第十七話 自嘲






 思いがけずして豪勢だった食材と共に、大満足に終わった昼食のバーベキュー。

 余すことなく皆で食べ切り、そんな私たちを見て武藤さんもまた、ご満悦の様子。

 終始目を輝かせながら、ミスジとタンを食べ舌鼓を打っていた私。

 あの絶品の牛肉を用意してくれた武藤さんには、もはや感謝してもしきれない。


 ――そんな幸福の時間も過ぎた現在。私たちはバーベキューの後片づけをしていた。


「いやぁー最高だったっす!」

 ビニールや生ゴミをまとめながら、白井さんがしみじみと呟く。

 武藤さんはお手洗いに行き、沢崎さんと天野に関しては、レンタル器材を返しに行っているところだ。

 私と伊田さん、そして白井さんと谷村は、その場に残ってゴミや資材の片づけをしていた。

「あぁ……あんな旨い肉、俺初めて食べたよ」

「口の中で溶ける肉なんて、食べたことなかったっす……!」

 協力しながら分別をしつつ、何やら楽しそうに感想を言い合っている白井さんたち。

「だよなだよな、マジで武藤さんには感謝しかねえよ!」

「ただ、あんな高そうな肉を平然と持ってくるなんて、一体何者なんだ武藤さん」

「いや、実はうちも分かんないっす。春姉は何か知ってるんすか?」


「え、武藤さんについてですか?」


 唐突に話を振られ、返答に困る私。

 紙皿や割り箸を袋に片付けながら、武藤さんについて考える。

「えっと……会社内で非常に優秀である、くらいは知ってますが、何の仕事をしてるかまでは……知らないですね」

 そういえば、あまり武藤さんに対しての情報を持ち合わせていなかった。

 とりあえずOLという括りで見ているけれど、実際どんな仕事をしているか、さっぱりわからない。

「確かに……武藤さんって、優秀そうな人だもんなぁ」

「へへーん! 愛姉さんは、完璧っすからね!」

 まるで自分が褒められたかのように、胸を張る白井さん。


「……まあ、男運はありませんけど」


 あの武藤さんが、完璧と褒め称えられているのもなんだか癪なので、しっかり欠点も伝えておこう。

 我ながら、何とも性格が悪い。

「なるほど、完璧な武藤さんの欠点はそこなのか……」

「でも、あの美貌なら男なんて選び放題っすから! 欠点って程でもないっすよ!」

「一応補足しておきますと、職場では優秀さと見た目の良さも相まって、神聖化された結果、言い寄ってくる男性が消えたようです」

「す、すげえ……!」

「流石、愛姉さんっす……!!」

 ――おかしい。失敗談だったのだが、二人して武藤さんの話に感動している。


「確か伊田さんは、武藤さんみたいなタイプが好きなんですよね?」


 表情を変えず、淡々と隣にいる伊田さんに問いかける。

 先程の件でばつが悪いのだろう。話に参加せず、気配を消そうとしているようだが、そうはいかない。

「えぇ!? い、いやいや! 確かに、綺麗な人ですけど……」

 激しく動揺しながら、必死に弁明する伊田さん。


「綺麗な人……。まあ、そうですね」


 分かりやすく不満を露わにして、私は小さく呟く。


「これは、スク水君が悪いっすね」

「ああ、いっそ爆発しちまえばいいのに」

 息を合わせたかのように、伊田さんへ無遠慮な発言をぶつける白井さんと谷村。

「えっ!? 何で二人までそんな辛辣なの!?」

「春姉がいるというのに、他の女性に目を奪われるなんて、サイテーっす」

「いや、あれは何というか! 事故っていうか……」

「お前だけ禁じられた楽園を見やがって……一生恨むわ、マジ」

 割と本気トーンの谷村。おそらく、本当に見たかったのだろう。

「待て谷村、禁じられた楽園ってなんだよ!」

「ぶふっ! その表現ヤバイっす! なんすか禁じられた楽園って! 中二病じゃないっすかー!」 

 谷村の独特な表現がツボに入ったのだろう、腹を抱えて笑いながら、白井さんが同調する。

「かっこいいだろ! パレオをめくればそこには秘境、もとい楽園が……!」

 何故か饒舌になる谷村に、私は軽蔑の眼差しを向ける。


「やべ、香笛さんの目が今、マジで気持ち悪い、って目だった」


「よくわかりましたね」

 谷村の考察に対し、私は正直に答える。

 まさか当てられるとは思わず、一瞬ドキッとしたことは伏せておく。

「ぶははっ! これは坊主君改名っすねー! 今日から楽園坊主っす!」

「おい待て! もうわけわかんねーよそれ!」

 謎の命名に抗議する谷村と、はしゃぐように笑う白井さん。

 そんな中、私も冷静に伊田さんへ改名を提案する。


「伊田さんは、むっつりスケベで良いですよね?」


「ま、待って! そ、それだけは……!」

「おかしいですね、間違ってないと思うのですが……」

 普段見れない伊田さんの反応に、思わず楽しくなってきた私。

 いつも爽やかな顔して、興味ない素振りをしていた癖に、しっかり武藤さんのお尻を凝視していたのだから、これはイジられても仕方ない。


「仕方ないですね……お尻好きと、スク水好き、どちらか選ばせてあげます」


 どちらを選んでも地獄なわけだが、果たして伊田さんはどっちを取るだろうか。

 自分の性格の悪さを再認識したところで、伊田さんと目を合わせる。

「いや、その……えっとですね……」

 返答に困る伊田さんと、その反応を見て楽しむ私。

 一方では、谷村をイジり続ける白井さん。

 レンタル器材を返しに行った沢崎さんと天野が戻るまで、しばらく私たちのおもちゃにされた谷村と伊田さんだった。


 そして余談ではあるが、武藤さんがお手洗いに行くと皆に言っておきながら、関係ない方向へ行ったことを……私は知っている。


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