【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少

第1話 理不尽な日常

「ソフィア。明日、修道院から迎えがくる。今日のうちに支度をしなさい」


 昼下がり。自分以外の家族がそろったガゼポに呼び出されてみれば、ソフィアの父は開口一番に素っ頓狂なことを言い出した。

 伯爵家の長女が修道院に身を寄せる。

 不貞などの醜聞や、嫁ぎ先で旦那を失った子女がそういった方法を取ることは時々あるが、浮いた噂どころか浮き沈みゼロどころか友達すらゼロで噂の対象にすらならない16の乙女に対する提案ではない。

 少なくとも、ソフィア自身に思い至る事情は存在しなかった。思わず現実逃避したくなるのをぐっと堪え、ソフィアはなんとか思考を巡らせる。


(となると、お父様が事業で失敗……いえ、横領か何か犯罪がバレた……?)


 ソフィア自身に原因がないならば、あとはお家断絶まったなしレベルの何かを家族がやらかした可能性くらいしか考えられない。

 本人が信仰を志しているわけでもないのに修道院を勧められるというのは、そういうレベルのことなのだ。


 母は妹を生んですぐに他界しているので可能性があるのは父か妹。

 普段の言動的には妹もかなり疑わしくはあるが、まだ社交デビューすら果たしていないのでやらかすチャンスそのものが少ないし、あったとしても父が金と権力でどうにかできる範囲のはずだ。


 祖父の代からこつこつと積み上げてきた信用と財産は、父の代になってからそうやって湯水のごとく消費されている。

 先週も、まだ13の妹に対して大粒のダイヤモンドを買い与えていたし、その前はドレスの仕立てである。

 ついでにソフィアの分も買う予定だったが、妹の分が大幅に予算超過したためにソフィアの分がキャンセルされている。


 やらかしの最有力候補である父に目を向けるが、やや鋭い視線をソフィアに向けたまま、紅茶で唇を湿らせていた。ふわりと洋酒の香りがするのはご愛嬌だろう。

 もしソフィアの父がやらかしたのであれば即座に貴賓牢にいれられて優雅にお茶を楽しむ余裕などないだろうし、ソフィア自身も選択の余地なく強制収容になるのが一般的だ。


 つまり何かをやらかしたわけではない、ということである。

 だいたい想像はつくものの、一縷の望みを掛けてソフィアは理由を訊ねた。


「ええと……お父様、もしかして何か不正や横領を……?」

「面白い冗談だ。我がセラフィナイト領は安泰だ。バレるようなヘマもしてない」


(何かしてるのね……)


 にこりともしない伯爵だが、実のところセラフィナイト領はそれほど豊かな土地ではない。妹が生まれてから13年間続く浪費で財産が無くならないのを不思議に思っていれば、どうやら不法の類をしているのは間違いないようだった。

 とはいえ、自信満々に『バレるようなヘマもしていない』というのであれば、犯罪行為の発覚が修道院入りの理由というわけでもなさそうである。

 ソフィアが思いつく理由はもはやたった一つだった。

 目を背けていた嫌な可能性を口にする。


「では、メアリのことですか?」

「うむ」


 この提案に妹が関係ないという可能性が潰えた。

 ちらりと視線を向ければ、ばっちり目が合った。路傍に転がる石をみるような視線がソフィアに刺さり、思わず目を逸らした。


 メアリはソフィアに興味がない。

 彼女が好きなのは、自らを輝かせる美しいものや、褒めたたえてくれる者だ。

 陽光を束ねたような金髪に、澄んだ空を思わせる瞳。幼さが残りながらも、母に似て整った顔立ち。

 自らのためならば何の咎もない姉が修道院に入ることなど、当たり前だと言わんばかりに落ち着き払った態度。

 ソフィアの妹メアリは、生まれた瞬間から父を魅了した。

 その結果、父はメアリが関係することとなると恥も外聞も──それどころか常識すらなくなってしまう始末だ。

 メアリがワガママを言えば金や権力でそれを押し通そうとするし、使用人はおろか姉のソフィアすらもメアリのためなら犠牲にすることを厭わない。


(また、メアリなのね)


 胸中を悟られないように表情を作る。

 自分を誤魔化すことには慣れていた。


(大丈夫。今までだってずっとそうだったじゃない。傷つくことはないわ。いつも通りだもの)


 自分自身を励ますソフィアに気付けない父は事情らしきものを口にする。 


「メアリももうすぐデビュタントだ。当然ながら多くの縁談が舞い込むだろう」


 ソフィアに異論はない。

 華奢な体つきに儚げな容姿は庇護欲をそそるし、無邪気で天真爛漫な言動は貴族的でないから驚かされることも多くて目が離せない。姉のひいき目をもってしてもそうなのだから、きっと秋になれば山のような釣り書きが届くことだろう。

 羨ましい、と思う。

 父の愛情や侍女の関心を根こそぎにすることも、朧気な記憶の中にしかいない母の色や容姿を引き継いだことも。

 脳裏に描いたメアリを慌てて消すと、本人が視界に入らないよう必死に目を背けた。


「上位貴族に他国。もしかしたら王族からも申し込みがあるかもしれない」

「それと、私がどう関係するのです?」

「姉のお前が未婚ではメアリが嫁ぎにくいだろう?」

「では、どなたかと婚約して――」

「駄目だ! ヘタなところに嫁げばメアリが好きになるかもしれない相手の派閥との関係を考えなければいけなくなる! かといって良縁を繋げば、メアリはそれ以上を探さねばならなくなるだろう……!」


 『かもしれない』のために修道院を勧められたことにめまいを覚えたが、伯爵の言いたいこと自体は理解できた。

 要するに、メアリが結婚して幸せになるために、少しでも邪魔になりそうなものを排除するつもりなのだ。

 ソフィアの結婚相手が良くても悪くてもメアリの考え方次第でマイナスになるので結婚そのものをしてほしくない。でも未婚のまま家に居つくのは外聞が悪いし、何よりメアリが姉を気遣って恋愛し辛くなる。

 だから修道院にいかせてしまえ、というのが伯爵の考えだった。

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