第2話 あれが……妖怪?

 目印はある。匂い。

 妖怪には匂いがあった。気持ち悪い、人の血と生ごみを混ぜた様な、醜悪な匂い。


 海からくる潮風に交じって、かすかに匂いがする。それを頼りに夕焼けの染まる街を歩く。街を抜け、裏山に続く上り坂の道へ。

 少しずつ、頭に冷静さが戻ってきた。

 そして以前興味本位で調べたことがある都市伝説が頭をよぎる。で、聞いた事がある。この世界には、妖怪というものが存在しているらしい。

 

 とある廃屋マニアの話。夜。人気がない廃墟。好奇心で探検をしていると、強烈な血と、むせかえるような、においに襲われる。何事かと勇気を出してその場所へと進んでいくと、むごたらしい死体。


 身体はズタズタに引き裂かれ、臓器が飛び出ている。すると、後ろから聞いた事がない奇妙な鳴き声。

 振り向くと、言葉にできないような、見ただけで吐き気を催すような化け物。

 ニヤリと笑って、こっちに手を伸ばそうとしてきた。死ぬかと思い、腰を抜かす。襲われるのかと思いきや、刀を持った人が現れその人が化け物と戦い一刀両断した。

 消滅した化け物。そして、刀を持った人が告げる。この世には、人々を食らう妖怪なるものがいるのだと。

 

 このことは秘密裏の存在なので公にしないで欲しいとも。その人物は恐怖で頭いっぱいだったこと、こんな凄惨なことに二度とかかわりたくないことから、この掲示板以外では言っていないとのことだ。

 見たときは、よく出来たオカルト話だとしか思っていなかった。今思えばわかる、それを書いた人にとっては、オカルトでもなんでもなく本当の話だったのだろう。


 山へと続く道、そこには神社の鳥居。日が落ちかけている。夕日が神社の周りの木の葉に隠れ、その隙間から私を照らしている。そよ風が私の髪をなびかせると、その風が妖怪独特のにおいを運んできた。近い、そして──。


「ウビュビュッ……。ウバァァァァァァァァッッッ──」


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 耳がおかしくなるような鳴き声。神社の前の石畳の道。なぜか空が紫色に変色している。なんていうか、不気味な雰囲気で気味が悪くなってくる。

 その向かって左側にいた。私は鳥居の陰から様子を見守る。さっきいた醜い妖怪。対になるように青い髪の女の人。ミトラさん。

 琴美はミトラさんの後ろ。意識を失ったまま、神社の壁に横たわっていた。

 ミトラさん。オーラの様な、黄色いものに包まれ、剣を持って妖怪と戦闘状態。力任せに殴り掛かってくる妖怪に対し、負けじと力づくで対抗しようとしている。

 

 しかし──。


「うっこいつ。強いですの」


 明らかに押されている。当然だ。人を食い殺すような化け物、年頃の女の子一人で何とか出るとは思えない。ミトラさんは何とか対抗しているものの、要所要所で攻撃を食らってしまう。


 そして──。


「ウヴァヴァヴァッッッ!」


 とうとうミトラさん、腹に妖怪の拳を受けてしまう。何とかガードしいてたおかげで直撃は免れたが、身体が大きく吹き飛んでしまった。吹き飛ばされるミトラさんの身体。こっちに飛んでくる様子を見て、私は思わず飛び出す。

 助けずにはいられなかった。飛んできたミトラさんに、うまくタイミングと場所を合わせ、彼女の首元とひざの裏の場所に腕を合わせる。


 ドサッ──。


 ふぅ……何とか成功。俗にいうお姫様抱っこというやつだ。顔が合う。瞬間、ミトラさんは顔をほんのりと赤らめた。


「祇園──」


 そっと私の顔を見てつぶやく。そんな人、私知らない。思い入れがある人なのだろうか。ミトラさんがフッと微笑を浮かべた。


「もう、責任取ってください──」



 その言葉に思わずぎょっとする。私、地雷とか踏んじゃったかな? コミュ障だから、何をしたら相手の地雷を踏んでしまうかが、良く分からない。何やってんだ私……。

 取りあえず、目の前の相手に集中しよ。

 しかし、どうすればいいんだ? 妖怪は私をじっと睨みつけている。気持ち悪い。

 逃がしてくれそうにない。かといって、ミトラさんだけじゃまずいし、第一琴美を捨てて逃げたくなんてない。


「私達人間は、あなた達とは違う。散っていった命は、戻らない。失った手足は、二度と復活しない。大きな怪我は、簡単には治らない。絶対に、許しませんわ。これだけの人を殺しておいて」


 ミトラさんが叫ぶ。強い口調、何か想いを感じさせるかのような。すると妖怪は、ニヤリと気味が悪い顔を浮かべた。あまりの気味悪さに、背筋が凍り付いて寒気が走ってしまう。


「許さない? 間違ってる? だからどうしたというんだ」


 しゃ、しゃべった? 会話ができるのか、こいつは。


「動揺しないでくださいまし。時々いるのですわ。人の言葉が理解でき、話せる奴が」


 妖怪は自信を持った笑みで話し始めた。


「俺達妖怪には、何でもある。何度失っても死なない体。お前達を殺す覚悟。

 強靭な力──。お前達が何十人と束になってかかっても、踏みつぶせる力。

 だが、お前たちにあるものはなんだ──。口だけの正義。岩のような硬い思考回路。何一つ守れない、つまらない意地。宣告してやる」


 妖怪はごくりと息を呑んだ。そして──。


「お前たちは破産した。歴史の掃きだめへと、消えていけ──」


 そして妖怪は再び襲い掛かってきた。ダメなのか?私、ここで死ぬのか? 心が絶望に染まりかけたその時──。

 どこからか声がし始めた。


(あなた。力が欲しいのね)


 その声の主は──、私の頭? 突然のことに頭がパニックになる。頭の中から誰かわからない声で話しかけてきたのだ。

 え?


(力の主じゃ。目の前の女、そいつが持っていた鞄の中にある。コトリバコという名の)


 考えただけなのに、言葉が返ってきた。その声に私は、ミトラさんがさっき持っていた鞄に視線を置いた。ミトラさんは、戦いに夢中で気づいてない。そそくさと神社の壁際にある鞄の元へ歩き、罪悪感を抱えながら鞄の中から取り出す。


 木で出来た、寄せ木細工のような形状の手のひらサイズの箱。すぐに、元の場所に戻ると、頭に声が語りかけてくる。


(力が欲しいのじゃろう。そこにいる女を救う力がある。ほら、ハコを心臓に突っ込んでみろ)


 心臓に、突き刺す? ──さすがにためらってしまう。確かに力の気配を強く感じる。同時に、私にもわかる。コトリバコがやばいものだって。強いけれど、すがった瞬間大切なものを失ってしまうと──。


 そんな力なのだと。それでも、それしか友を、ミトラさんを救えないなら──。


「大丈夫ですか、ミトラさん」


 私はコトリバコを後ろに隠し、ミトラさんに話しかける。


「ありがとうございますわ。私は、まだまだ戦えますの」


 その瞬間スッとコトリバコを胸の前に置く。ミトラさんは、気配に気づいたのかすぐにこっちを振り向いた。驚いた表情で叫んでくる。


「あ──。ダメですわ凛音。それを使ったら、あなたは人間ではなくなるのですわ! 後悔しますわ」


 そんなこと知らない。それより、ここで親友たちを助けられなかった方が後悔する。

 かすかに灰色に光っている。禍々しい気配に──明らかに触れてはいけない、触れたら代償のようなものを払わされるというものが私でもわかる。


(さあ、受け入れよ。その心臓に、わが魂を突き刺せ──)


 でも、そんなこと言っている場合じゃない。そのハコから発せられる『声』の通りに、ハコを心臓部分に思いっきり突っ込む。その瞬間、心臓にバールを直接叩きつけられたような痛みが走る。入れた今までに感じたことがない。熱い炎の様な力、それが私の体の中に入って行く。痛い──痛い──。

 そのエネルギーで体が破裂しそうなくらい。


 一気に視界が真っ白になる。まるで小学生の時、貧血を起こして眩暈がしたときのように。それから、真っ白な絵にいろいろな絵の具をごちゃまぜにしたような、変なカラーリングだけの視界になる。

 気持ち悪い、吐き気がして思わず膝を曲げて座り込む。身体の感覚が目に見えておかしくなっていく。

 そして、私の心臓のあたりから赤い鳥が空に向かって飛び出すと、一瞬全身がほんのりと暖かくなった。









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