気付けば、僧

オダハラ モミジ

エーリカ村のウィン

 ただの広大な土地しかそこにはなかった、その土地には遊牧民や他国から移った者などしかおらず。

その地にある伝承や歴史も遥かに薄く、人々にとっては魅力に欠けるものであった。


だが、神々たちは違った、神々は思った〈この地で我らを信仰する者を根付かせれば、我らの力は更に増すはず〉

 

 そう、この地は何もないが故に、新しく神話を起こせると、神々たちは考えた。


この世界で名立たる神たちを筆頭に、ありとあらゆる神たちが集う地となったここは、いつしかマーケへイスと呼ばれるようになった。


だがしかし、マーケへイス建国から間もなく、各地で争いが頻発している…。

 

 何故か? そう、神々は勢力を増そうと土地をめぐっているうちに、他の神を信仰する者たちと遭遇してしまう。


故に、信仰の違いから対立が起き、争いに発展し日を追うごとに増す対立は、


いつしかマーケへイス全土を巻き込む、【宗派入り乱れる内戦】へと変化した。


戦火の消える事のない日々が、建国より300年ほど過ぎたとき


神と人間、ときに手を取り合い、ときに互いの命を狙いあう両者の前に、新たなる敵【魔物】が現れた、それは神にも似ず、人とも違う新たなる勢力だった。


戦いはいつの間にか魔物と神、そして信仰する神に従える人間たちの、三つ巴の争いに変化していた。 


争いがやまぬ日々、ある時神々の中でも慈愛に満ちた者が言った。


[神々どうし、況してや、人間どうしの戦いを辞めましょう!。我々は今、共通の敵を前にしてなぜ、争いを続けようとしているのですか?]


この言葉を聞いてか、神々たちは建国より初めて剣を収めた。

[奴らは、我らが神であろうと関係ないらしい。] 

[あわよくば、命まで取ろうとする始末だ。] 

[嗚呼…嘆かわしい、私の土地が魔物の放つ邪気のせいで、実りが随分と減ってしまった。]


彼らは、姿かたち違えど、神という強大な存在ということは、この場ではみな一緒だった。


それ故に、人間は神を信仰し神のために尽くす。

だがしかし、魔物はどうか?


魔物たちは、神までも己の力で組み伏せることができると信じてやまず、無謀にも争いを始めたのだった。


話は進み、今後どのように戦を進めればいいのか、ましてや、争いを止めればいいのか――


神々はまた議論に入った。


しかし魔物の対応までも、する、しない、などで頭打ちで一向に決着がつかなかった。


すると、【知恵者】と呼ばれる神が、持っていた大杖を力強く地面に叩きつけた。


その場の空気が揺れ、静けさが残ったとき、その神が喋り始めた。


[皆の者の気持ちよく分かる、けれどもこの場で神々どうし話をつけても、魔物どもは、どう思うだろうか?。]


その通り、神々でいくら議論を続けても、いくら争いをしても、魔物には関係のないことに変わりはない。


[そして次に、…皆の者よく聞いてもらいたい、]

続けざまに話す神を前に一同、目を向ける。


[どうか…どうか、この場にて争いを、神どうしの戦をやめること誓ってもらいたい。]


神たちの間により一層重い静寂が流れる。

だが誰もが【知恵者】の言った事には、疑問を持たなかった。


何故か?それは、【知恵者】の子供が300年に及ぶ戦の中で、亡くなっていたからだ。


こうして神々は争いを今後しないとする誓いを全ての神が締結し、マーケへイス誕生より初めて争いのない朝が訪れた。

         


        この誓いは建国370年目の出来事であった。





ここは、マーケへイス北東の地、周りに見えるものと言えば海、

または内陸を指すようにある山と丘の間に

自然に出来た大きな道があるだけで、他にはその山より目立たぬ程度の村があるだけで


実に平穏だった。


春の始まりを鳥や花々が伝えてくる頃、

エーリカ村の教会では何やら催しが行われているそうで、神父を前に数人の男女が祝福を受けていた。


「―これによって成人の儀を終了とする、 みなの者おめでとう。」


神父様がそう言い終わるとみんな気を張っていたのか、フウ~っと息を吐いていた。


余程疲れていたのか、または息を吐いたタイミングが重なったせいか、お互いの顔を見合わせた途端自然と笑いあっていた。


ひと通り笑いあった後みんなで「おめでとう」と言い合った。


私は教会を出てすぐのところに待っていた母に駆け寄って無事に成人になれた事を伝えた。


「おめでとう!ウィン!…父さんもきっと喜んでいるわ。」


私からもありがとうと返すと母の後ろに隠れている妹に

「ハンナも、もう少ししたら、成人になるんだから。そんなに不貞腐れなくてもいいのよ?。」


そう言って、涙を服の袖で拭う妹は、分かった、と小さな声で答えてくれた。


「お母さん、この後友達と沖合で遊ぼうって、約束したんだけど。…行ってもいいかな?。」


「普段なら、ダメだけど…そうね、もう成人になったのだから、行ってきてもいいわよ。だけど、気を付けるのよ。」


「分かった!、ありがとうお母さん、それじゃ行ってくるね!」


母と妹に軽く手を振りながら、私は友達の待つ沖合の方へ走って行った。


夕暮れをすぎ、

日もすっかり落ち込んだころ家に着いた。


玄関を開けた途端、母が呆れ顔で

「どうして、こんな遅くまで遊んでいたの?」


返答に困り、苦笑い浮かべた時すかさずハンナが

「そんな調子で、大人になれたなんて本当にいえるの~?」


腹が立つが言い返せない…。

とりあえず、2人に〈大人〉らしく謝り、許してくれたところで、夕飯の並ぶ食卓に着いた。


深夜、二つ並ぶベッドのうち、ハンナの枕元から声が聞えた。


最初、何を言っていたのか分からなかったので、まだ重い目を妹の方へ向けると、

「―それで、お姉ちゃんは村を出て行っちゃうの?」


夜も深いためか、抑えた声で聞いてきた。私は、またしても返事に困ったので、素っ気なくジェスチャーで


〈わからないよ〉と送ってみた。


如何やら、期待していたものじゃなかったらしく、睨み返してきた。


クスクスと一人笑いながら恨む妹を横目に、もう一度寝ようとした。

だけど妹の言った事がなかなか頭から離れず、寝つきにくかった。


翌日の朝


水汲みにハンナを連れて、バケツを2人で持って歩いていたところ。

昨日同じく成人となった友達と、出会った。


しばらく3人並んで村の井戸へ向かっていたとき、夜中に聞かれた事を友達に伝えてみた。


「うーん…でも都市の方が、興味あるかな~?。ウィンはどうなの?やっぱり山の先で暮らしてみたい?」


「いやいや…私にとっての世界は、この村の範囲でいいんだけどな~?。…第一、私みたいな田舎娘には、似合わないよ。」


そうかな~とこぼす友人の傍でハンナが頬を膨らませていた。


「でもハンナちゃんは、都市の方がいいんだもんね~」


そう言うと、妹は不貞腐れながらも頷いた。

また友人と顔を見合わせた時また笑いあった。


次の瞬間、周りから影が離れ、強く細い光が私を刺した。突然の事でも冷静でいられたのはこの光景を知っていたからだ。

   私は、神託を受けたのだ。 つまり―

        気付けば、僧(聖職者)になっていた。

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