第28話 慈愛の女王


 今代の女王であるスカーレットは第一王子アルフレッドの母である。第二王子であるエルネストは側室腹なのだが、実母はすでに儚くなっていた。

 普通ならば自らの子のためにエルネストを冷遇しそうなものだが、エルネストに対しても実の子のような愛情を注ぎ続けている。

 頭痛の関係で王位継承権を破棄すると言い出したエルネストにも『死ななければ病はいずれ治る』と断言して破棄をさせなかった。


「もちろん、王太子たる第一王子にも愛情を注がれていますけれど」


 不正や不義が大嫌いな人らしく、処罰もきちんとする。自らの兄が横領をしたときは、実家を潰す勢いで断罪したというのも有名な話だ。身内相手でも手心を加えず、しかし愛情や思いやりをもって接することができる。

 上級貴族や他国の者は敬意と親しみを込めてつけられたあだ名は『慈愛の女王クイーンオブハート』。

 絶対的な人気と権力を誇る、この国の統治者だった。


「それなら、練習相手だってことを話せば――」

「エルネスト様が呼び出されて処罰されるでしょうね」

「無垢なご令嬢を相手に『練習』などとふざけたことを許す性格ではないでしょう」


 下手をすればエルネストの立場が致命的に悪くなるほどの処罰を下す。

 そんな可能性があるのであれば、ソフィアとしても練習相手だと伝えるわけにはいかなかった。


「ち、ちなみに日付は」

「今日の午後ですね」

「絶対に無理です! なんで今日なんですか!?」


 こういう催しは、ごく親しい者同士ですら多少の時間を取る。初対面の人間を招待するとなれば、ひと月やふた月の猶予を取ったとしてもおかしくないほどだった。


「本日早朝に使者がやって来られたのです。『届いたドレスや、吊るしで買ったお忍びのワンピースでも結構。昨日届いた菫色のものが見たい』とのことでした」

「どうしてそんなに詳しいんですかっ!?」


 ソフィアの本名に始まり、エルネストに雇われてからの行動も筒抜け。うすら寒いものを感じさせる情報収集能力である。


「ここだけの話ですが、女王陛下には『女王の切り札トランプ』と呼ばれる密偵集団がいるそうですから」

「何で密偵なのに名前まで知られてるんですか……」


 質問に対する答えは、冗談なのか事実なのか判断に困るような話だった。


 ずいぶん昔の話だ。

 昔から優秀な密偵を抱えるユークレース王国に、隣国の王が冗談交じりに「密偵たちに名前はないのかね?」と訊ねた。

 ないと断言した当時の女王に「つけてやれ」と笑う隣国の王だったが、自らの国に戻って一夜を明かした王の枕元に「ありがたくも『女王の切り札』という名前を頂戴しました。ご提案いただきありがとうございました」と書かれた紙が置かれていたとのことだ。


 どう考えても眉唾物な話だが、語るシトリーは至って真面目な表情をしている。

 事実であれば常識では考えられないレベルの密偵集団だが、そのエピソードが市井に回っているのがまずおかしい。隣国にとっては恥となる

 密偵は存在の有無も含めて分からない方が動きやすいのだから。

 家名や行動が把握されているという事実込みとはいえソフィアは戦慄していたので、示威行為としては意味があるのかも知れないが。


「とにかく女王陛下からの招待状ともなれば事実上の命令です。すぐに湯あみの準備を致しますので、お嬢様は覚悟を決めておいてください」

「覚悟……」


 シトリーの言葉に膝が震えるが、もはや退路など存在しない。

 やるしかなかった。




 午前中をフルに使って準備を済ませたソフィアは、市場につれていかれる仔牛のような気分で箱馬車に揺られ、王城までたどり着いた。

 大広間はデビュタントにも使われるが、妹ばかりを偏愛するセラフィナイト家ではついぞソフィアのデビュタントに関する話題が挙がったことがなかった。

 王城に入るというだけでも緊張するのに、今回はその主と対面することになるのだ。

 自分以外にも招待客がいることを祈るものの、期待はできそうにない。


(エルネスト様の婚約者を見定めるための召集令状しょうたいじょうだもんね……)


 自らの専属侍女代わりにシトリーについてきて貰っているが、シトリーとて王城に慣れているわけではないだろう。

 助けてもらえるとは思わない方が良さそうである。


 案内されたのは城の上部に作られた庭園だ。

 帯剣した騎士たちが警備をしているそこは、上層階だというのに芝生が敷かれて樹木まで生えた場所だった。

 その樹木付近にテーブルが用意されており、座っている者の影が見えた。


 この国の主にしてエルネストの義母、『慈愛の女王』スカーレット・ユークレースである。

 赤を基調としたアフタヌーンドレスは襟元の詰まったローブモンタント。かっちりと着こなし、燃えるような赤髪を結い上げた姿は凛々しさすら感じられた。

 急がないように、でも少しでも待たせる時間が短くなるよう歩調を早めて近づけば、スカーレットもソフィアに気付いた。

 お茶会が始まる。


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