第29話 脱走した少年
未来達から事情徴収を受けた興一は店主に「今日からここを辞めます」と言って辞表届を出した。
「どうしたんだい急にやめるなんて言い出していい仕事でも見つかったのかい?」
「はい。いい仕事が見つかったので仕事を辞めます」
興一は偕楽軒の入口まで歩くと未来達が出迎えてくれたので康徳達と共に路面電車に乗って現在の末吉公園へ行った。
康徳や古奈美は興一をタイムマシンに乗せようとするが、興一は「祐樹-が見つかるまで暫くここにいたい!一緒に探したい」と言ってきたので、結局、康徳達と共にいた。
拓也達は松尾山にある潜伏地に戻ったが、どうも近くには沖縄警備隊区司令部があり、そこには帝国機関の人間が潜伏している可能性があると考え、松山尋常小学校の西側に場所を移す事になった。未来はそれでも心配であったが、拓也によると城岳に移動した後、末吉公園に移動すると言う。
未来達が潜伏地を少し移動した頃、大門前通りではワイシャツを着た男がやつれた顔で路面電車から自転車を持って降りて来た。その人物こそ興一が証言していた
「ふぁ~那覇の中心部に来たって言うけどなんか国際通りじゃないみたいだな」
亮太はとぼとぼと那覇の街を歩いていた。亮太は新都心にある沖縄総合事務局に向かうため、いつものように自転車通勤している途中でここに来た。最初に来たときは今より田舎の天久にかなり戸惑っていたが、自転車で歩いていくうちに綺麗な海や自然を堪能できたので、亮太にとってはかなり楽しい旅だった。ついでに写真をスマホで取っていた。しかし、当時の人達からすれば最新の自転車に黒いリュックを背負っている亮太は何者かという事でジロジロ見られていた。
「なんだよ。なんで俺の事ジロジロ見るんだよ」
亮太はジロジロ見る当時の芭蕉布に裸足の沖縄の人達が気に入らなかった。というのも亮太にとってこの時代の沖縄の人は日本人と言うよりどこかの発展途上国にしか見えなかった。
(不潔じゃないか・・・・・)
亮太にはそういう風にしか見えなかった。
でも建物は東京ほどではないが他の地方都市顔負けの綺麗な街並みであり、街並み自体は気に入っていた。那覇郵便局はアールデコ調の綺麗な建物で思わず写真を撮りたくなるほどだった。でも、芭蕉布を着た沖縄の人達に話しかけても言葉が通じないと思った亮太は洋装や和装をした人を探した。とそこに人力車から降りたばかりの帽子に眼鏡をかけた50代ぐらいの男がいた。亮太はその人に声をかけた。
「あのすいません。ここはどこですか?」
亮太は男に聞いた。
「何を言っているんだね?君は?ここは那覇だよ」
「じゃあ何年の何月ですか?」
「大正5年5月6日だ」
「大正5年……って事は大正時代の沖縄に来たって事か…」
どうりで今の沖縄と違って自然が豊かだったのかと思った。って事はあの沖縄戦より30年近く前に来た事になる。
「君、変な事聞いて名前はなんと言うのかね?」
「香坂亮太です。ここには来たばかりでなかなか土地勘が無くて」
流石に未来から来たと言うと信じてくれないので、それは言わなかった。
「私は蟹江虎五郎と言って県立女学校と女子師範学校で校長をしているが、1年前に赴任して来たから君のように土地勘が無い」
「そうなんですね!お仲間がいて嬉しいです!ついでにお茶でもしませんか?」
亮太は虎五郎の手を握って喜んでいた。
「あっあ…そばのお店があるが、そこに行くかい?」
「はい!もちろんです!」
亮太は虎五郎と共に歩いて行った。
_______
一方その頃、和服に肩掛けカバンを下げた1人の少年が走っていた。
(興一どこにいるの!興一!興一!)
少年は一緒にいた男の名前を心の中で呼んでいた。
(あの人達とは一緒にいたくないよ!興一)
少年は着物を巻くし上げてアスファルトでは無い道を走っていた。
この少年こそ松下古奈美が探していた赤嶺祐樹であり、子ども食堂を運営している興一と共にいた少年だ。祐樹は2人組の男達に誘拐された後、興一と離れ離れになり、他の子供達と一緒になった。子供達は祐樹と同じ片親で貧困に苦しむ沖縄の子供達であり、中には乳児院や児童養護施設、児童相談所にいる子供達もいた。
彼らは子供達に「ここにいれば新しいお父さんとお母さんの元で暮らせるよ!暮らしたい人!」と呼びかけると、子供達の殆どが「はーい」と言ってついて行ったが、祐樹は「嫌だ!」と言って逃げようとした。が、彼らは祐樹を捕まえて服を和服に着替えさせ、子安と言う子供のいない夫婦の家に預けられた。夫の武彦は眼鏡に無精髭の生えた無愛想な男であり、妻の
すると向こうからからじを結って芭蕉布を着た裸足の女性が祐樹の元に駆け付けた。
「あぃ大丈夫やみ?」
女性は祐樹の身体を揺らすと、祐樹は「お腹空いた」と一言呟いた。
「ん?ぃやーや大和人やる?」
女性は琉球諸語で話さない祐樹を本土の人間だとおもっていた。祐樹は女性の呼び掛けに応じず、目をつぶった。
_______
「はっ」
「あぃ」
祐樹が目覚めると、そこには先程の女性と東南アジアの人のような顔つきをした彫りの深い細身の老人がいた。
「まーからちゃが?」
女性は祐樹を尋ねるが、祐樹は琉球諸語がわからないので「?」という表情をしていた。
「やっぱり通じないのね。どこから来たの?」
「那覇、那覇から来た」
「那覇!?そこから歩いてきたわけ?」
「ううん。走ってきた」
祐樹の言葉に3人はかなり驚いていた。
「ここはどこですか?」
祐樹が2人にどこかと聞いた。
「豊見城やる」
「てぃみぐしく…とみしろに来たの?」
「ぃいーそうよここは我那覇って所よ」
「我那覇…おばさんは何者?」
「私はここではるさーしているよー。旦那はハワイに出稼ぎに行っているよ。あのお爺さんは旦那の親」
「俺は祐樹-赤嶺祐樹-」
「あぃ全く沖縄の名前だね。なんでうちなーぐちが話せないの?」
「話せないのは話せない」
「そう。なんでここに来たの?」
女性が祐樹に聞くと、祐樹は涙を浮かべながら話した。
「…攫われて…逃げて来た」
「逃げて来た…誰に攫われたの?」
「…男の人2人…うっ、うっ、うわ〜んうわ〜んああああああ」
祐樹は大泣きして女性に抱きついた。
「あいやーまぶやーまぶやー怖かったんだろうね」
女性は祐樹の背中を摩った。そういえば自分にも息子が1人いたようなきがした。名前は思い出せないが、この子のように体力のある子供だったような気がする。
「あんまー!あんまー!
女性は子供の泣き叫ぶ声が聞こえた。まさか息子がこの子と同じように攫わたのか?女性は泣いている祐樹を抱きしめた。
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