訓練棟擬似ダンジョン
入学式が終わり、クラス分けに従ってそれぞれの教室へ向かう。
俺のクラスは1ー4である。1年4組という意味だ。
「おい、新入生代表見たか? すっげ可愛くね?」
「剣聖と名高い志波姫の令嬢さま、美人とは噂されてたけど本物はオーラが違うな!」
中学時代からの友人同士だろうか、やたら仲の良さそうな男子生徒たちが和気藹々と話している。先生が教室にくるまでの隙間のような時間。だけど二人組の男子生徒のおかげか、周囲の生徒たちもお互いに会話を弾ませ始める。
俺? 俺は話さないよ。
というか話せない。
俺はまあ、なんだ、あれだ。陰に生きているって言うのかな。
わかるだろう。入学早々、見ず知らずのやつに自分から話しかけられるような人間じゃないんだ。え? コミュ障? やかましいわ。
「諸君、英雄高校へ入学おめでとう。担任のフラクター・オズモンドだ。趣味は盆栽と筋トレ、ダンジョンチューブを更新して広告収入を得ること。世界一美人な妻と2人の子供がいて、好物はラーメンと佃煮だよ。これからよろしく、新入生たち、楽しいハイスクールライフにしよう」
1ー4の担任は自己紹介をし、その流れでみんな自己紹介をすることになった。ええい、陽気なアメリカ人め、余計な展開を作りおって。
俺の番がやってくる。
「あ、赤谷誠です、埼玉から来ました……しゅ、趣味はゲームとか、です」
「へえ、赤谷くんはゲームをやるんだねえ。実は先生もゲームが好きでね。アーマード・コアというゲームの新作の発売が待ち遠しいんだが……君はやったりするのかな」
「やりますねぇ! ……あっ。や、やりますね。はい」
トーンを間違えてしまった。語録キャンセルできなかった。
「……え、えっと、あっ、よろしくお願いします」
とりあえず無難に自己紹介を締める。
「あいつ絶対陰キャじゃん(くすくす)」
「エロゲやってそう(くすくす)」
「ネットで淫夢語録使ってそう(くすくす)」
はい、ぼっち確定。ついでに、けつあな確定。
高校デビュー失敗です。マジで雑魚すぎだろ俺の自己紹介。
「それじゃあ、アイスブレイクと行こうか! みんなチームを作って! ここにはダンジョン探索者の卵、1,000人に一人の才能が20人も集まってる。それも若く、潜在能力に満ちた才能だ。お互いのことをもっと知ってみよう!」
自己紹介が終わるとどうなる? 知らんのか? 自己紹介が始まる。
マジで最悪のクラスだよ。こんなに強制会話イベントいらないってば。
近くの5人で顔をつき合わせる。
「私は
髪を一つ結びにした元気な女の子が我先に話はじめ流。
しかし、群馬だと……? あの野生の国、群馬出身……?
「レベルはなんと6もあるんだよ! すごいでしょ! スキルは2つも持ってるんだ!」
え?
「えっと、林道、さん?」
「ん? どうしたの……えっと、名前……」
「赤谷、誠」
「そうそう、赤谷くん!」
「レベルって、それどうやってあげたの? まさかもうダンジョンでモンスターを倒したの?」
「まさか。私は最初からレベル6だったんだよ」
そ、そうか。
流石は群馬の民。
群馬ではそれぞれの部族が里を守るために戦士を育てるというが、彼女もどこかの里を守る若き戦士なのだろう。
だからレベル6なんだ。きっとそうに違いない。
「林道すごいな、俺なんてレベル4スタートだったのに」
え?
「私はレベル5スタート。スキルは3つあったよ」
ちょ、待てよ。
「みんなすごいなぁ、うちはレベル3スタートだったのに」
どういうことだってばよ。
「赤谷くんは何レベだった?」
「……俺は……俺は……ゼロ、かな」
場が静まり返る。
アイスブレイクじゃねえのか。空気凍っちまったが。
「そ、そうなんだ。でも、初期レベルの話だからね。そんなに気にすることないよ!」
群馬の民こと林道琴音は明るい笑顔で励ましてくれた。
アイスブレイクが終わると、再び、アイスブレイクが始まる。
人を入れ替えてクラス全員と当たるように、十分な時間を使ってお互いを知ることができた。
最悪の強制会話イベントだったが、おかげで俺は足りない知識を補うことができた。そして、俺の認識は覆された。
俺は勘違いしていたのだ。
探索者見習いの学生たちはみんなレベル0からスタートするものだとばかり思っていた。スキルも最初はみんな持ってないと思っていた。
レベルが0なんて生徒は俺以外にはいなかった。
スキルも持っていないなんて生徒も俺以外いなかった。
なにが起こっているのか、これからなにが起こるのか、俺は考える。
「……ふっふっふ、そういうことか」
アイスブレイクが終わり、席に戻る頃、俺は笑みを堪えることができなくなっていた。
ただひとりのレベル0&スキルなし。
それはきっと選ばれし者のなかでも、さらに選ばれし者の証に違いない。
つまりスーパー選ばれし者。ああ、右腕がうづいちまうよ。
幼い頃に両親亡くしたり、学校でいじめられたり、てんで勉強ができなかったり、なにひとつ才能がないと思われていた俺という人間・俺という人生だったが、ここに来てようやく逆転が始まるってわけだ。
「くっくっくっ、無双しちゃいますか」
「君、すごく自信があるんだね」
隣の席から凍るように涼しげな声が聞こえてきた。
視線をやれば、目の覚めるような美少女が目を丸くして頬杖をついて見つめてきていた。冷たい銀色の髪、透き通った白肌。ああ、こいつか。さっきのアイスブレイクで自己紹介されたから知っている。親が凄い探索者だとかいうサラブレット。学校でも1、2を争う才能を持つっていうスイス人留学生。
しかし、俺はこいつにも引けを取らない、否、この天才・美少女・頭脳明晰・親が金持ち、という最強属性の塊すら上回るのだろう。
負けてないと思うと、なんだか自信が湧いてきたな(ポジティブ)
「アイザイア・ヴィルト、だったっけ。この赤谷誠の才能は天元突破してる可能性をこっそり示唆しておこうか。何せ俺はレベル0なんだ。この意味がわかるかい」
「わからない……でも、きっと凄いことなんだね」
「そういうことだ」
見ていろよ、英雄高校。俺は俺の才能を証明してやる。
これまでのクソみたいな人生へ一矢報いてやるのだ。
午後、初日の全てのスケジュールを終えて、俺は寮へ向かった。
学生寮にしてはやたら良質な部屋で、制服のままベッドに身を投げ、コロコロしながらネットで詳しく調査をした。
結果、どうやらレベル0の探索者など前例がないと分かった。
俺は自分に秘められた凄まじい才能を確信した。
寮部屋にあった体操着に着替えて、学生証と水筒━━実家から持ってきた。中学時代の部活で使っていた━━だけを持って、部屋を飛び出す。
向かうは学校が管理する擬似ダンジョンなる訓練棟だ。
英雄高校の敷地内にあるその訓練棟は、学生証での入場退場をゲートで管理しており、生徒たちは授業のない時間なら、自由に施設を利用して、実際のダンジョンと似た環境で戦いの経験を積むことができる。
俺のような天才は入学初日から修練を怠らない。
ほれ見ろ、案の定、訓練棟には生徒の影はない。
学生証をマシンにかざしてっと。あれ、おかしいな、反応しない。
これ壊れてます。マシンがピッて言ってくれませんよ。
「そこどいてくれる」
声に振り返ると、やつがいた。
艶やかな黒髪、見下げるちみっこさ。
「にゃんにゃん女」
「もう一度、言ってみてもいいわよ。おすすめはしないけど」
俺の首元にピタリっと冷たい感触が触れる。
視線を下ろせば、にゃんにゃん女こと志波姫神華は白刃を俺の頸動脈に当てていた。肝が冷えるとはこのことか。ブワッと嫌な汗が噴き出る。
「ま、まさか、刀で脈拍を測るとは、か、変わった趣味をお持ちで……」
「この状況でも冗談を言える胆力は認めてあげる」
志波姫はゆっくり刀を俺から離し、鞘に収める。
「なにしにきたんだ。まさか俺の口を封じに来たのか」
「そんな冷酷に見えるかしら」
非常にそう見えます。ええ。
「訓練施設に来たのよ。訓練をするに決まっているでしょう」
よく見れば、志波姫は制服を着ていなかった。
この剣道みたいな格好は……袴というのだろうか。
黒い袴にタオルと水筒と刀だけを持っている。
剣道部の部活終わりみたいな見た目だ。真剣は普通は持ってないけど。
「早くそこどいてよ」
「どいてもいいけど、それ壊れてるぞ」
「学生証が反対だったんでしょ」
「え?」
志波姫は学生証をゲートにかざし、ピッと言う小気味良い音とともに訓練施設へ入っていく。
「おのれ、志波姫、さては俺が困っているさまをしばらく背後で眺めていたな」
「だったらどうするの」
「許さないって言ったらどうする?」
「斬り捨て━━」
「許します」
「賢明ね」
志波姫は擬似ダンジョンへ入っていく。
俺もあとを追いかける。
擬似ダンジョン内は天然洞窟のような様相をしていた。
「これがダンジョン……あっ、なんか出てきた、あれは……ポメラニアン?」
「ぽめ〜」
なんてかあいいんだ。
フワッフワなポメラニアン。
「こらこら、訓練施設とはいえ擬似ダンジョン内にいたら危ないよ」
「危ないのはあなたよ。その毛玉、近づかない方がいいと思うけど」
「どうして、こんなにかあいいのに」
「ぼめえ゛〜ッ!」
てちてち近づいてきたポメラニアン。
いきなり二日酔いのおっさんみたいなダミ声を出して牙を剥いてきた。
あ。死んだ。俺は体が動かなかった。
ザンッ。銀色の斬撃が飛んだ。
目の前で両断されるポメラニアン。
光の粒子になって消えていく。
志波姫は刀を斬り払い、そっと納刀した。
「あ、ありがとう、助かった」
「手間かけさせないで」
「ご、ごめん。まさかポメラニアンがあんな恐い生き物だったなんて……」
「あれはダンジョンポメラニアン。モンスターよ。モンスターは人間を油断させるためにああして可愛らしい姿をしているとされているわ」
ダンジョンポメラニアン。
なんて狡猾な生物なんだ。
「わたしはもう行くから。あなたのお守りをするつもりはないの」
志波姫は背を向けて奥へ行ってしまう。
まあいい。俺だって彼女の助けを借りるつもりなどない。
俺も武器を装備するか。
食堂から持ってきたフォークを握りしめた。
さあ、ここから始めよう、俺の最強の才能の証明を!
「ステータス」
────────────────────
【Status】
赤谷誠
レベル:0
体力 10/10
魔力 10/10
防御 0
筋力 0
技量 0
知力 0
抵抗 0
俊敏 0
神秘 0
精神 0
【Skill】
なし
────────────────────
パッと見、クソ雑魚の俺のステータス。
初期値の酷さにおいて俺を上回る存在はいないだろう。
スキルもない。繰り返す、俺はスキルを持っていない。
スキルは祝福者の経験が昇華されたものだという。
その人間に絡みついた因果が神秘となって発現するのだ。
ちなみにスキルやステータスが発現した者を現代では祝福者と呼称する。
探索者の呼称は厳密には職業について使われる用語だ。
スキルを持っていないことに同級生や先生たちからはめっちゃ驚かれた。
悪い意味で。「スキルないって、ちょおま、何しに来たん……」みたいな。
まあ、俺は気にしていないけどね。
俺はレベル0様なのだ。
こういう場合、初期値は弱いほど良いものはお約束さ。
だからステータスは雑魚、スキルは無しでも結構ですとも。
あとから秘められし潜在能力で倍にして取り返してやればいいのだ。
「さあ、かかってこい、ダンジョンポメラニアン。俺の爆速レベルアップのための経験値なるがいい!」
「ぼめえ〜ッ!」
入学初日から俺は励んだ、
何の取り柄もない俺は、ようやく自分の才能を見つけられたのだと信じて。
━━1ヶ月後
俺は虚無のなかにいた。
誰もいない寮の自室。
蛇口から水滴がポタポタっと滴る音がやけに空虚位に響く。
「ステータス……」
────────────────────
【Status】
赤谷誠
レベル:0
体力 10/10
魔力 10/10
防御 0
筋力 0
技量 0
知力 0
抵抗 0
敏捷 0
神秘 0
精神 0
【Skill】
なし
────────────────────
あれから1ヶ月。
誰よりも励んだはずだ。
誰よりも擬似ダンジョンへ挑んだはずだ。
トレーニングルームへも足を運んで、毎朝毎晩のランニングも始めた。
しかし、俺は何の成長もできていなかった。
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