「マル、出汁!デジルじゃないよ。ダシと読むんだよ。」

アオヤ

第1話 ある夏の日の出会い

 くそ暑い高校の夏休み、俺は部活の合宿の為、軽井沢の別荘地に来ていた。

避暑地という場所だから少しは涼しいのかと期待していたが俺の額からは立ってるだけで汗が滝の様にながれた。

温暖化の波は確実にここにもおしよせているのを肌で感じた。


 俺がイメージした軽井沢の別荘とは優雅にのんびり出来る場所だった。

たが、現実は・・・

昭和の頃に造られた森の中、いや山の中の住宅街だ。

俺達はその山の中の一軒家の別荘を借りて、そこから近所の体育館まで自転車で通う事になる。

別荘というと聴こえはいいが、俺達が泊まっている一軒家は小屋みたいな家だ。

失礼な話しだが、まるでちびまる子ちゃんの自宅の様に俺には思えた。

最初に「ここが今日から君達が泊まる家だ」と言われた時、一軒家の別荘に期待していた分だけ俺のガッカリは半端なかった。


 まぁ〜それでも、夏休み中ずっと灼熱の我が家で暇な毎日を過ごす事を考えれば・・・

きっと楽しい夏休みを仲間と過ごせる筈だ。


 仲間と夜遅くまでくだらない話しをしながら騒ぐのは最高だ。

住宅街といっても隣りとはそれなりに離れていて多少騒いだところで迷惑がかかる事は無いはずだ。

かえって騒いでいないと虫の声やフクロウの鳴き声ばかりが響いてきて、なんだか寂しさを感じてしまう。


 深夜零時を過ぎる頃、俺達は明日の部活に備えて布団に入った。

とその数分後には俺の周りあちらこちらから寝息が聞こえてきた。

その内、洞窟内を風が吹き荒れる様な音でイビキも聞こえ始める。


 俺も早く眠りに就こうと瞼を閉じたが・・・


 俺は布団がかわるとダメだった。

寝る事に集中しようとすると周りの事が気になって眠れない。

遠くでフクロウの鳴き声が子守唄の様に聞こえるがかえってその声に集中してしまう。

虫の声も俺の耳元で泣いているみたいで不気味に感じてしまった。


 俺が一生懸命眠ろうとしていたら突然上の方からタ・タ・タ・タ・タと何か走る様な音が響いてきた。

 まさか天井裏に忍者が・・・?

 俺の事を殺しに来た刺客が天井裏で息を潜めているとか・・・?

別に狙われる様な覚えなんて何も無いのに変な妄想をしたら余計に目が冴えてしまった。


 少しするとまた静けさが戻ってきた。


 そしたら、なんだか虫の声の合間にピチャピチャと水滴が垂れる様な音までしてきた。

最初、水道から水が垂れているのかと思ったが耳を澄ますと天井のすみっこから聞こえてくる。

 これはもしかすると・・・

アライグマかハクビシンのマーキングか?

天井裏が気になって益々眠れなくなってしまった。


 こんな事があって眠りに就くまでかなり時間がかかってしまった。


 やっと眠りにつけたと思ったら、間もなく陽の光を顔に浴びて朝が訪れたのをかすかに感じた。

だか、身体を動かそうにも体は全く動かなかった。

・・・眠い・・・

誰かに布団を剥ぎ取られ耳元で「もう出発する時間だぞ」と怒鳴られてようやく身体を動かす事ができた。

「もう時間だから先に行ってるぞ」

寝ぼけていた俺はその言葉にようやく何をすべきか理解することが出来た。


 慌てて支度を済ませ自転車に跨がった。

夏の陽射しに刺されて顔が痛い。

今日も暑くなりそうだ。

俺は自転車のペダルに思いっ切り力を込めて皆んなが先に向かっている体育館へと向かう。

「急がないと・・・ 初日からこれでは合宿している意味が無いじゃないか!」

 

 行きは山の上からふもとへと向かうから涼しい時間に涼しい風を浴びて一気に駆け下りる事になる。

 帰りは?

暑い時間に20分くらいかかる山道を汗だくになりながら登らなくてはならない。


 帰りの事だけを考えるとこれから毎日地獄だな。


 俺は一生懸命ペダルを漕ぎ続けるが仲間の背中が中々見えてこない事に焦りを感じた。

住宅街の路地をさっそうと走っていたら前方に突然何かが現れた。

俺は猛スピードでその何かにどんどん近づいていく。

そしてすぐそばまで近づいた時、それの何かは2~3歳位の女の子である事に気がついた。


その女の子は今までプールにでも入っていたのか水着を着ていた様に見えたが・・・

何故か水着の上はずり上がり、下は丸出しだった。

俺は慌ててブレーキを掛けて彼女の直前で止まることができた。

彼女に怪我をさせずにすんで俺はホッとした。

と同時に急いでいるのにどうしたらよいのか戸惑った。


「ママがいない! ママが居ないの~! うぁ〜ん!」

突然泣き出した女の子の側に慌てて俺は駆け寄った。

たぶん近くの家の子だと思うのだか・・・


女の子の泣き声に近所のオバサンが顔をのぞかせた。

「あら、香澄ちゃんじゃないのどうしたの?」

顔を覗かせた近所のオバサンはこの子のお母さんではなさそうだ。


 オバサンは俺と香澄ちゃんを交互に見た。

そして香澄ちゃんの姿を見るなり俺を犯罪者扱いしてきた。

「アナタ香澄ちゃんに何をしようとしているの? 今、警察に連絡するから! 」


オバサンの目には俺が幼女を誘拐か、イタズラしようとしている様に見えたみたいだ。

この場面だけ見たらたしかにそう映るのも仕方ないが・・・


 俺はこの状況を説明しようと考えをめぐらせるが、どれも言い訳にしか聞こえない事ばかりで言葉にならなかった。

オバサンは俺を睨んだまま家族の誰かを呼び始めた。

マズイ、この展開マズイ。

このままでは俺、犯罪者にされてしまう。

もう部活の事なんてどこかに吹っ飛んでしまった。


「香澄、そんな所に居たの? 探したじゃない」

後ろから突然声をかけられて俺はビクッとなった。

「香澄ったらトイレ行くってパンツおろしたままどこかに行っちゃうんだから!」

どうやらこの子の母親が来てくれた様で俺はホッとした。


「スミマセン。香澄がご迷惑おかけしていませんでしたか?」


さっきまで殺気立って鬼みたいな顔していたオバサンが今は状況が分かっのかニコニコした顔になっている。

「香澄ちゃん、ダメよ一人でこんな所出歩いてちゃ。ママが心配しているでしょう」


それからオバサンは俺の方に向き直って「疑ってゴメンねオニイチャン。それよりゆっくりしていて大丈夫なの?」とスッカリ忘れていた部活の事を思い出させてくれた。


 俺の疑いもはれたし、この子ももう大丈夫。

「もう一人で出歩いてちゃダメだよ」

女の子に一言残し俺は自転車に跨り漕ぎ始めた。


振り返ると女の子はトコトコトコと歩き出し「バイバイ〜!」と手を振っていた。

俺も手を揚げて応えた。


 そのすぐ後、突然後ろでキィー、ガシャンと大きな音がした。

そして「キャー」という悲鳴が響き渡った。

振り返ると香澄ちゃんが車にはねられたらしく道端で倒れていた。

俺は自転車を放り投げ香澄ちゃんの側に駆け寄る。

香澄ちゃんの太腿辺りからはかなり血がながれている。

おばさんに救急を呼んでもらい俺は血が出ない様に血管を抑えた。

救急車が来るまでの時間がものすごく永く感じた。


 遠くからやっと救急車のサイレンが近づいて来たと思ったら・・・

気がついた時には俺は香澄ちゃんの付き添いとして救急車に一緒に乗っていた。

何で俺が?

香澄ちゃんも心細そうな顔をしている。

「足が痛い、足が痛いよ。私、私・・・」

俺は香澄ちゃんをの手をしっかりと握り励ます事しか出来なかった。

「大丈夫だよ。心配しないで!すぐに病院に着いて診てもらえるから!」

さっき会ったばかりの子なのに・・・

こんな事になって不思議な縁を感じた。

そして手を繋ぎながら『きっと大丈夫』と変な確信みたいなモノを感じていた。


 間もなく病院に到着すると香澄ちゃんは病院のスタッフの手によってテキパキと運ばれて行く。

止血の処置はすぐにしてもらえたみたいだ。

でも、出血が多かったので輸血が必要だと言われた。

そして運悪く香澄ちゃんの血液型の輸血パックのストックがきれてしまい、献血出来る人を探し始めだした。


ポーとしてたら俺も呼ばれ血液型を調べられた。

そしたらなんと俺の血液型は香澄ちゃんと同じ型だとと告げられる。

家族の方達からも献血を頼まれてしまい、仕方なく了承した。

俺はなんだか針を刺され血を抜かれる事が怖かった。

しかし、俺の血が役にたつならば・・・

俺はビクビクしながら初めての献血を経験した。


香澄ちゃんは俺の血を輸血してもらい無事に回復したみたいだ。


血を抜かた俺はボォ〜となりながら今日、これからの事を考えた。

・・・今日は合宿初日、夏休みは始まったばかり。

俺のながい夏休みはこれからいったいどうなってしまうのだろうか?

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