないと思うぞ」

「今はいいんだってば。まだ飛鳥馬くんとの練習の途中でしょ」

「それはそうだけど……、『一緒に下校』なんてわざわざ練習することでもないだろ」

「またその話? 飛鳥馬くんは私と下校、したくないの?」


 胡桃沢が上目遣いで聞いてくる。

 話を逸らされた気しかしないが、胡桃沢の顔から目が離せない。


「…………別にしたくなくはない」

「へ〜、飛鳥馬くん私と一緒に下校したかったんだ〜」

「友達なら下校くらい一緒にするだろ!?」

「……そう、だよね」


 俺がそう言うと、なぜか俯いて悲しげな顔を見せた。

 しかしすぐに顔を上げ、いい事思いついたと言わんばかりにニヤニヤし始める。


「な、なんだよ?」

「えいっ!」

「……っ!?」


 胡桃沢は急に俺の手を掴み、ギュッと握り締めた。

 抵抗して離そうとするが、強く握られた俺の手が胡桃沢の手から離れることはない。


「ちょっ……胡桃沢!? なにやってんだよ!?」

「手を繋いだだけだよ?」

「いや、なんで手を繋ぐんだよ!?」

「別にいいじゃん。だって、練習だよ?」

「練習……」


 女子と手を繋ぐのは初めて。

 手汗がやばい。気持ち悪がられないだろうか。


「え、駅までだからな」

「ふふっ……手を繋いだだけで照れちゃう飛鳥馬くん、可愛い〜♡」

「……うるさいな。お前だって顔赤くなってるだろ」

「これは暑いだけだもんー。照れてるわけじゃないもんー」

「はいはい。そうですか」


 胡桃沢の手は先程まで冷たかったのに、今では熱を帯びて温かくなっている。

 小さい手。柔らかい感触。そして、温かい。

 女子の手がこんな感じだなんて今まで知らなかった。

 でも、今日知れてよかったと思った。

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