第9話 娘たちの成長

 娘たちが王都へと旅立ってから四年の月日が経った。

 出会った時は珠のように可愛かった娘たちも、今やもう十八歳。早い者であれば結婚を考えたりもする年齢だ。

 俺も三十五歳になっていた。立派な中年だ。

 そう言うと――。


「何を言ってるんだ。まだまだ若いじゃねえか。この前だって村を襲いに来た魔狼の群れを一網打尽にしてただろ」


 酒場のマスターが葉巻を吹かしながら呆れたように言う。


「それに見た目だって二十代にしか見えないぜ」

「まあ、用心棒として鍛錬はずっと続けてますからね。――とは言え、今エルザと戦うと負けてしまいそうですけど」

「エルザはSランク冒険者になったんだってな」

「ええ。王都で開かれた剣神祭でも優勝したとか何とか。その腕を見込まれて今は騎士団長兼、姫様の近衛兵を務めているそうですよ」

「大出世じゃねえか。騎士団長で姫様の近衛兵なんて。……お前の後ろをちょこちょこ付いてきてたあの小娘がねえ」


 マスターは懐かしそうに遠い目をしていた。葉巻の煙をくゆらせる。その中に幼き日のエルザを見ているのか。

 エルザは王都に発った後、冒険者の道を歩んだ。

 順調に任務を達成し、冒険者ランクを昇格させていき、ついにはSランク冒険者へと昇格することが出来た。

 曰く――王都史上最速のSランク到達らしい。


 エルザは念願のSランク冒険者になった後、俺に送ってきた手紙の中で、喜びの言葉と共にこう書き添えてあった。


『私は王都に来る前、不安で堪りませんでした。父上に一撃も浴びせられないような私が冒険者として通用するのかと。けれど、その心配は杞憂に終わりました。王都に来てからというものの、父上よりも腕の立つ人に未だ出会ったことがありません。一番身近な人が一番強かったのだと思い知りました』


 引退したとは言え、俺は元Aランク冒険者。

 一応、周りからは次期Sランク冒険者の筆頭と称されていた。

 そんな俺にみっちりと鍛え上げられたエルザだ。

 剣の腕は確かだろう。


「そういえば、アンナは冒険者ギルドに入って頑張ってるんだろ?」

「ええ。この前、念願のギルドマスターに昇進したって手紙が送られてきました。冒険者ギルドでは最年少らしいです」

「あいつなら不思議なことじゃないな。あれだけの有能はいない。そりゃギルドマスターにもなれるだろうよ」


 酒場を繁盛させて貰ったマスターはアンナの才能を買っていた。

 アンナは王都に渡った後、冒険者ギルドに職員として入った。

 倍率の高い難関試験だったようだが、地頭の良さで楽々と突破。面接では弁舌をいかんなく発揮してその場で内定を得たとか。

 ギルド職員になった後は受付嬢として勤務していたが、持ち前の才能を生かして瞬く間に頭角を現していった。

 そしてこの間、ついにギルドマスターへと昇格を果たした。十八歳でギルドマスターになるのは異例中の異例らしい。


「メリルの近況……は別に聞く必要はねえな。あいつ、一、二週間に一度の頻度で村に帰ってくるからな」

「はは……」


 俺は思わず苦笑を浮かべた。

 メリルは昨日も村に帰ってきていた。目的は俺に会うためだ。


「ボクは一ヶ月もパパに会わないと、寂しくて死んじゃうからね♪」とだいたい二週間に一度の頻度で里帰りしてくる。

 メリルは王都の魔法学校に入った。成績は常に首席のようだ。

 アンナから聞く限り、授業は相変わらずサボりまくっているようだ。しかし新種の魔法をいくつも開発しているらしい。

 より簡易で強力な威力の出る魔法構文の構築であったり、魔法薬物の開発、魔法を一般市民でも使えるようにするための魔導器の開発。魔法の歴史は、メリル以前、メリル以後に分けられるほどの活躍っぷりだ。

 周りからは賢者の称号で讃えられているらしい。

 娘たちは皆、それぞれの道で頑張っているのだ。


「おい。カイゼル。行商人が娘たちの手紙を預かってきてるってよ。――ほれ。ちゃんと読んで返事してやりな」


 マスターが店に来た行商人から受け取った手紙を、俺に差し出してきた。娘たち三人分の手紙がそこにはあった。

 俺は手紙を受け取ると、開封して読み始める。

 そこには近況報告と、俺とまた王都でいっしょに暮らしたい、と示し合わせたかのようにどの手紙にも綴られていた。


「ずっとラブコールを送られてるんだろ?」


 マスターが俺の手元の手紙を覗き込むと言った。


「いいじゃねえか。カイゼル。お前、そろそろ王都に行ったらどうだ」

「えっ?」

「娘たちの生活もぼちぼち落ち着いて、余裕が出てきた頃だろう。お前が王都に住めば娘たちもきっと喜ぶだろうしな」

「しかし、村のことが……」

「なーに。心配するな。お前がガキ共を鍛えてくれたおかげで用心棒は足りてるし、畑は雷魔法の柵もあるから安心だ。家のことも任せておけ。お前が王都に住んでる間もちゃんと手入れしておいてやるから。また気が向いたら戻ってくればいい」

「…………」

「俺は知ってるんだぜ。お前が本当は王都に行きたがってたことを。けど、お前は村のことがあるから行動に移せなかった。……全く、義理堅い奴だ。お前はお前がしたいように人生を歩めばいいんだよ」


 マスターはふっと笑みを浮かべた。


「それに愛する娘たちがこんなに熱心に誘ってくれてるんだ。父親として、応えてやってもいいんじゃないか?」

「マスター……」


 俺は手紙をしばらく見つめた後、小さく頷いた。


 ――よし。決めた。


「分かりました。俺はもう一度、王都に行こうと思います」

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