第15話 騎士団の教官になる

「――はあっ!」


 エルザの繰り出した木剣の先端が、俺の胸を撃ち抜こうと迫ってくる。

 音を置き去りにするほどの速さと威力。

 俺はその剣筋を目で捉えると、素早く木剣で払った。


「まだまだあっ!」


 エルザは矢継ぎ早に疾風怒濤の剣戟を浴びせてくる。

 まるで同時に何本もの剣を振るっているかのよう。前に振るった剣の残像も残って開花した花びらのようなラッシュ。

 俺はそれら全てを見切ると、冷静に弾いていく。

 騎士団の練兵場。

 騎士団の者たちを鍛えるための教官として招かれた俺は、彼らの要望によってエルザと模擬試合をすることに。

 曰く――。


『剣聖と称されるエルザ騎士団長と、その騎士団長に剣を教えたカイゼル殿の戦いを一度見てみたいです!』


 ということらしかった。

 俺もエルザとは長い間、剣を交えていなかったので了承した。

 しかし――。


「おい。お前、二人の剣戟が見えるか……?」

「ま、全く見えない……。速すぎるだろ……!」

「エルザ騎士団長の猛ラッシュたるや。さすがはSランク冒険者だ。しかしカイゼル殿はその全てを完璧に防いでいる……!」

「あの二人、常軌を逸した強さだぞ……!」


 騎士たちは全く俺たちの動きに付いてこれていなかった。繰り広げられる互いの剣技を前にただ唖然としている。


「――今度こそっ!」


 エルザは裂帛の気合いと共に渾身の一撃を放ってくる。

 速さも、威力も、大したものだ。

 村にいた頃からは比べものにならないほど成長している。毎日休むことなく、剣の鍛錬を重ねてきた成果だろう。

 Sランク冒険者になったというのも頷ける。


 だが――。

 父親としてはまだ娘に負けるわけにはいかない。

 俺はエルザが剣を放った後の一瞬の隙を見計らい、反撃に転じた。

 胴に向かって振り下ろした木剣を、エルザに木剣で受けられる。――だが、彼女の持つ木剣は重みに耐えきれずに砕けた。


「――っ!?」

「勝負あり、だな」


 俺はふっと口元に笑みを浮かべる。


「木剣だったから砕けたけど、真剣だったらほとんど互角だったな。エルザ。見ない間に随分と強くなったじゃないか」

「……さすが父上です。年を経ても些かの腕も落ちていない。それどころかむしろキレを増しているくらいです」

「日頃の鍛錬は欠かさずにしているからな」

「……結局、私はまた父上に一撃すらも当てることが出来ませんでしたね。今日こそはと意気込んでいたのですが」


 エルザは悔しげに呟きながらも、どこか表情は嬉しそうだった。

 俺の剣の腕がまだ健在だということに喜んでいるのか。


「もう少しくらいは、俺はお前の超えるべき壁であり続けるさ。――まあ、父親としての意地みたいなもんだな」


 もっとも、後何年持つかは分からないが。

 その時、騎士たちの間から大気が奮えるほどの拍手が起こった。


「カイゼルさん、凄かったです! 感動しました!」

「剣筋は全く見えませんでしたが、感銘を受けました! いやほんと、何が起こったのかは全く分かりませんでしたが!」

「我々にもぜひ、剣のご指導をしてください!」


 彼らはキラキラと尊敬の眼差しで俺を見ていた。

 村の少年たちを想起させるような。

 ……そんなに感動するような要素があっただろうか?


「父上。私からもお願いします。彼らに剣の指導をしてあげてください。それがひいては国力の上昇にも繋がります」

「分かった。他ならぬエルザの頼みだ。引き受けよう」

「「おおおっ!」」


 騎士たちから歓声が上がった。


「カイゼル殿に鍛えて貰えば、俺たちも剣聖になれるぞ! そうなれば、出世は出来るし女の子にモテまくりだ!」

「これで陰キャから陽キャのウハウハ人生を送るんだ!」

「エルザ騎士団長にも振り向いて貰えるかも!」


 ……結構、動機が不純な者が多いな。

 まあ、ある意味人間らしいのだが。

 俺は苦笑を浮かべると、騎士団の面々の前に立った。


「じゃあ。今日から俺が君たちの剣の指導をさせて貰う。ビシバシいくから、しっかりとついてきてくれ」

「「はいっ! 頑張ります!」」

「良い返事だ。まず、そうだな……ウォーミングアップとして、鎧を着たまま街中を五十周してきて貰おうか」

「「えっ!?」」


 騎士たちの間に動揺の声が広がった。


「はは。さすがカイゼル殿。冗談まで面白いのですね。重い鎧を着たまま、街中を五十周してこいだなんて」

「いや。冗談じゃない。俺とエルザは村にいた頃、これくらいの鍛錬は当たり前のようにこなしていたからな」

「…………」

「ほら。行った行った」


 俺はパンパンと手を叩いて騎士たちを促す。

 騎士たちは引きつった表情をしながら、しかし走り出していった。

 ガシャガシャと鎧の音が甲高く鳴り響いていた。

 数時間ほどして、騎士たちが死にかけた顔で戻ってきた。ゴールインするなり、糸が切れたように倒れ込んだ。


「皆。よく頑張ったな」


 俺は皆に労いの言葉を掛ける。


「よかった。やっと終わった……」

「これで俺たちも剣聖になれるんだ……。陰キャ非モテ騎士から、陽キャモテモテ騎士に生まれ変われる……!」

「じゃあ、この後は筋トレに移ろうか。腕立て、腹筋、背筋を五百回ずつ。その後は剣の素振りを千回だな」

「「――っ!?」」


 騎士たちの顔が引きつった。


「父上! 初日からこのトレーニングはどうなのですか!?」


 エルザが俺にそう声を掛けてきた。


「エルザ様……」

「そうだよな。やり過ぎだよな……?」

「私たちが村にいた頃は、この倍のメニューはこなしていましたよね? これでは物足りないのではないですか?」

「「――っ!?」」

「最初からいきなりハードな鍛錬をするとキツいだろ。だから、最初は軽めにして徐々に慣らしていこうかと」

「なるほど。そういうことでしたか」


 俺たちは互いに微笑みを交わし合う。


「こ、これが軽めだって……!?」

「カイゼル殿とエルザ騎士団長は、村にいた頃は、これ以上の鍛錬を毎日のようにこなしていたというのか……!?」

「ば、化け物親子……!」


 騎士たちが戦慄したように呟いていた。

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