第3話 本物の正義

 転校して早々、頭角を現した男子生徒――大和慧。

 彼が行なった『暴露』一歩手前の所業により、一限目は皆、何処か心ここに有らずだった。


 そんな一限目も終わり、休憩時間に入った私は橋本さんの下へと赴く。


「あのぅ、橋本さん……。大丈夫ですか……?」

「あ、牧瀬ちゃん……。うん。私は大丈夫」


 そこにはいつもの優しい橋本さんが居た。とは言っても流石にこたえているのか、笑顔が少々ぎこちない。


「ごめんなさい……。もっと早く声を掛けるべきでした……」


 私はそう言いながら精一杯の謝意を込め、頭を下げる。


「謝らないで。牧瀬ちゃんが声を掛けてくれた時、私……本当に心強かった。ありがとう。大和くんもありがとうね?」


 橋本さんが振り返りつつ感謝を述べると、大和くんは教科書をしまっていた手を止め、淡々と口を開く。


「別に気にしなくていいよ。ただ、有意義な学園生活にしたかっただけだから」


 『有意義な学園生活』……そのワードに引っ掛かった私は、思わず口を挟んでしまう。


「有意義……ということですと、先程の『暴露』というやり方は、あまり宜しくないのでは? 大分、目立っちゃってますし……悪い意味で」


 振り向かなくても分かる。時折、教室中の視線が大和くんに集まっているのを。


「ごめんね、大和くん……? 私の所為で……」


 それに気付いた橋本さんは、申し訳なさそうに俯いていく。


「問題ない。オレの有意義は、だから」


 対して大和くんは特に気にした様子もなく、そう語る。


「そういう意味、ですか……。凄いですね。そこまで自分の中にある正義を貫けるなんて……」


 感心する私に大和くんは、「正義……?」といまいち読めぬ表情で聞き返す。


「だってそうじゃないですか? 自分の身を顧みず、他者に奉仕するなんて、正義そのものです。誰にでもできることではありません」


 大和くんは暫し固まると、「フッ……」と乾いた笑みを漏らす。


「……何か可笑しいですか?」

「いいや。どっかの誰かさんを思い出しただけさ……」


 そう言って大和くんは頬杖をつき、窓の外から照らす太陽を見上げ、こう続ける。


「ま、その人はもう――殺されたけどね」

「え……?」


 その反応は私だったのか橋本さんだったのか……いや、恐らく両方だったと思う。


「正義を振りかざすにも力が必要ってことさ。その点、さっきのお前の行動は、あまり宜しくないな? 誰かれ構わず助けようとすると、今度はお前が面倒ごとに巻き込まれるぞ」


 そして大和くんは私を見上げ、諭すように真っ直ぐ見据えてくる。


「面倒だなんて、そんな……!」

「『自分の身を顧みず』……余所からすれば大層な言葉だが、残された方は堪ったもんじゃない。違うか?」


 その言葉は私の心に、チクリと棘を刺した。見透かされてるような気がしたからだ。私の……を……


「大和くん……あなたも……」

「正義を語るのは結構。でも、お前が語る正義に――?」

「自分……?」

「オレは悟ったよ。生き残ってこそ、『本物の正義』だって」


 『本物の正義』……きっと彼は私を否定したいわけじゃないのだろう。言い方は少々刺々しいが、言葉の節々に歩み寄りを感じる。要は止めてくれているのだ。力のない私を……


「じゃあ、大和くんは何のためにこんなことを? 『暴露』なんて道を選んだら、それこそこの世界で生き残るのも難しいと思いますが?」


 私の問いに大和くんは、再び窓の外へと視線を移す。


「簡単な話さ。だってオレは正義の為にやってないから……」


 すると、先程まで照らしていた太陽に薄暗い雲がかかっていく。

 その影は徐々に大和くんを包み込み、次第に隠されていた想いを吐露させる。


「オレがやってるのは正義から一番かけ離れたもの。そう――ただの私怨だ」

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