第29話 アンナの弱点

「カイゼルさん。アンナさんの弱点を教えてください!」


 冒険者ギルドの建物内。

 テーブルを挟んで対面に座るモニカが、俺にそう尋ねてきた。ぐい、と身を乗り出した彼女は真剣な表情をしている。


「……えっ? 今、何て言ったんだ?」

「もう。ちゃんと聞いておいてくださいよ。もう一度言いますからね? 私にアンナさんの弱点を教えてください!」


 モニカは仕方ないなあ、というように繰り返した。

 ……どうやら、俺の聞き間違いではなかったらしい。


「どうしてアンナの弱点を知る必要が?」

「そんなの決まってます。アンナさんは完璧すぎるからです。知的で可愛くて、気配りが出来て人望があって、史上最年少でギルドマスターになるほど才能があって、おまけにカイゼルさんのような格好良いお父さんまでいる。あんまりですっ! 天はいったい何物をアンナさんに授ければ気が済むんですか!?」

「さ、さあ……」

「たった二つしか年が違わないのに、ここまで人間としての差があると、モチベーションも下がっちゃいますよ。ホント」


 モニカはあーあというふうに溜息をついた。

 ころころと表情が変わる子だ。


「このままだとお仕事に支障が出ちゃいます。サボり確定です」

「だから、アンナの弱点を知りたいと?」

「そうです。それにアンナさんの弱点を知ることができれば、私が仕事でミスしちゃって怒られた時も、『でも私、アンナさんの弱点を知ってるしなー』という優越感を抱くことが出来ますし!」

「そこはまずミスしないようにすればいいのでは……?」

「あーあー。聞こえなーい」


 モニカは両耳を塞ぐ仕草をすると――。


「アンナさんも人の子ですから。あるはずなんです。他の長所を全て打ち消すだけの弱点というものが」

「他の長所を打ち消すだけの弱点ねえ」

「例えば、乳首が尋常じゃないほど長いとか、超がつくほどの便秘持ちとか、死ぬほどの切れ痔だとか。ありませんか?」

「弱点のジャンルがえらく偏ってるような気がするけど……。そうだな。アンナにも弱点らしきものはあるよ」

「ホントですか!? 教えてください!」

「あいつは子供の頃から虫が大の苦手なんだ。子供の頃、毛虫に刺されたとかで。だからろくに触ることもできない」

「虫ですか……。それは良いことを聞きました」


 モニカは俺の言葉を聞いて、不敵な笑みを滲ませた。


「ふっふっふ……。アンナさん。あなたが完璧美少女なのは今日まで。私がその化けの皮を剥がしてあげます!」

「って、どこに行くんだ? 今、仕事中だろ?」

「仕事なんてしている場合じゃありません! 打倒アンナさんの準備をしないと! 燃えてきましたよー!」


 モニカは仕事をほっぽり出すと、外へと駆けていった。

 

 ☆

 

 しばらくして、モニカがギルド内へと帰ってきた。


「はあ……はあ……」

「随分と疲れてるようだけど。何をしてたんだ?」

「これを作ってたんですよ!」


 モニカが掲げたのは――紙で作ったケムシのオブジェだった。ぱっと見ただけでは本物と見紛うほどに精巧だ。


「この偽ケムシを使って、アンナさんの悲鳴を引き出します。完璧美少女でいられるのは今日は最後ですよ!」

「…………」


 凄いモチベーションの高さだ。

 これがほんの少しでも仕事に向けば……と思わないでもない。まあ、仕事と趣味の熱量は比例しないとも言うし。


「あら。パパ。来てたのね」


 アンナが俺たちに気づいて声を掛けてきた。


「お邪魔してるよ」

「ふふ。パパが王都に来てくれたおかげで、難しい依頼が来ても、こなせるかどうか心配せずに済んで助かるわ」


 俺とアンナが談笑している時だった。

 モニカはさりげなくアンナの背後に回り込むと、


「今だッ!」


 手に持っていたケムシのオブジェをアンナの襟元に差し入れた。


「アンナさん! 背中にケムシが入りました!」

「ひゃあああっ!」


 アンナはケムシという言葉を聞いた途端、思わず飛び上がった。背中に入った偽ケムシがかさかさと服の中で肌と擦れる。


「きゃあああああ!?」


 アンナは悲鳴と共にその場に崩れ落ちた。傍にいたモニカの服の裾を掴むと、泣き出しそうな上目遣いで言った。


「取って! モニカちゃん! 早く取って!」

「あれ? おっかしーなー。どこだろー(棒読み)」

「お願い……! ケムシは……! ケムシだけはダメなの……! ぐすっ……! モニカちゃん早く取って……!」

「な、涙目のアンナさんが私に頼って……。可愛い……!」


 モニカは憔悴しきったアンナの様子を見て、きゅんと来ていた。

 胸に手を当て、恍惚とした表情を浮かべている。


「分かりました! 私に任せておいてください!」


 頼られたモニカは機嫌を良くすると、アンナの服の中に手を入れた。


「あっ……ひゃっ……そこ……違うでしょ……!」


 アンナはモニカに全身をまさぐられて、くぐもった声を漏らしていた。

 ビクッビクッ、と身体を小刻みに震わせる。

 こらこら。ケムシを取ることを口実に、アンナの身体をまさぐるんじゃない。完全に別のところを触ってるじゃないか。


「じゃーん! 取れました!」


 モニカは威勢の良い声と共に、右手を天に掲げた。

 そこには――偽ケムシ。


「……よ、よかった。早く外に捨ててきて――って、ん? そのケムシ……よく見ると紙で出来た偽物じゃない?」

「うひゃっ!?」

「……いったいどういうことかしら? パパ。モニカちゃん。知ってることは全部話した方が身のためよ?」

「ひいっ!?」


 モニカはアンナに詰問されて、全て洗いざらい白状していた。


「なるほど。全部、モニカちゃんの差し金だったってわけ。仕事をさぼって、こんなものを熱心に作ってたのね。ふーん。へーえ」

「お、お許しを……」

「ダーメ♪ 今日はたっぷり、残業して貰うから♪」

「ひいいいいい!」


 満面の笑みを浮かべるアンナを前に、モニカは悲鳴を上げていた。……さっきとは真逆の構図になったなあ。

 

 ☆


「で? アンナの弱点を知れて満足できたか?」

「そうですねー。でも、虫が苦手っていう弱点は、アンナさんの可愛さを引き立てるだけのような気がします。ただ」

「ただ?」

「アンナさんを虐めるのが楽しいって分かったことは収穫でした♪ 今後も弱点、色々と教えてくださいね!」

「…………」


 こってり絞られた後も、モニカは全然懲りていなかった。それどころかむしろ、更なるやる気を覗かせている。

 意外とSっ気がある子なのかもしれない。

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