第2話 旅路は帰り道が最も危険

「もうすぐまちにつくね!」



 一台の馬車の上で、十歳くらいの見た目の少女――リタが、そんなことを口にする。

 白いフリルのついたワンピースを着ていて、黒い髪はおかっぱにしている。

 大きな青い瞳には、間近にある都市、アルティオスの門が見えてきていた。

 そんな少女――リタはふわふわと空中に浮いている。

 幼女が高所に浮遊しているのは傍から見れば奇妙な光景ではあるが頭上の彼女にとっては道を歩くにも等しい、自然な行為だ。

 とはいえ、それが万人に受け入れられるわけでもない。



「リタ!あまり高いところに浮かぶのはやめなさい。他の人に見られてしまうよ」



 御者台に座っている、ピーターが少女に声をかけた。

 彼は、何かを見ようとするかのように、上空を一心不乱に見つめている。

 ピーターが見ようとしている何かが何かといえば、それはリタである。

 厳密には、リタのスカートの中である。

 あまり高くまで飛びあがりすぎると見えないし、角度が悪いと見えない。

 絶妙なバランスがあって初めて見えるスカートの奥にあるパンツ。

 たかが布切れ、されどピーターにとってリタのソレは、至高の芸術。

 金剛石や黄金よりはるかに美しく、価値が高いものなのである。

 実際問題高く飛びすぎると、モンスターや他の人に見つかってトラブルを呼ぶ可能性があるので彼の純粋に不純な動機はともかく行動自体は間違っていないのだが。



「はーい!ごめんねぴーたー」



ふわふわと馬車の「上部百メートル」に浮かんでいたリタは、ピーターにたしなめられるとすぐにふよふよと浮かんだまま彼の近くまで戻り、膝のあたりに座った。

 あるいは、座ったというのも適切ではないかもしれない。

 実体のないアンデッドである彼女は、ただピーターのそばで浮かんでいるだけだから。

 ピーターは内心、「これでもうパンツが見れなくなった」という残念さと、「でもリタが膝の上にいる」という喜びがないまぜになり、葛藤していた。

 しかしリタはそんなピーターの内申に気付く様子もなく、にこにこと笑っている。



「あのね、わたし、まちについたら、ぱんけーきがたべたい!」

「そ、そうだね、一緒に食べようね」



 少し顔を赤らめて、嬉しそうにピーターは言葉を発する。

 幼女のスカートの中身を見て、劣情を催していたのでさもありなん。

 先程まで上を向いていた目線も、すでに前方に戻っている。



「それから、めーあやらーふぁとおはなししたい」

「そうだね、久しぶりにメーアさんやラーファさんのところには挨拶に行かないとね。後、ギルドマスターとラーシンさんのところもっ」



 ついた後の予定を二人で話しながら、整理していると、突如馬車が止まった。



「主様、前方で争う音が聞こえます。いかがされますか?」

「ハル、本当?この辺り迂回するルートもないし、まいったな」



 彼の前方で馬車を引いているのは、彼らの仲間である、ハルバードドラゴン・スケルトンのハルだ。

スケルトンにひかせているので、馬車という表現は少々おかしいかもしれないが。

 彼女は四足歩行の地竜であるハルバードドラゴンが死後、スケルトンと化したものである。

 十メートルほどある体長に反して頭は小さく、脊椎には互い違いになった板状の骨が並んでいる。

 尾の先端の骨だけは、両刃の斧の刃から、槍の穂先が突き出たかのような形状になっている。

 空洞となっている眼窩には、赤い光点が瞬いている。

 スケルトンになったことで日光や聖水など弱点も増えたが、もともと竜としての優れた身体能力や感覚はいまだ健在だ。

 ゆえに、ピーター自身には見えず聴こえずとも、本当に前方で戦闘が起こっているのだろうと理解して、対処法を考える。



「リタ。上から見た時、何か見えなかった?」

「えっとね、おおかみさんたちがばしゃのまわりにいた!」

「なるほど、ありがとう」



 人間と、モンスター同士の争いらしい。

 そうなると、状況が面倒になってくる。

 襲撃者が人間であれば、戦闘が終われば撤退する可能性が高いが、モンスターとなるとその集団側が仮に倒れたとしたららこちらに来る可能性もある。

 人間にとってはともかく、モンスターにとっては敵である人間の多い町から離れたほうが安全なのだから、街の反対側にいるピーター達と遭遇してもおかしくはない。



「ハル、前進」



 そこまで考えたところで、ピーターはハルに前進命令を出す。




「ハルはモンスターや馬車に遭遇したら、向かってくるモンスターだけ迎撃して。あんまり多すぎると捌ききれないからね。リタは、とりあえず待機で」

「承知しました」

「わかった!」



 と、指示を出しているうちに、彼らの視界にモンスターが入ってきた。

 それは、緑色の狼の群れだった。



「ウオオオオオン」

「ウオオオン」「ウオオオオオオオン」

「グリーンウルフかーー」


 グリーンウルフは、モンスターであり、ウルフ種に分類される。

 ウルフ種は基本的に群れるものであり、グリーンウルフもその一例である。

 その中でもグリーンウルフは群れることに特化しており、ゴブリンなどといった本来組まないはずの多種族とさえ組むことがある。

 比較的弱い部類のモンスターではあるが、群れの数がかなり多く、厄介な相手だ。

 対して、襲われている馬車は一台。

 見たところ、かなりしっかりしたつくりに見えた。

 もしかするとそれなりの身分の者だったりするかもしれないが、今は関係ないし考えている余裕もない。

 モンスターの中でも、狼系は群れで狩りをすることが特に多い。

馬車に乗れる程度の人数では腹は膨れないだろうし、臭いでこちらの位置がばれている可能性が高い。

それならば、前方の馬車と合流してたたいたほうが合理的だ。

だから彼らの援護に向かっても問題はないだろう、とピーターは判断した。



「だいじょうぶ?ぴーたー、わたしと、わたしもだそうか?」

「大丈夫だよ、リタはとりあえず何もせず【霊安室】で待機しててね。必要になったらお願いするから」

「むー、わかった!」



 リタが、どこか不満げに、ピーターの中に、厳密にはピーターの中の【霊安室】に戻っていく。

 馬車の周囲では、一組のパーティと思しき武装した数名の少年と少女が戦闘中だった。

 おそらくは護衛として雇われている冒険者あるいは傭兵の類だろう。

 彼等も奮戦しているが、いかんせん相手の数が多いため、かなり苦しそうだ。

 既に何体か倒しているが、それでもまだ二十体以上いる。

 特に、ピーターにとっては孤立した強者より、そういう群れを作る弱者のほうが、相性が悪かった。

そもそもピーターでは一体のグリーンウルフさえも手に余るだろう。

 彼は、後衛の魔法職や支援職に分類されるため、単体での戦闘能力は比較的低い。

 とはいえ、それはあくまでも彼が一人で戦うのであれば、という話だ。



「【ネクロ・スピード】、【ネクロ・ディフェンス】、【ネクロ・パワー】。ハル、頼んだ」

「承知しました」



 ピーターは〈降霊術師〉のジョブスキル、アンデッド専用の身体能力を引き上げるバフをハルにかけると同時に、彼女から手綱をはずした。

 強力なアンデッドであるハルにとっては、群れるだけの狼など敵ではない。


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