第7話



 健が寝息を立てるのはすぐだった。

 可哀想に・・・よっぽど疲れていたのだと思う。なのに、この子はそんなことを見せないようにと、必死に頑張って・・・・

 この子自身は気づいていないけれど、この世界での健の身体・・・もとい心は既に傷だらけの状態だった。大きな傷は見えなくても、小さな傷は無数に存在していた。『救済』を使って癒しても追いつかないくらいの速さで、健は傷ついていく。<<夜の存在>>との戦いで、私を守ろうとして、何度も無茶を重ねて傷ついて、心をすり減らしていく・・・・・

「——————っ!!」

「・・・私に手を出そうとすると、この子が起きてすぐにアナタを『討伐』しますよ? この子は私のことになると目の色を変えて行動をしますので・・・・消えたくなければ、このまま何もせずに去りなさい。久しぶりの睡眠なのです。ゆっくりと寝かせてあげてください」

 私の言葉が聞こえないかのように<<夜の存在>>は近づいて来る。それに反応するかのように、健の身体に緊張が漲ってくるのが分かる。

 このままだと起きてしまう。この子には少しの時間も安らぎが与えられないというのですか? 十五で既に傷だらけの健に、それは残酷すぎませんか?

「やめてください。向こうへ行きなさい。この子に・・・健に近寄らないでっ!」

 自分としては珍しく、感情的に口走ってしまう。すると、近づいてきていたそれは足を止め、そのままゆっくりと後ずさりしながら離れていく。

 もちろん、私の言葉が効いたからではない。ただ単に、私達の背後からの強烈な圧力に警戒して離れて行っただけ。

「・・・誰ですか? もし、今ので健が起きてしまっていたら、どうしてくれたのですか?」

 今の姿勢を崩すわけにはいかないので、背後の存在へと言葉だけを投げかける。

「・・・・・」

「返事はなしですか? わかりました。では、単刀直入にお尋ねします。アナタは敵ですか? 味方ですか? もし敵だとしても、今夜だけは見逃してくれませんか? ようやっと健に落ち着いた時間を作ってあげられたのです。その邪魔だけはしないでください」

「・・・・・」

 <<夜の存在>>が消えると同時に、背後の存在も去っていきましたか・・・・どうやら助けられた形になったみたいですね。

「・・・無言でどこかへと行きましたけど、今の感じだと私達と同じように、別の誰かもこの世界にいる・・・? 私達二人以外の存在もあるというのですか?」

 問題が去ってもまた新たな問題が起きる。どこの世界でもそれは同じなのですね・・・・

「いいでしょう・・・どうせ今夜私は暇ですから、色々と考えさせて頂きます」

「・・・せ・・ぱい・・・・・」

「健・・・? まさか起きて・・・・!」

「・・・おれ・・・・まも・・・・・せ・・・・・い・・・は・・・・・・」

 ・・・どうやら寝言みたいですね。まったくこの子は・・・・夢でも私を守っていては、この時間も休憩になっていないではないですか・・・・

「ふふっ・・・ええ、お願いします。健」

 どこか呆れてしまうけれど、それがくすぐったくて思わず笑みがこぼれてしまう。こういう風に笑うのはいつ以来でしょうか? ひょっとして・・・初めてかもしれませんね。

「健は不思議な子ですね」

 こんな面白くも、楽しくもない私を慕ってくれている子の頭を撫でる。すると穏やかな表情を見せてくれる。

「~~~~っ!」

 それを見て、今の自分の感情のままに健を抱きしめる。どうしてか抱きしめたくなってしまった。

 こんな私に対して心を許してくれて、開いてくれているこの子を、とにかくそうしたいという欲望が起きた。

「・・・これが、愛しいというものなのでしょうか?」

 一人呟く言葉に、帰ってくるモノはなかった。けれど、それでよかった。この気持ちに明確な線引きがされることもなく、曖昧だけれども、確かに自分だけは感じられる。

 ・・・・誰の支配下にも置かれていないからこそ、私だけの大切な感覚として持ち続けられる。

「いけませんね・・・こんな感情では、碌に先ほどのことを考えられません。・・・・浸れるときに浸る、こんな世界でそれもいいですか・・・・」

 ぎゅっと力を込めて健を抱きしめる。この子を離さないように、独りにしないように、私がここにいるということを伝えるために。

「本来はそんな場合ではないんですけどね・・・・」

 口ではそう言っても、本音はもうどうしようもなくて・・・・こんなアンバランスな感覚で生きるのが、今の私の日常ですから、仕方ありませんね。こんな世界でも、普段は出せない感情が出せる場所だとすれば、私にとってそれだけでも価値があるのかもしれません。

 そのまま意識が途切れるまで、私は健を感じてこの夜を過ごした。それはこの世界で初めて過ごす、穏やかな一日でした。

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